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「死にたひと思ふ秒ごと赤とんぼ――」十六夜杯・短歌に参加です。短編も⑨

「死にたひと思ふ秒ごと赤とんぼ羽根透きとほり風衝きて発つ」
(しにたひと おもふびょうごと あかとんぼ
はねすきとほり かぜつきてたつ)


今日は、十六夜杯短歌に参加いたします。
小さな物語も、添えておきます。

※ 本日のショート、自死に関するセンシティブな内容を扱っております。ご注意ください。



   




『赤とんぼの羽根、反転す』

「おれさ、人が死ぬところ、見たことあるんだよね」
夕食後、カレシが急にこんなことを言い出したら、誰でもぎょっとすると思う。あたしは焼酎の梅割りをふたつ作りながら、さりげない声で答えた。

「あ、そうなん?」

声と一緒に、ちょっと手がふるえた。焼酎のグラスを渡す。
彼は笑って、

「いや、ホラーとかじゃねえから」
「この流れでホラーはないわ」

隣に座ると、彼はのんびりと話しはじめた。

「昔さ、俺、レンタルビデオ屋でバイトしてたんだよ。
雑居ビルの6階でさ。あんまり客が来ねえの。エロとホラーが充実してるいいビデオ屋だったんだけど」
「エロいらない、あたし」

「男には必須なんだよ、バカ。
でさ、ある日、客が来た。フツーの若い男で、それまでに3回くらい来てたかな。そもそも客が少ないから、こっちは勝手に顔を覚えるわけよ。
 そいつ、店に入ってきて、そのまま真っすぐ奥に向かったんだ」
「エロがある棚?」
「俺もそう思った。そしたら」

ごくん、と彼は一くち、酒を飲んだ。

「その男は、窓から飛び降りたんだ。
店に入って4秒くらいだぜ? 入口から、まっすぐに窓へ向かって、そのまま、ヒョイ、だ。
俺は起きたことが信じられなかった。あんまりにもあっさりしてて、現実に起きた事だって、思えなかったんだ。

ま、現実だったけど。警察が来て、いろいろ話を聞かれた。いちおう店が『現場』で俺が目撃者だったから。まあ俺が知っていることなんて、ほとんどなかったんだが。

警察との話が終わってビルを出たら、赤とんぼがたくさん飛んでた。その羽根が――」

ふっと言葉が止まった。彼はじっと、グラスの中の梅干を見ていた。透明な酒に沈む赤色が、はかなく喪われたものみたいだった。

「俺の目の前に来た赤とんぼの羽根が、えらく透きとおっててさ。
小さくて薄いのに、世界の向こう側を映してた。

ああ、あの男も、この羽根を通した世界を見ていたら、死ななくてよかったかもって、なんとなくそう思ったんだ。

なあ、翠(みどり)」
「なに」
「人ってさ、簡単に死ねるんだな。どうしようもない時もあるんだろうけど、俺はやっぱり死なないと思う。
あの赤とんぼの羽根ごしの世界を、見ちゃったからさ」

あたしは黙って彼の手を撫でた。暖かくて大きくて、料理がうまい男の手。
あたしは、この手が好きだ。
赤とんぼの羽根のように、世界をべつの視点から見せてくれるこの手が――大好きだ。



大好きだ。


【了】(改行含めず982字)



十六夜杯、10/25まで、俳句、短歌、川柳を大募集です。
ヒスイは、あすもう一つ短歌を出す予定です!


追記)
次の日記の短歌も、一緒に出させてくださーい💛

「ピアス穴白くつらぬく秋の波ゆきては戻り我が背中押せ」
(ピアスあなしろくつらぬくあきのなみ
ゆきてはもどり わがせなかおせ)

今回の十六夜杯、短歌はこの2首です。
よろしくお願いいたします。


#十六夜短歌

ヘッダーはMarc PascualによるPixabayからの画像

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