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『最強! 踊るカワウソ伝説。ヘタレ男の初恋がかなうまで』ヒスイの鍛錬・100本ノック㉟

 絵に向かって、夜中にひとりでしゃべっている男がいたらドン引きする。 
 俺だって引く。ヤバいやつだから。
 でもそれ、俺のことだ。のんきにヤバイとか言っていられないけど、どうしようもない。
 この絵に恋をしているから――。

「なあ、きみが動けばいいのにな、アニメみたいに。そしたら、もっと近づける……」

 目の前には、少女の絵。グリーンの背景、黒いワンピース、白い襟、肩までの髪、笑っているみたいな口元。とにかく全部が神秘的だ。

 俺は彼女に恋している。だから動いてくれればいい、と思う。
 いや、ムリなんだけど――ムリかな、ほんとに?
 ふと本棚から辞書を取り出した。コンサイス英和辞典。
 ページの余白に、少女を描いた。


 うげ。へたすぎ。カワウソがサンバを踊っているみたいだ。
 それでも描いた。何ページも何ページも。そしてページをめくる。

 パラパラパラ……動いた!!
 ――動いた、けど……美少女じゃない。
 余白の上では、軽快に……カワウソがサンバを踊っていた。

 俺は、ばたりと倒れた。
 だめだ、技術が足りない。もっと絵がうまくなれば、きっと美少女が踊ってくれるんだろう。
 ソッコーで、イラストレーター専門学校へ入学手続きをした。
 俺はグリーンの瞳の少女に動いてほしい――カワウソじゃなくて。


>゜))))彡 >゜))))彡 >゜))))彡

 そこから一年、俺はむちゃくちゃに絵の勉強をした。形の取り方、構図、バランス、画材の使い方。絵は上手くなった。
 毎晩、辞書に向かう。余白に絵を描く。
 黒いワンピース、白い襟、ほんのり微笑む少女。
 人体の基本にのっとり、アタリをとって描く。辞書の余白は小さいが、ていねいに描いた。
 パラパラアニメは、たくさんの絵を描くほど動きがなめらかになる。数が必要だから、完成までに時間がかかる。一冊の辞書を埋めるには、毎晩やっても一カ月は必要だ。俺は辞書を山ほど買い込み、描きつづけた。
 白い襟、肩までの黒髪、微笑。
 描きおわって朝になる。俺はワクワクして辞書をめくる。
 パラパラパラ……流れる動きに、音が聞こえてくるような軽快さ、聞こえてくる音は――


 『ビーバっ ビーバぁ、サアアアアンヴァ……』
 違う違う違うっ!
 ガクリと肩を落とす。

 ――どうしてなんだ。
 技術的には向上している。デッサンに狂いはないし、ひたすら描きつづけたから目をつぶっていてもあの少女が描ける。自動筆記も同然だ。

 なのに。
 辞書一冊分のパラパラアニメになると、出来あがりは『カワウソでサンバ』だ。
 悪い魔法がかかっているのか、俺に?

 絶望のあまり、もう描くのをやめることにした。辞書を全部捨てようとして、ふと考えた。
 捨てに行くのもばからしい。
 売ろう。絵を描いた辞書は五十冊もあるし。

 余白にサンバを踊るカワウソがあっても、辞書は辞書だ。金のない学生に売れるかも。
 フリマアプリに辞書を出した。
 一冊売れた。
 翌日は二冊売れた。
 たちまち十冊が売れ、二十冊が売れるころには『都市伝説・カワウソが踊る辞書を持っていれば希望校に合格』といううわさが勝手に流れはじめた。
 ネットオークションで転売され、落札価格は恐ろしい額になった。
 俺は、手持ちの辞書ぜんぶを売った。
 売り切ったころメディアから声がかかった。

『アニメにしませんか? 小説とコミカライズとアニメ、まとめて売り込みましょう』

バカ売れした。
タイトルは、
『あなたに幸せを。最強幸運・踊るカワウソ、サンバッ!』
 
 テレビをつけると、可愛いカワウソが踊りまくっていた。
 カワウソがステップを踏むたびに、俺の銀行口座にはすさまじい額の金が入ってきた。
 だけど。
 グリーンの瞳の少女は、壁の絵から出てこない。
 望んだものは、画面から一歩も出てこなかった。


 その夜、俺は少女の絵をフリマアプリで売った。すぐに買い手がつき、発送した。
 部屋でゴロンとひっくり返る。
 なにもない。
 もう――何もない。


>゜))))彡 >゜))))彡 >゜))))彡
 さらに半年がたった。踊るカワウソのブームは去り、静かな日々が戻ってきた。
 金はある。サンバちゃんで莫大な金を稼いだからだ。
 時間もある。
 ないのは、少女の絵だけ。

 無性に、あの絵を買い戻したくなった。
 もう一度みたい。
 俺がどれだけ描いてもやっぱりカワウソになるんだろうから、もう見るだけでいい。

 SNSに、以前撮影した絵の画像をアップして呼びかけた。
『この絵をお持ちの方、ご連絡ください。買い戻したいのです』
 ネットの力はすごい。三日後に、現在の持ち主から連絡があった。
『すみません、私も絵を気に入っております。売る気はありません』

 ……そうだよな。
 あの絵にパワーがある。見る人の中に入り、背骨を強く揺さぶるようなチカラがある。だからパラパラアニメにして動かしたかったんだ。
 俺は頼んでみた。

『いちど見るだけでいいのです。お願いします。お礼はします』
 返信は二日後。
『では○○駅のスタバで会いましょう。絵を持参します』

 日時が書いてあった。俺はワクワクしてカフェに行った。
 座って待つ。
「――あっ!」

 ガタッと椅子から立ちあがる。
 あの美少女そっくりの女性が、包みを持って歩いてきた。

「初めまして、翠(みどり)です。これが絵ですが――」
「絵はもう、どうでもいいです。あの、あなたを描かせてもらえますか……」



 そして俺は絵を描いている。
 歩く・笑う・座る彼女。
 仕上がると壁にかけ、彼女と手をつないで見る。
「どうかな」
「いいと思う。ここのオレンジが好きよ」
 俺たちは笑ってキスをする。

 そして時々、辞書にパラパラアニメを描く。
 何度描いても、余白の彼女はメンドリになってヒナとバック転を繰り返した。
 彼女は辞書をパラパラしては、ひっくり返って笑う。
「これ、おもしろいわ。売れるわよ」
「そうかもね、でも売らないよ。これはきみと――子どものものだから」

俺はもう絵に話しかけない。大事な人は隣にいるからだ。
そして緑の美少女は、四か月後に母親になる。


【了】

今回は、清世さんの企画に参加しております。

#第二回絵から小説

ヒスイは第一回も参加したのですが、その時も〆切 ギリギリ(笑) やや遅れたのを、清世さんに拾ってもらいました(笑)

それで清世さんから頂いたのが、このアイコン💛

清世さん ヒスイ

今回もぎりぎり間に合いました。
清世さん、いつもイマジネーションを刺激する絵を、ありがとうございます💛
次こそは、余裕を持って参加するよ(笑)!!


#NN師匠の企画
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題は・アニメ

ヒスイの100本ノック 今後のお題:
こんな(そんな)つもりじゃなかった←的中←あからさま←ランドセル←アナログレコード←ミッション・インポッシブル←スキャンダル←だんごむし←ポップコーン←ゴミ←三階建て←俳句←舌先三寸←春告げ鳥←ポーカー←タイムスリップ←蜘蛛←中立←メタバース←科学←鳥獣戯画←枯れ木←鬼


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