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伝障の村 【創作大賞2024、ホラー小説部門応募作品】

あらすじ

 郊外の一軒家に母と祖母、三人で暮らすイラストレーターの祥子。 
 ある不気味な夢を切っ掛けに、自分のルーツや、一族、ある村に伝わる不気味な伝承に関わる事になってしまう。
 その不気味な伝承が今の現実世界に影響を及ぼしていると聞いた祥子に何が出来るのか。



 ◇ 祥子

 まだ肌寒い春の朝、カーテンの隙間から差し込む光。
 ベッドから息も荒く目を覚ました。

「祥子(しょうこ)~! ご飯よー!」
 階下から母の呼ぶ声が聞こえる、だるそうに体を起こすと、まだぼんやりとした頭でフラフラと階段を下りる、味噌汁の良い匂いが鼻をくすぐった。

 ここ一年ほど酷い夢を見る。

 どこか知らない田舎、何故(なぜ)か私はそこの家の女の子と遊んでいる。
 障子を開けた向こうには縁側、縁側から綺麗に整えられた庭が見えた。

 そこに、鉈(なた)を血で染めたお爺さんがフラフラとした足取りで入って来る、その表情には絶望と虚無が入り交じっていた。

 その様子を、その女の子とジッと見つめていた。
 するとその子が

「おじいちゃん?」
 と、話し掛けた。

 次の瞬間、廊下から黒い粒子状の人影がユラユラと入って来るのが見えた。
 よく見ると、赤黒い包帯にのたくった黒い文字が書かれたをモノを体中に纏わせた異形の者だった。

 それが猛烈な早さでお爺さんに入っていった。
 異形の化け物に入られた途端に邪悪な表情になったお爺さんは、鉈(なた)を振り上げ私に襲いかかる。

 いつもそこで目が覚める、とても嫌な夢だった。

 その夢の話はまだ誰にもしたことがない。
 記憶には無いのだが、小さい頃に父親と暮らしていた事があるらしい。
 そこはかなり長閑(のどか)な農村だったらしいが、どうやら潜在意識に残っている当時の記憶と、ホラー映画が好きな今の記憶が混ざってそんな夢を見るのかもしれないなと思っていた。

現在は母親と母方の祖母と3人で都心から離れた郊外の一軒家で暮らしている。

 

 寝ぼけまなこを擦りながら一階に下りていくと母が。
「祥子、家にいる仕事だからってダラダラしてちゃダメよ、朝はちゃんと起きてみんなで朝ご飯たべなくちゃ」

 と、いつものお小言だ。
 私は自宅でイラストレーターの仕事をしている、母のお小言は、昼夜構わず仕事をしている私の身体を心配しての事だった。
 余程の事が無い限り、規則正しい生活を心がけるようにはしていたが、どうしても締め切りなどに追われると、不規則になってしまうこともあった。

 ただその日、なぜその夢の話をしたくなったのかは解らない。

 窓から入る暖かい日差し、炊きたてのご飯、焼きたての魚と豆腐と油揚げの味噌汁をすすりながら私は夢の話をした。

 初めは「怖い夢の話? まだまだ子供ね~」
 とニヤニヤとして聞き始めた母と祖母だったが、話せば話すほどこの暖かい台所の雰囲気が凍り付いて行くのが解った。
 そして少しだけ話した事を後悔していた。

 ふと見ると、母親と祖母が目を見合わせ何か言いたげな顔をしている。
 一通り話を聞き終わると、母親が。
「それはいつ頃から見だしたの?」
 と私にたずねた。
「丁度1年前だと思う」
 と答えると、神妙な顔をした母親が急にどこかに電話し始めた。

 その後の母親の行動は早かった。

 まるで2チャンネルの怖い話の様に、次々とあちこちに電話を掛ける母親をどうしたものかと見守っていた。

 暫(しばら)くすると、近所のおばちゃんがやって来た。
 年の頃は母と近く、母とは茶飲み友達であった。

 どうやら母が電話を掛けた1人だったらしい。
 なぜ近所のおばちゃんに私の夢の話などしたのか、と混乱していた。

 そんな私の混乱など意に介さず。
 近所のおばちゃんは到着するや否や母に
「ちょっと恵さん! 孝夫さんには連絡したの?!」
 と捲し立てた
 母親が「まだだ」と答えると。

「あっちに何かあったのよ! 早く連絡しなさいよ!」と急かした。

 孝夫さんとは、私の亡くなった父だった……。

 は?! 孝夫さんに連絡!? 
 どーゆー事? と混乱している間に母は受話器を手に取った。

「あ、もしもし……。 祥子? 元気にしてるわよ、それどころじゃ無いのよ」

 と、切羽詰まった表情で事と次第を話し始めた。
 母親が電話をしたのは、亡くなったと思っていた私の父親だった。


 ◇ 亡くなったはずの父、孝夫

「もしもし、あぁ恵か、久しぶりだな、祥子は元気か?」

「え? 祥子が?! そんな夢を……」

 俺は内心焦っていた。

「そーなのよ……。今そっちはどうなってるの?」と恵がたずねた。

「実はだな、こちらも心配していた所なんだ……。もう祥子には隠しておけない、一度こちらに来てくれないか? あぁなるべく早くな」

 突然の電話だったが予感のようなものは感じていた。

 大震災の後、住みづらくなったこの土地から村人のほとんどが一斉に他所に移り住んだ。
 そのタイミングで恵と祥子と義理の母ががこの村を去った訳だが。
 俺と父親はその後、高台に残された我が家で、ひっそりとこの土地を守ってきたのだった。

 どうやら今回の祥子のそれは、1年前に裏山の石の祠が半壊してからの様だ。


 俺が小さかった頃の話は、噂では聞いていたが、それを初めて目の当たりにしたのは震災の時だった。
 地鳴りが村を襲った、立っていられない程の激しく長い揺れ。
 そして裏山から更に激しい地鳴りがした。

 空を見上げるとアレがいた。


 ◇ 祥子

「ちょっとお母さん! どーゆー事なの?! お父さんて生きてたの?! ちょっとお母さん?!」

「祥子、落ち着いて。そう…… お父さんは生きてるの。 そんな事より、明日お父さんの所へ行くわよ」
 と母は真顔で言った。

 エ? そんな事より?! 
 いやいや、今まで気を使って父の事を聞かなかった私の気づかいはどうしてくれるの?!
 まぁいい。私も大人だ。明日じっくり聞かせてもらおうと一旦感情を押し込めた。

「それより祥子」

 それよりとは何だ!?
 感情の高ぶりを押さえ母親の話を聞く事にした。

「あなたイラストレーターなんだから夢で見た気味の悪い妖怪とか描いてみてよ、ほら、家の様子とか描けないの?」と

 そう言われたら自分もプロの端くれだ、描け無い事もない。
 サラサラと書いた。
 その絵は、夢に見た和室から庭を見る子供、そこに居るお爺さんと異様な者。

 母親はその絵を見ると、一言。
「間違いないわ」と確信したように言った。
 そしてそれを祖母に見せる、それを見て祖母も母と顔を見合わせ真剣な顔で頷いている。

「この夢はね、祥子の夢であって夢じゃないのよ、これは私の子供の頃の記憶よ」
 と、母が言った。

 詳しいことは明日話すとのことだ。

 その間も近所の人達がひっきりなしに訪れていた。
 誰かの話が気になった。
「最近、○○さんのお祖父さんや○さんの一人暮らししてる息子さんが行方不明になってるのよ、あ、あと○○さんの旦那さん……。何か今回の事に関係があるのかしら」

 私の見た「ただの悪夢」に関係ある訳が無い。
 気にはなったが、バタバタが少し落ち着いたら聞こうと思った。

 

次の日。

私と母は自動車で家を出発した。

 祖母は
「私は足手まといになりそうだから」

 と家に残る事にした
 家を出る時に
「役にたてばいいんだけど……」と、紫の帛紗(ふくさ)に包んだ小箱を私達に持たせてくれた。

 行きの車中で色々聞きたかったが、ピリピリとした空気が私と母を無口にさせていた。

「お母さん……。よく怪談とかであるんだけど、こんな時って自分の車で行ったりしたら危ないんじゃ無いの? 邪魔されて事故ったりとか、迷ったりとか……」

 と聞いた、すると母親は厳しい顔をして。

「…… そりゃ、来てほしくないならね」

 と意味深な事を言った、その返事を聞き更に車中がピリピリした。


 ◇恵(祥子の母)

 まさかこんな日が来るなんて……。
 いえ、今まで漠然とした不安はあった、だが考えないようにしていただけだった。
 娘と一緒に出発したはいいが、これからどうなるのだろう。
 不安で心が押しつぶされそうだった。

 あの異形のモノと実際に対峙して、心まで凍り付く恐怖を味わっている自分としてはもう二度とアレと遭遇したくない、恐怖心しかない。
 だが娘の為にこの状況をなんとかしなければと思っていた。


 私の家は山の上にあった
 座敷の障子と縁側の窓を開けると、そこから見える日本庭園、と言ったら大袈裟だが整えられた庭が見える。
 庭先に出ると草木の間から、左手下には神社の屋根が見え、そしてその向こうには散居の風景が広がっているのが見えた。

 私は子供ながらにその風景が大好きだった。


 初夏の頃。
 家中のほとんどの窓と、玄関もいつも開けっぱなしだった。
 外の日差しは強いが、屋内は時折吹き抜けるそよ風が心地よかった。

 私はその日、いつものように自分の家で従姉妹の頼子ちゃんと遊んでいた。
 近所と言っても、一軒一軒かなり離れている。

 お人形遊びか何かだったと思う。
 2人で縁側に面した座敷で遊んでいた。

 するとそこに「辻のおじいちゃん」が血まみれの鉈(なた)を持ってフラフラと入って来たのだった。
 目は虚ろ、何かに絶望をしたような顔をしていた。

 辻(つじ)のおじいちゃんは、麓(ふもと)の辻の角にある家のおじいちゃんだ
 通称で「辻のおじいちゃん」と呼ばれていた。
 大人達は「辻の○○さん」と呼んでいた。

 その「辻のおじいちゃん」が血まみれの鉈を持って家に入って来たのである。
 とても怖ろしかった。

 一緒に遊んでいた頼子ちゃんが「おじいちゃん?」と声を震わせながら言った。

 すると、部屋の空気が一気に下がったような、背骨が凍るような……。
 悪寒が体中にざわざわと這い回るような感覚を覚えた。

 廊下から来る気配に動けなくなっていた。
 多分、頼子ちゃんも同じ感覚だったのだと思う。

 本能的な恐怖なのかもしれないし、目を逸らしたらお終いだと思ったのかもしれない。
 そのままの姿勢で廊下を凝視していると、障子に映る影で端から何かがやってくるのが見えた。

 それが障子端から姿を現した。
 それは人型の黒い粒子状の集合体だった。
 凝視していると、粒子状の中に赤黒いい包帯を体中に巻き、それを棚引かせている異形の者がいた。
 まるで包帯を巻きすぎた赤黒いミイラだ。
 それが座敷に入ってこようとしている。

 その巻き付いた赤黒い包帯には、のたくった文字の様なものが書かれていた。
 しかもその文字が蠢(うごめ)いている様にも見えた。

 段々それが近付いてくる、近付くにつれ辺りに生臭い臭いが漂い始めた。
 吐き気を覚える程の臭気、そこで私は子供ながらに気付いた。
 この包帯の色は血だ! と。

 その異形の者は、辻のおじいちゃんに近付くと、辻のおじいちゃんの首の辺りから吸い込まれる様に入っていった。

 その途端、辻のおじいちゃんの目がギラギラとした獲物を狩るような目に変わった。
 そして持っていた鉈を大きく振り上げた。

 私は喉がはち切れんばかりの大きな悲鳴をあげていた。

 後ろの襖から大きな音がした、母親と父親の怒声が響く。
 目の前が灰色になった、母親が何かをまき散らしている、灰の臭いがした。
 父親は木刀を持ち応戦している。
 私は頼子ちゃんと一緒に抱き合って震えるしか無かった。
 私の記憶はそこで途切れていた。

 ◇ 祥子

 道すがら母から色々聞かせてもらった。

 私の夢とリンクする母の子供時代の出来事は、にわかには信じられない話ではあったが、私がいつも目を覚ますタイミングは、母が意識を失った辺りのようだなと思った。

 実は母も、今の今まで意識を失った後の話は教えられておらず、自分でも怖くて聞こうとせず、気絶した後にどうなったのか全く解らないと言った。

「多分あなたのお父さんのお父さん、祥子のお祖父さんね。詳しく教えてくれるはずよ」
 と母が言った。

 お祖父さん……。
 つい昨日まで、お父さんも、もちろんお祖父さんもいないと思っていたのに。
 本当は居ましたよ、と衝撃の心霊話と共にサクッと教えられた私の今の気持ち……。
 何だか例え様の無い、ぶつけどころの無いモヤモヤでモヤモヤしていた。


 今わたしは、在宅でイラストレーターの仕事をしている。
 仕事はほぼネット上のやりとりだけで完結し外に出る必要も無い、打ち合わせもズームで事が足りている。

 前職は広告代理店に一年程勤めバリバリ働いていた。
 けれど、仕事が昼夜問わず激務であることと、心ない人の裏切りなどでかなり参っていたりした。
 そんなある夜、幻覚を見た。

 夜中ふと目を覚ますと、ベッドの脇に何かが見えた。
 真っ暗な部屋の中、それは手だった。
 白くぼんやりと光っている両手、手のひらを上にし両手で水をすくうような形にしてこちらに突き出している。
 その突き出された両手の上には白い箱が乗っていた。
 丁度両手にすっぽり収まる大きさの箱が自分に差し出されている。

 始めはぼんやりと見ていたが、途中から怖くなり飛び起きてその手から距離を取った。
 するとその手は、闇に溶けるようにスーッと消えていった。

 その夢とも幻覚ともつかない話は誰にもしたことが無かったが、あーもうこんな幻覚を見るようでは限界かもしれない、と仕事を辞める事にした。
 そして、今の仕事をしている。

 仕事を辞めた後も、なぜかまだ手の幻覚は見えていた。
 夜中にふと目を覚ますといつも傍らに手が差し出されている。
 手の上には箱が乗っていた。
 中身に興味はあるが、受け取る気にはなれないので、いつもそのまま眠ってしまった。
 そもそも幻覚であるのだから、と。


 それにしてもまだ到着しないのだろうか、ふと運転している母の顔を見ると、私と母の間に何かが見えた、後部座席から私と母の間に手が差し出されていた。
 その手の上には箱が! 。

「祥子! 祥子! そろそろ着くから起きなさい!」
 と母の声で起こされた、私は悲鳴と共に目覚めた。
 いつの間にか眠ってしまったらしい。

 驚いた母親が
「どうしたの?! またあの夢でも見たの?!」と聞いた。

「実はその夢の他にも見てるんだよね……」
 と言うと母の顔がまた険しくなった。

 周りを見回すと、田んぼの真ん中の一本道を走っていた。
 対向車が来たらすれ違えない程の道だった。
 少し行くと、ちょっとした小山へ登る道が見えてきた、車はその木立の間の道を上っていく。
 そこで前から来たタクシーとすれ違った、ここにタクシーで来る人なんかいるの? さっきの道だったら大変だったなー なんて思っていた。
 ギリギリすれ違うとその先の右手にこぢんまりした神社が見えてきた、鳥居の脇に、大人四人でも手が回るかどうかの大きいご神木がある、木に巻かれた紙垂が風になびいていた。
 ト○ロの木みたいだなーと思った。

 更に上ると、そこには昔は立派だったであろう古民家が建っていた、決してボロボロとかでは無く、手入れされ大事に使われている印象の家だった。

「さぁ、着いたわよ」
 母が言った。

 ◇ 祥子の父、孝夫

 車のエンジン音が聞こえる、どうやら2人が到着したようだ。
 外に出迎えるとタクシーから一人の女性が下りてきた。

「頼子さん!」
 妻、恵の従姉妹、頼子さんだった。
「孝夫さんお久しぶりね、元気だった?」と頼子さんが言った。

「どうしてここに?」

「どうしてもなにも、恵ちゃんから話を聞いて朝一番で来たのよ、みんなからも色々預かって来たから」
 といい灰色の風呂敷包みを差し出した。

 その時、また車のエンジン音が聞こえた、今度こそ恵と祥子が到着したようだ。

 ◇ 祥子

 2人が車から降りると、玄関に誰かが立っていた。

 あの人はきっと自分の父なのだろう、自分に少し目元が似ているなと思った。
 そしてその後ろから……。

 えっ?! 近所のおばちゃん?! 何で?!

 私は大混乱だった、すると母が
「頼子さんわざわざ来てくれたの? ありがとうね~」
 と涙ながらに話し掛けていた。

『え?! 頼子さんってさっき話に出てきた、一緒に異形のモノを見たって言う従姉妹の頼子さん? えなんで?!』
 と。
 私が余程変な顔をしていたのか、母が
「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔してんのよ~」
  目に涙を溜めながら苦笑していた。

 詳しい話は中でと、通された。
 玄関戸の中には昔ながらの土間があった。
 少し波打った硬く踏み固められた土は綺麗に掃除されている。

 土間から靴を脱ぎ一段二段と階段状になっている玄関を上がる。
 そして少し奥まった部屋に通された。
 その部屋に通された途端、体中にまるで虫が這い回るような感覚の悪寒が走った。

 目の前に広がったのは、夢で見た風景。

「本当なんだ……」
 とぼそりと呟いていた。

 すると、頼子さんが。
「ね、夢と同じでしょ?」
 と言った。
 そうだ頼子さんもここにいたのだ、怖くは無いのだろうか? と思った。

「おばちゃんは怖くないの?」
 と、尋ねると 
「凄く怖い」
 と苦笑した。

「さあ、みんな座って、長い話になるからな」
 と父がテーブルにお茶を出した。


 ◇ 父、孝夫

「詳細は昔から伝わる巻物に書いてあるんだが、ハッキリ言って読めない、だから口伝で伝わっている事を教えるからな」
 と俺は話し始めた。 

 村はその頃、大飢饉に見舞われていた、幾月も日照りが続き弱い者から死んでいった。
 その中には口減らしとして、弱い赤子や年寄りが犠牲になっていた。
 そしてその厳しい生活の中、口に出来る物はなんでも食べたという。

 そんな極限の状態が続いたある日、神様の声が聞こえるという者が現れた。

「俺は神の言葉が聞こえる! この日照りは神罰だ! 神様に人身御供を捧げろ、さすれば雨が降るだろう」と

 そしてその人身御供として名指しされたのは、その村で一番美しかった辻のお祖父さんの先祖の女性だった。

 普通、人身御供のセオリーと言えば生娘だろう、だがその女性は所帯持ちだった。

 その時は皆、空腹で狂っていた、よしそれならと村人でその女性を攫(さら)いご神木に生きたまま括り付けた、そして死ぬまでそこに放置した。

 その女性の旦那は初め、人身御供に激しく抵抗したが
「妻を差し出さぬなら子供を差し出せ」と。
 そいつが荒くれ者だった事と、狂った村の総意には逆らえずで、この飢饉の中、大事に生き延びた子供も殺されるかもしれないと、旦那も妻も泣く泣く言う事を聞いた。

 何日も何日もその妻の悲痛な泣き声が響いていたが、そのうち息絶えてしまった。
 その時、旦那の号泣が村中に響き渡ったそうだ。

 妻が亡くなった次の日、人身御供のお陰か、いや只のタイミングだっただろう
 雨が降った。

 村人は喜び、人身御供になった妻は神社で祭られる事となった。

 妻が亡くなった後、旦那は自暴自棄になったが、子供の為となんとか気持ちを立て直した。
 それから数年経ったある日のこと、旦那は神の声を聞いたと言う男が仲間に声高に話しているのを聞いた。

 神の声が聴こえると言っていた男は、自分の嫁に言い寄っていたのだという、嫁はその誘いを断ったと、その逆恨みで人身御供にしてやったと仲間に話していたのだった。

 それを聞いた旦那は怒り狂ったが、子供もいる、下手な事は出来ない、それである事を実行に移した。


 と、ここまで話して、何を実行に移したかを語る前に、自分たちのルーツに付いて語らなければならなかった。

「辻のおじいちゃんな、何であそこに住んでいたか解るか?」
 と聞いたが誰も解らないだろう。

「ここの村に住んでいた者は、ここよりもっと南から集団で移住してきたらしいんだ、落人とも少し違うらしい。そして我々の少し後に、他所から入って来る者もいたんだそうだ。
神の声を聞いた男は、他所から来た奴らだった、そいつらはどこから流れて来たのか荒くれ者が多く、この土地に勝手に住み着いたらしい」


「まず、集団で移住してきた我々のグループは少し変わっていてな、今で言う霊能者とか、超能力者というある種の能力に長けた者だったらしい、巻物にはハッキリ書いてはいないが、どうやら都落ちをしてここに隠れて百姓として過ごしていたらしいんだ」

 そこまで話すと、今日久々に会った娘が怪訝そうな顔をしているのが見えた。
 そりゃそうだ、ヤバい父だよな……。

 話を続けた。

「その当時、ここの村を仕切っていたのは、うちと、恵お母さんの所と、辻さんの所で、うちは神社の担当で、辻さんは村の出入り口の辻に住んで、村に入ってくる悪しき霊的な者を排除する役目を負ってたんだよ」
 と、俺が話していると。

「我々が「陽」なら、辻さんは「陰」なんだよな、拝みや呪い系も得意な家系だったんだよ」
 と、言いながら宮司の格好をした、俺の父親が入って来た。
「とは言え、実体がある荒くれ者の侵入は中々に拒めなかったのかもしれんな」
 と言った。

 ◇ 祥子

 ここまで話を聞いたけれど、にわかに信じられない話ばかりだった。
 その、飢饉の時代にあった話は日本昔話のようにも聞こえるが、実際に自分たちの先祖に起きた話だという。

 すると、宮司さんの格好をした中老の男性が入って来た。
 初めて見るこの人が私のお祖父さんなのだろうと思った。
 このお祖父さんも、父と目が似ている、そして私とも……。

 父の話に寄ると、父の家系と、辻さんの所、都落ちしてきた村の人達も何らかの能力者だという「ん?」と言う事は私もなのか?

 いやいや、私は何の力も無い普通に生きてきた普通の人間だ。
 お祖母ちゃんからも、お母さんからもそんな心霊的な話は一度も聞いたことがない。

 私は父に
「じゃ……、お母さんの……、うちの家はどんな役割だったの?!」
 と聞くと

「審神者だよ」と父は言った。

 審神者?! 何となく聞きかじった言葉だ、オカルト系の漫画とかにたまに出てくる言葉だが、まさか死んだと思っていた父からこんな厨二病な話を聞くことになるとは。

「審神者とはな、神託を受け、神意を解釈して伝える者のことなんだよ。巫女とも違う、巫女は自分自身に神を降ろすが、審神者は、降りてきた神と思しき存在が語る言葉を聞き、その真偽や真意を判断し、それを皆に伝える者のことなんだ」
 と父が言った。

「え?! うちが神の声を聞く家系なの? じゃその荒くれ者の男はなんのつもりで?!」

 そんな私の問いをちょっと待てと言う様に手で遮ると父は話を続けた。

「辻さんの先祖の旦那はな、その神の声を聞いた男の話を聞き、怒り狂って自分の死んだ妻にとんでもない禁忌の呪法をかけたんだよ」と

 旦那さんは、野良犬を何匹か捕まえて来たのだそうだ。腹を空かせた犬を罠で捕まえるのはさして難しくは無かったのかも知れない。

 その犬の首をはね、犬の血と自分の血と小便を混ぜた。
 そして亡くなった妻の赤い襦袢を帯状に切り裂くと、その血に漬けた。
 そしてそのその汚れた布に、辻さんの家に伝わる禁忌の呪言を墨文字で書いたのだという。

 そしてその布を……。

 父は言い澱んだ、そして一つ深呼吸をすると。

「墓から掘り起こした黒く変色した自分の妻に、その呪いの布を巻き付けたんだよ、満月の夜に呪いの言葉を吐きながら、幾重にもな」

 と苦々しい顔で語った。
 幾ら昔の話とは言え余りにも禍々しい話だった。

 旦那はその後、妻の遺体を満月に晒した、そして呪言を唱えると妻を蘇らせた。

 生き返ったかどうかはわからないが、巻物に描かれた絵には妻が起き上がり異様な姿で空中を飛び回る絵が描かれていた。
 その怖ろしい姿は幾人もの村人に目撃されていたのだという。

「その生き返った妻は、自分を死に追いやった男やその仲間の家に飛んで行ったんだ、そしてその妻が行った先々には、見るも無惨な遺体が転がっていたんだそうだ」

 その後、復讐を果たした妻は、糸が切れた人形の様になり動かなくなった。

 そして、殺された余所者の男達とその家族は、その後、裏山へ葬られたのだとう言う。
 殺さることを免れた余所者の村人も、恐れおののき我先にと村を出て行ってしまったそうだ。

「じゃあ、その事件から先、この村には余所者はいなくなったの?」
 と聞くと
「そうだ」
 と父が答えた。
 その呪いを掛けられた妻はどうなったのか?
 と聞くと。
「以前に埋葬されていた所に埋め戻され、懇(ねんご)ろに供養されたんだよ。でな、なぜその妻が蘇り、自分自身の仇を討って回ったのかというのも、村のみんなは薄々解っていたんだそうだ、だがな自分たちがその妻を見殺しにした罪悪感もあり、旦那さんの所業に目を瞑ったんだそうだ」

「他所から来た者達は、元からこの村にいた私達が、異能力を備えているなんて知らなかったから「神のお告げ」なんて嘘を言ったんだろうな、元々の村の者達も、その余所者のならず者にそんな力があるなんてこれっぽっちも思っていなかったと思うが、荒くれ者達の悪行に手も足も出なかったのかもしれないな」
 と父が言った。 

「その後、余所者ががいなくなった村は穏やかになり、村の皆は畏怖の念を感じながらも、その妻を祭り続けたと言う話だ」

 一概には信じられない、と言うと。
「じゃお母さんが見たものと、祥子の夢はどうなんだ?」
 と言われ私は黙ってしまった。

 ◇孝夫(祥子の父)

 こんな到底信じられないグロテスクな話を娘に聞かせる事になるなんてな……。
 大きくため息をつきながらお茶を飲んだ。

 今回この事があって恵(祥子の母)には何も無かったのだろうか?

「今回おまえには何も無かったのか?」と恵に聞いた。

「私には何も無かったのよ、気づきもしなかったわ」
 と恵は言った。

 どうやら、標的は祥子に移ってしまったようだ。

「今までの話を聞いてどうだ? 祥子にも能力があるはずなんだが」
 と聞いたが、祥子はそんな力はまるで無いと言った。

 おかしい、個人差があるとはいえ、ここにいる俺達みんなにその力はある
 なぜ祥子には発現されないのか、腕を組みながら俺は唸った。
 まずはアレを見せねばならない。

「下の神社に見せたい物があるんだ、話の続きはそれからだ」
 と言った。

  ◇ 祥子

 父親に促され下の神社に向かうと、来る途中に見た大きなご神木が見えてきた。
 ここに縛り付けられて人身御供にされたのだな、と思うと複雑な感情が湧いた。

 簡素な鳥居をくぐり社殿へ向かった、参道はさほど長くなくあっという間に境内へ着いた。
 そこは華美さは無いものの、しっかり手入れされていて清浄な空間と思える場所だった。

 父に促され拝殿の中に入ると。
「祥子、ちょっとこれを見てくれ」
 と奥の梁の上に飾ってある額を指さした。

 外より一段暗い拝殿の中をそろそろと歩き奥まで行くと、恐る恐る上を見た。
 一瞬思考が止まった。

「あれ? これ…… 私?」

 と言うと、父は。

「これはこの神社に祭られている生贄にされた女性だよ」

 と言った。

 着ている物や髪型などは今とは違うが、顔はまんま私、まるで自画像だった。
 これが村一番の美人で、男に言い寄られて人身御供にされた美人なのだなと。

 そうか……、美人という言葉が頭を駆け巡った。

 父が
「ごめんな、かなりショックだったんじゃないか?」
 と、気を遣ってくれていたが、私が少しずれているのか、そうか私は美人なのだな、と思っていた。

 父が続けた。
「祥子にそっくりだろう? 母さんの若い頃にもそっくりなんだ」

「いやいやいや、なぜ辻さんの所の人身御供の奥さんと私が似てるの!?」
  と聞くと。

「言い伝えによると、人身御供にされた女性が母さんの家系から嫁に行った女性だとされているんだよ、この絵を見たら否定する事も出来ないよなぁ~」

 父の話は衝撃だった。
 そうか、それなら似ているのも納得だ、それにしても昔から受け継がれた遺伝子で今でもここまでそっくりになるなんてね~。
 なんて変な感心をしていた。

「この後の事は私が話す事にしよう」
 と祖父が言った。

 ◇ 祖父の話

 祖父は居(い)住(ず)まいと正すと語り出した。

「これはな、祥子のお母さんとお父さんが子供の頃の話だ。
私達一族は、この村を守り、人身御供になった女性を祭ると共に、殺されたならず者の墓も供養してきたんだ」

 殺されたならず者の墓は裏山にあり、長く供養されていた。
 だが怨念が強く、たまにそれが漏れ出る事があるという。

 母が子供の頃、従姉妹と怖ろしい目にあったあの日の話。

 この村の伝承をどこから聞いてきたのか解らないが、民俗学の調査としてこの村に入ってきた男達がいた。

 多分、この村から出て行った余所者の子孫が語り継いでいたのかもしれないと言った。

「その男達はここを訪れ、私と、その頃存命だった私の父に色々話を聞き、裏山に行きたいと言ったんだよ、危険だからダメだと引き留めたが、そいつらは反対を押し切り裏山へ行ったんだ」

 その後の話はこうだ。

 調査の一団が裏山に行って暫くすると、突然、外の空気が明らかに変わったのを感じた。
 私と父がわらわらと外へ出ると、裏山の方からざわざわとした異様な気配が広がってくるのを感じた。

 裏山からはカラスの激しい鳴き声が聞こえ、鳥たちが一斉に飛び立つのが見えた。
 ざわざわとした胸騒ぎが収まらず、拝殿に向かって拝むしかなかったという。

 二人で祝詞を唱えていると、ご神体とされている厨子がガタガタと揺れ出した。
 その厨子には人身御供にされた女性の骨が収められていると言い伝えられていた。

 突然の出来事にその厨子を凝視していると、そこから手が一本出てきた様に見えた。
 驚いてそれを見ていると、その手は上の家の方向を指さしているようにも見えた。
 その後、追い払うような、さっさと行け、の様なジェスチャーをしたのだという。

 ハッと我に返るとそれは父親にも見えていたらしく、拝殿を飛び出し参道を走った。
 鳥居の向こうの道を、鉈を持った辻のお祖父さんが呆けたような顔で坂を上って行くのが見えた。
 そしてその後ろからは……。
 禍々しい姿の化け物が付いていくのが見えた。

 それは言い伝えられているままの禍々しい姿であったが、瞬時にそれが違うと解ったのだという。
 うちのご神体(人身御供になった人)は神社にいて、我々に教えてくれたあの手の主だと。

 余りの怖ろしい姿に、金縛りにかかったように動けなくなっていると、父親が。
「しっかりしろ! いくぞ!!」
 といい強く背中を叩いた、すると同時に金縛りは解け動けるようになった。

 我に返り走った、そして咄(とっ)嗟(さ)にご神木に巻いてある紙垂(しで)の付いた縄を巻き取ると、急いで上の家へ向かった。

 坂を上りやっとの事でたどり着くと、家の中が騒がしい。

 縁側に面した座敷の方から禍々しい気配がした、開け放った縁側から白い煙のようなモノがモヤモヤと出ていた。
 二人は走ると縁側から駆け上った。

「恵さんの両親が辻の爺さんと戦っていたんだよ、父親は木刀を持ち、母親はは仏壇の灰を辻のじいさんに浴びせていたんだ、その脇には頼子さんと恵さん2人が倒れていて、時遅しかと愕然としたよ」と

 どこからか「子供達は生きている!」と澄んだ声が聞こえてハッとした。

 直ぐに手に持っていた紙垂の付いた縄を構えたが、老人とは思えない力で抵抗してくる鉈を持った爺さんを取り押さえるのは、四人掛かりでも簡単ではなかった。

 不意を突き、恵の父親が爺さんにタックルした、吹っ飛んだ爺さんは襖にぶち当たり襖もろとも畳に転がった。

 その一瞬の隙を突き、縄でグルグルに縛り上げた。
 紙垂の縄で縛った途端、辻の爺さんの力が弱まった、父親は縄の紙垂を引きちぎりサラサラと何かを書いた、一枚は丸めて爺さんの口に突っ込み、もう一枚は自分の唾で爺さんの額にくっつけた。

 そして
「爺さん、もう少し辛抱してな」と言ったのだという。

 爺さんは若干自我が戻っているようなそぶりを見せたが、まだ目が爛々としている、油断は出来なかった。

 その後は村中で大騒ぎになった。
 異形のモノを引き連れた辻の爺さんを見た物も何人かいた。

「あれは神社で祭られている人身御供にされた辻さんの所の先祖じゃ無いか、だから辻さんに憑いたんじゃないか?」
 と、言う物もいたが、「それは違う」と父親ははキッパリ否定した。

 取り急ぎ、辻の爺さんをなんとかしなければと、祖父とその父、恵の父(祥子の祖父)三人で辻の爺さんを連れ山を登った。

 少し登ると開けた所に出る、そこが殺された「ならず者」が葬られている祠がある場所だった。

 四人がそこまで上るとそこには、バタバタと地面に倒れた民俗学調査団の姿があった。
 慌てて駆け寄ると。
「息がある! おい! 大丈夫か?! 起きろ!」
 と大声で声を掛けると、倒れた人達が呆けた様な顔でモソモソと起き上がった。

「お前達、大変な事をしてくれたな」
 と辻の爺さんを指さしながら言うと、辻の爺さんの姿を見た者達は一斉に逃げだそうとした。
 それを父親は
「お前ら! ここから出たら死ぬぞ!!」と一喝した。

 その気迫に押された一行は、その場にへなへなとへたり込んだ。

 民俗学調査団の話によると、祠の土台を動かした途端、下から黒いモノが吹き出してきてそこから記憶がないのだそうだ。
「なぜそんな事を……」
 と私がぼそりと言うと。

 ある日、若い男が訪ねてきて。
「面白い言い伝えがある村がある、そこを調べてみないか?」
 と言われたのだそうだ。

 少し調べると以前誰かが調べたと思われる資料が出てきた。
 そして謎に包まれた集落に興味を持ち、調べる事にしたそうだ。

 その若い男が言っていた。
「祠の下に変わった印があるんだ、是非それを見てほしいと。それで……」

 その若い男、その時は誰かの知り合いなのだろうと心を許してしまうのだが、今となるとその男が誰だったのか全く解らないのだそうだ。


「そう、そうやって誰かが誰かをそそのかし、ここへやって来ては封印を解こうとする、とてもタチが悪いんだよ」
 と静かに聞いていた孝夫(祥子の父)は吐き捨てるように言った。

 兎に角この状況をなんとかしなければならない。
 私と父親はその場に結界を張り、民俗学調査団と、辻の爺さんを座らせた。
 そこから一晩掛け、全力で祝詞を唱え続けた。

 怨霊は暴れ回り、暴風が吹き荒れ、封印はかなり難航したが辻の爺さんに憑いた怨霊を引き剥がし、また祠に封印し直す事に成功した。
 だが、辻の爺さんは、その時に寿命を持って行かれたらしく、それほど日を置かず亡くなってしまった。


 調査団は、封印の儀の間見た事もない異形な者を見せられて発狂寸前、朝日が昇る頃には魂が抜けたようにぐったりしていた。
 いや、多分少し魂を抜かれていたのかもしれない。

 更に、ぐったりした調査団に追い打ちをかける様に父親は

「お前達が見たのは飢饉の頃に殺されたされた「ならず者達の怨霊」だ、お前達が誰に聞いてここにやって来たかは知らないが、このことを外で話せばアレは絶対にお前達を殺しに行く、そしてお前達の家族も全員道連れにされる、命が惜しくば誰にもこの事を話してはいけない」

 と言った。
 調査団一行は、「決して誰にも話しません!」と約束をし、朝日の中、這々の体で逃げ帰っていった。

 その後、正気に戻った辻の爺さんに話を聞くと。

 家で昼寝をしていたら、抵抗する間も無く乗っ取られてしまったのだそうだ。
 爺さんは「面目ない」と言った。

 うっすらと残った自我で覚えている事は、可愛がっていた柴犬を殺してしまった事だった、その後の記憶は定かでは無いと。

 辻の爺さんは愛犬を殺した後、歩いて坂の上の家まで誘導されたようだ。
 そのあと、うっすらと意識が戻ったのは、縄でグルグルにされた時だったという。

 うっすらと戻った意識のなかで感じたのは、殺され封印された者達の凄まじい恨みと怨念だったそうだ。
 多分この祠の怨霊が、自分たちを殺した辻の爺さんの家系や、人身御供になった女の家系を今でも虎視眈々と、根絶やしにしようと狙っているのを感じた。
 あわよくば力の強い者の体を乗っ取り、それ以上の悪行を企てているのかもしれない。

 そして、多分だが。
 自分たちが殺される前に見たあの怖ろしい異形の姿、自分たちが知っている一番怖ろしい姿で我々を襲撃しているのかもれないと言った。


「その数日後、辻の爺さんは亡くなってしまったんだ、その死に様はまるで本当に生気を吸われたかの様に骨と皮だけになっていてな、この怨霊に関わると必ず近いうちに関わった誰かが亡くなってしまうんだ、こうやって、たまに封印が解け怨霊が外に出るたび、人間の寿命を喰い怨霊としての寿命を長らえているのかもしれないな」
 と祖父は言った。

 ◇ 祥子の父、孝夫

 次は祥子が小さい頃の話をしなければならないが、気が重い……。
 しかし、これは避けて通れない事だ。
 俺は覚悟を決めて話し出した。

「これはな、祥子が小2頃の話だ……」

 その日、母さんと祥子、頼子さんと頼子さんの二歳になる息子とで、畑で芋掘りをしていた。
 暑い日だったが、四人で楽しそうに収穫しているのが遠目でも見えた。
 微笑ましく見ていると、腹に響くような「ごごごごご」という音が聞こえだした。
 音がドンドン大きくなる。

「地鳴りだ!!」

 気付いたのと同時に地震が来た。

 それは体験した事がない大地震で、命の危険を感じるほどの大きな揺れだった。
 村中から「ごごごごご」と言う大きな音が聞こえている、恐怖と共に揺れが収まるのを待っていた。
 そのうち揺れが収まると皆で周りを見渡し、終わったかどうかを空間から読み取ろうとしていた。

 すると山の方から一段と大きい地鳴りの音がした、そちらの方に目をやると、山から黒い靄が湧き上がってくるのが見えた。
 地震で外に出て来た村人達は、皆でその靄を凝視していた。

「危ない! みんな神社へ走れ!」
 という声もむなしく、その黒い霧は、まるで蛇がのたくり空を這ってくるように飛んでくると四人の下(もと)へ真っ直ぐにやって来た、四人は走ったが直ぐそれに捕まってしまった。

「私もそれを見て、その場へ走ったんだ」

 すると子供達が転ぶのが見えた、その子供達に向かってその黒い靄が襲いかかり始めた。
 すると頼子さんが子供達に覆い被さり庇った。
 その庇った背中に黒い靄が入っていったんだ。

「俺がそこに到着した時はもうすでに遅く、頼子さんは苦悶の表情を浮かべのたうち回っていた」

 俺はありったけの大声で祝詞を上げた。
 すると頼子さんは苦しみながら。
「私から離れて!」
 と言い、憑き物と戦っていたのだろう、もがき苦しみながら自分たちから離れる様に走って行った。
 それを追うと、裏山の祠までたどり着いた。

 その裏山の祠は地震のせいで崩れていた、そこから封印が解けたのだと思った。

 少しすると一部始終を見ていた俺の父親が、息を切らし法具やら一式を揃えて山へ上がってきていた。

 それからは早かった、頼子さんをしめ縄でグルグル巻きにして、ほぼ一昼夜祝詞を唱えたんだ。
 その間、頼子さんは微かに正気を保ちながら、あの化け物と体の中で戦っていたんだ。
「凄い人だよ、頼子さんは」

 と俺は頼子さんを見た。

 すると頼子さんも満更でもない顔をしていた。

 恵も、俺の父も
「辻の爺さんがあんなにご乱心したのになぁ、大したもんだよ頼子さんは」
 と頼子さんを讃えた。

「かなり大変な祓いだったんだ、その後、心配した頼子さんの体調も悪くはなかった、今まであいつに取り憑かれた者は、たとえ祓ったとしても数日後に亡くなってしまっていたんだ。頼子さんは何事も無くてその時は正直ホッとしたよ」

「だがそれから、49日が経ったその日、頼子さんは亡くなってしまったんだ。
辻の爺さんのようにガリガリの姿になって発見されてしまった」

 祥子が目を丸くして言った。
「え!? ちょっと待って!? 頼子さんて今ここにいますよね?」
 余りの動揺に目が見開かれている

 すると、頼子さんが口を開いた。


 ◇ 頼子

「祥子ちゃん、ごめんね…… おばちゃんもう死んでた」
 と言って苦笑いした。

「え? だっておばちゃん、ここにいるじゃない!!」
 と祥子が言った。

「さっきお父さんに聞いたでしょ? 私達は変わった能力の持ち主なの、それは祥子ちゃんもそう。祥子ちゃんは死んだ者が見えるのよ、ここにいるお父さんお母さんお祖父ちゃんもみんな」

 祥子は信じられないと言う顔をしている。

「祥子ちゃん、最近変な夢を見るでしょ? 箱を持った手」

 祥子は深く頷いた。

「それは私なのよ、そして私はあなたを導く役目を担っているの」と。

 ……あぁ、胡散臭いと言う目をしているわね。

「あなたはね、まだ本格的に覚醒していないの、まだまだ強くなる、いえ、強くならないといけないの、この村、いえ世界の為にも」

 少し話が大きくなりすぎたかしら。更に胡散臭そうな顔になったわ。
 いやでも、このくらい言っておいた方がいい、だってそれほどの怨霊なのだから。

「怨霊は年々強くなっているの、さぁ、祥子ちゃん、手を出して、さぁ」

 祥子が恐る恐る手を出す。
 その差し出した手の上にちいさな白い小箱が置かれた。
「それはね、あなたの本当の力を発揮する為のパワーの小箱よ、さぁ開けて」

 祥子はそれを手に乗せたまま考え込んでいた。


 ◇ 祥子

 今までも突拍子も無い話だったが、ここに来て更にとんでもない話になってきた。
 私はどうしたら良いだろう。
 私は考え込んでいた。

 そして次に頼子さんは、灰色の風呂敷包みを開けた。
 その中に小箱が沢山入っていた、それは今の私の地元に住んでいる、元この村の住民からの預かりものだと言った。
 母も、お祖母ちゃんから渡された紫の帛紗の中から小箱を取り出していた。

 頼子さんが私の前でニコニコして見ている。
 周りからの『さあ開けろ!』 の圧力も半端ないのだ。

 手の上に載せられた箱は夢に見た小箱とそっくりだ、それが私のパワーの小箱だという。
 そもそも頼子さんは死んでいるとはどういうことだ。

 私は覚悟を決め、蓋(ふた)に手を掛けた。
 みんなも固唾をのんで見守っている。
 左手に箱を乗せ右手で蓋(ふた)を開ける、すると……、他の箱も一斉に開いた。

 手の上の箱が光り出し、今まで感じた事のないパワーが両手に流れ込んで来た。
 他の箱も一斉に輝きだした、その光からもパワーが流れ込んでくる。
 なすすべも無く流れ込んでくるパワーに身を任せていると、手の上の箱が一段と光り輝き白い光となり私の手に染みこんでいった。

 自分の体に流れ込んでくるパワーとは相反して、冷静にその光景を見ていた。
 体の周りが、スー○ーサ○ヤ人の様に光っているような気がする。

 ふと我に返り、頼子さんを見る。

「へ?」

 変な声が出た。

 目の前には、頼子さんではなく、頼子さんの息子の崇(たか)志(し)君がいた。
「えっ?! 崇志君?」
 崇志君がニコニコとして目の前に座っていた。

「今、僕のお母さんが祥子姉さんに入って行ったよ、ちょっと悔しいけどこれから僕のお母さんが、お姉さんの守護に付くんだよ」

 崇志君は高校1年生で少し幼い顔をしていた、その顔を少し悔しそうにしかめながら言った。

 圧倒的なパワーとは裏腹に、私はとても申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
「あ、なんか…… ごめんね。良かったら、これから私の事……、お母さんって言っていいからね」

 と言うと。崇志君は幼げな顔に涙を浮かべハハハと笑った。

 その顔を見ながらピカピカ光った私は意識をなくした。



 ……話し声が聞こえる、あれ? ここはどこ? 瞼をゆっくりと開けた。
 ゆっくりと起き上がり、ぐるりと周りを見回した。

 あ、思い出した、そうだ私あの後倒れたんだ。
 私はもう光っていなかったが、体中がピリピリしていた。

 近くに座っていた皆が
「祥子?! 大丈夫」
「具合はどうだ?!」
 と口々に言いながらにじり寄ってきた。


 少し朦朧とした頭で母の実家でもある、父の家に戻ってきた。

 ぼんやりした頭で、圧倒的パワーを持った私に何が出来るのか考えていた。
 崇志君が。

「お姉(かあ)さん……、多分深く考えなくても大丈夫だと思うよ、僕は本当のお母さんが死んじゃったあと、この能力のお陰でお母さんがずっと見えていて色々教えてもらったんだ、多分やるべき時に解ると思うんだ……。それよりお姉(かあ)さん、今色々見えて大変なんじゃない?」
 と言った。

 崇志君……。
 適応能力が高すぎるんじゃないの? もう私のことお姉(かあ)さんって呼んでるじゃない。
 それより、確かに、知らない人が急に増えたなって思ってたけど。
 えっ?! この増えた人のことじゃ無いよね?
 神社の拝殿の中にも、村人も畑を耕したりしていた、家に帰って来てからもひっきりなしに人が訪ねて来ている。
 村人ってこんなにいたんだね~ って思っていたけど……。

「別に何も大変じゃ無いよ~、お客さん引っ切りなしで気はつかうけど」

 と言うと。
「お姉(かあ)さん……、それだよ」
 と、崇志君はやれやれという表情をした。

「今この村には、お姉(かあ)さんのお父さんとお祖父さんしか住んでないんだよ」
 と言った。

 ええっ!! もしかするとこの見えている人達は、皆、霊なのだろうか!!
 にわかには信じられないが。

「お姉(かあ)さん、それをちょっと調整しないといけないんだよ」

 崇志君……。崇志君が私の保護者の様じゃないですか、等と思っていると。

「じゃちょっと、お姉(かあ)さん、自分の手を瞼に当てて」

 と言った。

 言われたとおりにすると。

「じゃあ次は、目の前に壁とか扉とかバリアとかを作るイメージで、幽霊見えない! 幽霊見えない! って強く念じて」

 と言った。
「幽霊見えない幽霊見えない幽霊見えない幽霊見えない~」
 と言っていると、多分母だろう、クスクスと笑っている声が聞こえる。

 自分なりに強く念じて目をそっと開けると。

「あぁぁぁぁぁぁぁ」

 とまた変な声が出た
「透けてる透けて、崇志君どうしよう」と慌てていると。

「うーんしょうがないなぁ、もう少し練習が必要だね、でもこれで生きてる人間と見分けがつくね」
 と幼い顔でニコッと笑った。

 一日で色々な事がありすぎて疲れてしまった。
 その日、本当は少し麓に下りた所にある温泉旅館にでも泊まりたかったが

「覚醒したばかりの制御出来ない能力のまま、宿泊施設なんぞ行ったら大変な事になるぞ」
 と父に言われ断念した。
 結局、この母の実家でもある父の家に泊まる事になった。 

 12畳の広い和室に、私と母、崇志君とで三人川の字で横になった。
 ここはそう、あの夢で見た和室。

 うっすらと見えていた幽霊達は、父が家の周りに張ってくれた結界のお陰で見ずに済んでいるよだった。

「お姉(かあ)さん、結界が張ってあるからって油断しちゃだめだからね」
 と崇志君が言った。

 新しい息子よ…… 手厳しいな。
 私はコクコクと頷いた。

 いま何時なのだろう……。
 遠くの方で何かがきこえる、風の音だろうか、悲鳴のようにも聞こえる。

 この音で目を覚ましたのだなと思った。
 まだぼんやりとした頭で、目を瞑りながらその音を聴いていた。
 嫌な時間に目をさましてしまったな~、と思っていた。 
 暫く耳を傾けていたが、その音は強弱を持って行ったり来たりしているようだった……。

 行ったり来たり……!? 。

 一気に目が覚めて布団から飛び起きた、するとすでに母と崇志君が起きていた。

 私を見た二人が、指を一本立て口に持っていった。

 見ると、縁側のガラス窓の向こうに何か異様な影が行ったり来たりしているのが障子の影になって見えている。

 その夜は月がとても明るかった、その光で異様な影はよりハッキリと見えていた。

 シルエット的には、子供番組に二人一組で出ていた赤と緑のキャラクターの赤い方にソックリだった。
 その赤いキャラクターよりは細かったが、それの体毛よりも軽くて長い、何がひらひらしたモノを体中に纏わせていた。

 その赤い奴、そういえば悪い子を頭からバリバリ食べると言っていたな、という記憶が瞬間的に頭を巡った。

 三人で息を潜めジッとしていた。
 先ほどよりも声が大きくなっている、その声を聴いていると背筋を這うような悪寒が襲ってきた。

 どうやら家の周りをグルグルと回っているようだった、異様な姿が行き来しているのが見える。

「大丈夫か?」
 と心配した父と祖父が部屋に来た。

「今まではこんな事は無かったんだがな、結界を張っていて良かったよ」
 と父がいった。

 その声と徘徊は一晩中続いた。
 多分、家に侵入する結界の穴を探しているのではないかと思った。
 だが見つける事が出来なかったのだろう、朝日が昇る頃、それは口惜しそうな悲鳴を上げて消えた。


 あの後、眠ってしまったのだろう、次に目覚めたのは日が高くなってからだった。
 炊きたてのご飯と、焼き魚、味噌汁とネギの香りが漂っている。
 二日前に家で食べた朝ご飯がやけに懐かしく感じる。

 寝ぼけまなこで台所に行くと皆そろっていた、おばあちゃんはいないけれど家族の食卓だった、昨晩の出来事がただの悪い夢だったらいいのにと思っていた。

「ほら、祥子、ぼーっと立ってないで座って食べなさい」と母が言った。
 崇志君がご飯をよそってくれた。
 とても穏やかな空気が流れ、このままこの生活を続けるのもいいな~ なんて思っていると父が。

「よし! ご飯を食べたら裏山に登るからな、しっかり食っとけよ!」
 とハッパをかけた。

 一気に現実に引き戻されてしまった。

「ご飯を食べたら、一度神社に行って祝詞を唱えてからご神体の厨(ず)子(し)を持って行くから、厨子は祥子の係な」
 と父は言う……。
 厨子とはあの手が出ていたと言っていた厨子か? 
 昨晩見たあの妖怪よりは怖くないが、強力なパワーを得た私に今何が見えるのか少し不安だった。 

 神社に行くと一足先に来ていた祖父が封印セットと準備していた。
 父が祝詞を唱え終わると、祭壇に手を伸ばし奥から何かを取り出した。

 それは、20×10センチ程の手の上に乗る大きさで、前面が観音開きの厨子だった。
 華美では無いが、大事に手入れされているなと思える物だった。
 その中にご神体が入っているらしい。

 そのご神体が入った厨子を差し出された、それを恐る恐る受け取った。

「…… あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 」
 自分から変な声が出た。
『厨(ず)子(し)に! 厨子にぃ!』 小さい女性が乗っていた、驚きで変な声以外言葉が出ない。

 美しい花柄の赤い着物を着て、ツヤツヤの髪を一本に結んだ私が、手の上に乗る厨子の上に可愛く座っていた。

 父と祖父には見えていないようだった。
 祖父が以前に手を見た時は、何かしらの力が働いていたのだろうと思った。

 そうかこれが頼子さんが言っていたパワーなのか……。

 すると、厨(ず)子(し)の女性が空目で言葉を発した。
「私はあなた、あなたは私」
 禅問答のようだが……。

 声を掛けてみた
「あの……。こんにちは……」

 厨子の女性は驚いた顔をしてこちらを見た。
「あなたは私が見えるのですか?」

「はい……。もしかしてあなたは辻さんの……、ご先祖のかたでしょうか?」
 と聞くと。

「はい。私は生贄にされ殺された者です、ですが今は手厚く祭られ穏やかな姿になっています」

 と言った。

「あのぉ~……。私達はあなたのお力を借りたいのですが。宜しいですか?」

 と言うと。

「えぇ、力を貸しましょう。私は生贄にされ殺されましたが、今までこの村を守ってきました。アレを押さえておけない私にも責任があります、ここにいる皆にも力添えを願いします」
 と厨子の女性は言った。

「あの、なんとお名前をお呼びすればよいでしょう?」
 と聞くと
「私は、律(りつ)と言います、これからは律とお呼びください」

 と言った。

「律さん、私はあなたと同じ流れを汲む一族の子孫、祥子と申します、これからよろしくお願い致します、これから私達5人は律さんを裏山の祠までお連れします」

 と言うと律さんはコクンと頷いた。


 そして私達5人と1(ひと)柱(はしら)律さんは、裏山へ向かった。

 道中、父から頼子さんが亡くなった後の話を聞かせてもらった。

 その後、村人全員で話し合い、このままこの村にいてもまた同じ事が起きる可能性が高い、地震で倒壊してしまった家も何軒かあったため、いっそこの村を捨てて他所に移ろうという話になった。
 だが父親と祖父はこの祠を守って行かなければならない、だが子供達にこんな怖い目に遭わせることも忍びない。
 そうして、話し合いの結果、表向きは地震被害での集団移住だが、裏事情はそのような理由だったという。

 そして、小2だった娘の記憶をある呪法をもって消し、父親は死んだと偽(いつわ)りの記憶をすり込み離れて暮らすことにしたのだそうだ。

 …… 記憶を消す!?

 信じられない話だが、この化け物を生み出し封印してきた霊能者一族だ、もう信じるしかないのだろう。

「あの化け物はうちの子孫を狙っているんだ、崇志君もそうだし……。特に祥子をな、だから遠くに住み、この出来事も思い出さず、記憶という接点を持たずにいた方が、あの化け物と繋がる確率、見つかる確率が低くなるんだ。
 祥子が思い出すとその記憶の欠片をあいつが察知しまうことがある、だがな、なぜか段々とあいつの力が増しているんだ、今回の封印が解けたのは人災でも天災でもない、あいつが自分で解いたんだ」

 父達は私達を守るために残っていてくれたのだなと、何とも複雑な気持ちになった。

「あいつは頼子さんのエネルギーを吸い取ってからというもの力を増してるんだ。
そして今回、おそらくだが、頼子さんの魂の断片を見つけ出し祥子にたどり着いたのかもしれない。
 そしてギリギリ意識に接触出来る夢に入り込んだんだと思う。見つかったのは意識だったがほぼ見つけられたと言ってもいい。だがこの村には外から入ってくる災いをはねのける為の結界と、内側から出る事の出来ない相互結界が張られている、その結界からは容易に出る事は出来ない、だから奴は祥子をここに呼ばざるを得なかったんだ」

『え!? じゃぁ私、ここに来ない方が良かったんじゃ無いの?』

 と考えていると、父は見透かしたように

「なぜリスクを冒して祥子をここへ呼んだのか、今までの状態なら又封印をすれば良かっただけの話だ、だが今回はパワーが違う、桁違いなんだ、村の封印も時間の問題かもしれない、一旦外へ出てしまったら、手始めに何も知らない祥子を食うか、取り憑くかだろう。
 その後パワーを増した化け物はまず村に関係している人達を皆殺しにするだろう、その後、村人を喰った化け物は無差別にじわじわと人に取り憑き人間界で浸食を始める。
 過去に村であったんだ、前に言ったが、そそのかされてやって来た人だと思うが。
 その人が突然村人を襲い始めたんだ。その後取り押さえて、祓い封印し、その人はその場は正常に戻ったんだが……、その後どうなったかは……、多分生きてはいないだろうな」

 父は一呼吸置いて。

「そしてな……。あの化け物は祥子しか倒せないんだ」

 と戦慄の一言を発した。

 厨(ず)子(し)の上の律(りつ)さんも、うんうんと頷いた。

 山頂までたどり着いた私達は余りの惨状に目を覆った。
 崇志君もショックを隠せずにいる、姉(はは)としてはこんな光景は見せたくないが、私も怖すぎて足が震えた。
 今まで生きてきてこんな残酷な光景を見た事がないのだから。

 そこには木々の間にぽっかりと空いた空間があった。
 乾燥した白っぽい土の上を、引きずり回したような血の痕と、木々がズタズタにされ幹や枝にも赤黒いものが飛び散っていた。
 そして奥には石で作られたであろう血まみれの祠が砕けていた。

「なぜ!? いつからこんな状態になっていたんだ!?」
 と父が動揺した。

 すると、律さんが
「暫くまえからじゃ、伝えようとしても私の事も見えず、声も聞こえないからの」
 と言った。

 それを聞き。

「お父さん、律さんが暫く前からこうなっていたって言ってる」

 と通訳すると。

「律さんて誰だ?」と怪訝な表情を浮かべた。

 律さんはこの厨子に入っている人で、私には厨子の上に座っているのが見えると言った。
 すると父は少し複雑そうな顔をしながら

「あぁやっぱり、そうだよな……、祥子はその律さんの生まれ変わりだ、という事はやはり祥子しかあの化け物を退治できないって事だ」と言った。

 改めて愕然とした、こんな惨状にする化け物に私が勝てるのだろうか? と。

「うわっ臭い!!!」
 と崇志君が言った。
 確かに強烈に臭い、少し葡萄を感じさせる強烈に甘ったるい臭いの悪臭がしている。

 どうやらそれは、祠の裏の林から流れ出ている様だった。

 私達は、母親と崇志君をその場で待つように言うと、父、祖父、私と律さんで林の中に入っていった。

 奥へ行くほど臭くなる、嫌な予感しかしない、息をするのも辛い。
 左手に律さん、右手で引き上げた襟(えり)で口を覆いながら進んだ。

 少し行くと一段と臭気が強くなった。

 先を歩いていた父と、祖父が立ち止まって覗くような仕草をしている。
 次の瞬間、仰け反(のけぞ)っているのが見えた。

「祥子!! 来るんじゃ無い!! ダメだダメだこれ以上来るんじゃ無い」

 と父と祖父が叫んだ。

 ◇ 孝夫(祥子の父)

 この臭い、嫌な予感はしていたが大変な事になってしまった。
 臭気で気が遠くなりそうだった

 穴の中には遺体が累々と積み重なっていた。
 いつの頃の遺体なのか、白骨化しているもの見える。

 ハッと我に返り叫んだ。

「祥子!! 来るんじゃ無い!!」

 踵を返し祥子の元へ急いだ。

 あの化け物は長い年月をかけ人間を呼び集め生気を吸いエネルギーを蓄え
 初めはただの恨みの亡霊だったのだろう、年月を経るにしたがい色々なモノを取り込み真の化け物に変化していったのかもしれない。

 ここまでなぜ気付かなかったのかと、絶望感が襲ってきた。
 いや、この異常な絶望感は、多分ここの瘴気にやられているせいだ。
 気持ちを奮い立たせ、まずは自分がやるべき事を考える事にした。


 ◇ 祥子

 父と祖父が血相を変えて戻ってきた
「ここから一旦離れよう、穴の中にかなりの数の遺体が入っていた、やるべき事をやるしか無い」
 と父は言った。

 律さんが
「奴は夜になるとここへ戻ってくる、それまでに自分たちを守る結界を張りなさい」
 と言った。

 祠の場所へ戻ると、母と崇志君が不安そうな表情を浮かべ待っていた。
 母は父の話を聞くと。
「近所の人が何人か行方不明になってるの、知ってる顔はなかった?」
 と聞くと父は苦々しい顔をしながら。
「いや……。生気を吸われたんだと思う。痩せこけたり腐ったりして誰が誰だか全く解らなかったよ」
 と言った。

 その後、その祠の広場に結界を張っていった、だがこの凄惨で穢されたされた土地に結界を張った所で、どれほどの効果があるのか不安だった。

 化け物は日が沈むと動き出すらしい、それまで少し体力を温存しておこう。

 …… あれ、私なんで霊能者みたいな思考になってるんだろう、そして崇志君に対する母性、私の中に入った頼子さんの意識が私と融合しているような気がした。

 兎に角少し休もう……。

 頼子さんと融合してからというもの、気を抜くと意識が飛ぶほどの睡魔が来る、それも融合の後遺症のようなモノかもしれないと思った。

「祥子起きて」母の声で目覚めた。

 母に促され外に出ると、庭の隅にあるポンプ式の井戸のまで連れて行かれた。
 崇志君がザブザブとその井戸から汲まれた水を頭から被っている。

「ほら、私達はもう済んでいるから、次は祥子よ」

  いや、母よ、今までこんな世界の話なんて一度もした事がないのに、さも当たり前のように水(みず)垢(ご)離(り)を促(うなが)してくる、やるけど、やるけれども。
 モヤモヤとした頭に水をザブザブと被る、まだ肌寒い春の井戸水はキンと冷えている、それを被る度、頭のモヤモヤと意識の分離感が晴れていった。


 あと一時間程で日の入りだ。

 祠までは20分程度で到着する、準備は十分あとは心の準備だけ、私達五人と律さんは山を登り始めた。

 段々と日が落ちていく、山の木々が太陽をさえぎっているせいで、日暮れまではまだだが山の中は暗い、向かう先はあの凄惨な現場だ、否応にも緊張が高まっていく。

 不意に空気が変わった。

 父が空を見上げると

「まずい! 急ぐぞ!」
 と、歩調を速めた。

 おかしい、余裕を持って登り始めたはずがもうこんなにも日が傾いている、『キツネに化かされた』とはこんな事を言うのだろうと思った。


 頂上に到着する頃には日の入り直前だった、父と祖父、崇志君は急いで結界内に入ると、私と母に。

「急げ!!」と叫んだ。

 私と母は一足遅れで結界内に駆け込んだ、その途端一段と周囲が暗くなった。

 一斉に鳥達が騒ぎ出し、山の気温がグッと下がったような気がした。

 律さんが乗った厨子を壊れた祠の前に安置した、その前に和蝋燭を二本灯し、結界の四隅にも大きい和蝋燭を置いた。

 初め律さんは厨子の上に正座をしていたが、今は厨子を椅子のようにして座っている。
 自分の顔とソックリではあるが、この緊張した状況にも関わらず可愛さに少し心が和らいだ。

 父と祖父が祠の前に座り祝詞を唱え始める、すると…… 大量のカラスが異様な鳴き声を発しながら結界の周りに降り立った、まるでヒッチコックの映画「鳥」の様だった。

 嫌な臭いがする、風向きで臭いが流れてくるのだろうか。
 見るとそのカラスたちは何かついばんでいる、赤黒い、どうやら肉片のようだ。
 もしやあの遺体の一部では無いのか!? と思うと吐きそうになった。

 カラス達が獲物を狙う目で私達を見ている、どうやら結界の中には入ってこられないようだ。

 この結界の中で私は何が出来るのだろうと考えていた、この死肉をついばむカラスに勝てる気がしない。
 更にあの不気味な化け物だ、化け物が入らない為の結界が、実は自分たちが閉じ込められているのではないか? とさえ思えてきた。

「祥子、崇志君、これを使いなさい」
 と母が長い棒を二本出してきた、これはあの母方のお祖父ちゃんが使ったと言われる木刀ではないのか? 木刀には「白虎刀」と書いてあった。

 …… こ……。これは!? 白虎隊の飯盛山で売っているお土産の木刀だ 
「おっお母さん…… これ……」
 と不安そうな顔をする私と崇志君に。
「大丈夫! これはね祥子のお祖父ちゃんが、いざと言う時の為に闘気を込めた木刀よ、大丈夫! 二人なら使いこなせるわ」

 と言った。

 ちょっと待って、今まで剣道の類など一度もやったことない私に気軽に使いこなせるとは思えない、このカラスとあの化け物相手に、この木刀一本で何が出来るというのか……。
 これが何らかの死亡フラグにならないことを祈った。
「な…… なんとか頑張ってみる」と言うだけで精一杯だった。

 木刀を受け取ったが、何の変哲も無い木刀だ、何のパワーも感じない。
 ただ使い込んでいるな~、という感じではあった。

 そんな母が抱えるように持っているものは仏壇の線香立てだった。
 片手でひと抱えもある金属で出来た線香立ての中には、灰が沢山入っている。

 母の話によると、この線香立ての底に、律さんの分骨された骨が入っていて、その上に線香を立てることによって律さんを供養すると言うことになるのだそうだ。
 そしてその灰も神聖な物に変わり、この灰で軽い心霊案件なら簡単に払えるのだと言った。
 その灰を砂かけババアよろしく地面にぱっぱと蒔いている。

 その様子をボーッと見ていると、空気が変わった。

 周りのカラスが一斉に鳴き出し、和蝋燭の灯が激しく揺れた。
 酷い悪臭が鼻を突き、自分の周りの空間が濃密になり不快な圧力を感じる。

 ぐしゃっ!

 結界の中に何かが落ちてきた。
 私は声にならない悲鳴を上げた。

 それはグズグズに腐った遺体の一部だった。

 ぐしゃっ! ぐちゃっ!

 上を見上げると、あの黒い包帯を巻いた化け物がいた。
 次の瞬間、真上から何かが降ってきた、間一髪で飛び退く。
 人間の体であったものが降ってくる、しかも凄まじい悪臭だ。

 そして降ってきた遺体によって結界が破られた。

 周りを巡らせていた「しめ縄と呪言を書いた紙垂」中に入っているモノに対して悪しきモノは手出し出来ないはずだった。
 だが、遺体を降らせて結界を壊すとは、予想もしなかった。

 この状態にも関わらず、父と祖父は動じずに祝詞を唱え続けていた。
 母と崇志くんは臨戦態勢を崩さずだ、しかし私は呆然としていた。

「しっかりして! 気を確かに持つのよ!」と母が言った。

 遺体の雨が止むと、空をあの化け物が八の字を書くように飛び回っていた、まるで獲物を狙うかの様に。
 母は祝詞を唱える父と祖父の後ろに付いた、その前に私と崇志君、三角形の陣形を組んだ。

 化け物が空から凄いスピードで襲いかかってきた木刀で跳ね返すと、少し離れた空中に逃げていく、松明のような和蝋燭の明かりに照らし出された化け物は、身も心も全てを凍らせてしまうほどの存在で、心が折れかかっていた。

「私の厨子をその木刀でたたき切って」と
 律さん?
「お姉(かあ)さん! 僕にも聞こえました! たたき切って下さい!!」
 と崇志君が言った。
 躊躇していると「早く!!!」とい律さんの声が聞こえた。

「えーーーーい!! どうにでもなれー!!」
 と木刀を振り上げると、その声が聞こえない父と母と祖父が慌てていたが構わず厨子に振り下ろした。
 鈍い音がして厨子が砕け散る……、その途端無音になった、あれだけのカラスの鳴き声、木々の音、化け物からの異様な気配、全てが消えていた。

 すると中から二つ光の球が飛び出した、それが私と崇志君の木刀に入り光り輝いた。
 私の木刀には律さん。崇志君の木刀には誰が? あ! この木刀の持ち主のお祖父ちゃんだ! と解った。

 律さんとお爺さんの入った木刀は、神々しく光り輝く御神刀へと変容した。

 その後化け物が襲ってくる度に二人で応戦した、化け物とカラスが何度も攻撃をしてくるが戦況はこちらが有利に働いている様な気がした。

 母も灰を撒き、木刀の中に入っている守護霊様が攻撃や防御をしてダブルでフォローしてくれて優勢であったと思う。
 食人カラスが粗方退治した頃、私は勝利を確信して油断していたのだと思う。
 体も傷だらけだ、もうそろそろ体力も尽きかけている。

 そんな一瞬の隙を突き、化け物が襲ってきた、腕が上がらない、もうダメかと思った時、脇から誰かに突き飛ばされた。

 父だった、私を庇ってくれたのだった。
 呻き声を上げて横たわる父がいた。
「マズい、入られた」と呻き地面に転がった。
「しっかりして」と母親が駆け寄ると、父の口に耳を近づけて何かを聞いている、そして母がこちらを振り向くと。

「祥子! その木刀でお父さんの背中を思いっきり叩きなさい!」と言った。

 化け物を父の体から追い出すために木刀の霊力を使って追い出すのだと言う。

『祥子、強く叩く振りだけ、木刀は軽く当てる程度にしなさい、本気で当てたらこの化け物は直ぐ体から出てしまうから』
 と木刀の律さんが語りかける。

「え? それは…… 大丈夫なの?」
 焦りながらと聞くと。
『大丈夫、二人には計画があるみたいだから』と律さんは言った。

 律さんの声が聞こえていない父は呻きながら。
「大丈夫だぁ、叩けぇ~」と言った。

「解ったお父さん!! 歯を食いしばって!!! おりゃーーーーっ!!!」
 と思いっきり振りかぶる、父が観念した表情を浮かべた。
 雄叫びを上げながら振り下ろす、当たってはいるがほぼ寸止めだ。

 母と崇志君が視界の端でどこかに行くのが見えた。
 気にしている暇はない、私は私の役目を全うしなければならない。
「おりゃーーーー!! もう一発!!」

 何度も父に木刀を振り下ろす、軽く当たっているのでソコソコは痛いだろうが、それより取り憑かれた苦しみの方が辛そうだった。
 30分近くはそれを続けていた

 祖父はその間もずっと祝詞を唱え続けていた。もう体力的に限界かもしれない。
 そう思った時、父の呻きがピタリと止まった。

 父は頭をフッと持ち上げると顔をこちらにくるりと顔を向けた、父の口から地の底から湧き上がる様な怖ろしい声が漏れた
「お前計ったな!?」

 その瞬間、父の体から黒い煙のようなモノがぶわっと溢れ出たかと思うと、それが森の奥に飛んで行った。

「祥子走れ!! あの穴の奥にあの化け物の本体があるんだ。早くあれを始末しないと!!」
 と叫んだ。
 私はうなずき、あの穴まで走った。

 行く手に大きな光が見えた、ガソリンと髪の毛が焼けた匂いがする
 近くまで行くと、穴から大きな炎が上がっていた。

 空にはあの黒い化け物が狂った様に飛んでいた。
 その次の瞬間、化け物は甲高い悲鳴を上げて炎の中に突っ込んでいた
 爆発的な火柱が上がり、その中から火だるまになった人間が直立した姿で浮き上がってきた。

 あの化け物が死体に取り憑いたのだろう、この世の地獄の様な光景だった。

「あいつが燃え朽ちたらこの地獄はおわるのかな」
 崇志君が言った。

 私もそう思った、瞬間、火だるまになった元は人間であったであろう化け物が、山々に響き渡る程の悲鳴を上げた。
 それは芯からから震えが来るような叫び声だった。

 そして自分の体に付いた火で周りの木々に火を付け出した。
 着火に使用したガソリンが不幸にも付け火に拍車をかけていった。

 最期に私達を巻き添えにするつもりらしい。
 私達は、慌ててその場から逃げようとした、ところが逃げる私達を追いかけて火だるまの化け物が襲ってくる。

 まさに化け物の手が掛かろうかという瞬間、私と崇志君はくるりと後ろを振り返り、同時に木刀を振り下ろした。
 二つの霊剣が合わさり爆発的なエネルギーを生み出し化け物に直撃した。
 化け物は吹っ飛び断末魔の悲鳴を上げ穴の中に落ちていった。

 化け物がどうなったか確認する余裕なんて無い、周りを見回すと火の海だった、もう一刻の猶予もない。
 三人で体を引きずるように祠まで戻ると、そこで父と祖父に合流した、火の手はもうそこまで迫っていた。

「早く逃げて!!」
 と叫び5人で転げるように下山した。
 そろそろ家に到着するか、という辺りで足の下から振動が来た、それと同時に。

「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」という地鳴りが始まった。

 こんな時に……、それにこの地鳴りの様子ではかなり大きい地震になりそうだ。
 山火事の事もある、兎に角どうにかしないと、と走った。

 家に入ろうとすると、律さんが。

『ダメ神社まで走って』

 と言った。
「律さんが神社まで走れって言ってる」
 と言うと、皆で顔を見合わせ。
「よしっ! 神社まで走るぞ!!」
 と言った。

 地震が始まっていた、地鳴りも激しくなっている。
 揺れに足をとられて転びながらも必死で走って鳥居までたどり着いた
 地鳴りは止むことは無く、更に大きく、腹に響くような音になった。

 これはただ事ではない、と山を振り仰ぐと、頂上の方が燃えているのが見えた。

 呆然と見ていると燃えている部分が下にずれた、更にズルズルと。
 地滑りだった。
 燃えている部分がズルズルと滑り落ちているのが見える、あれよと言う間に自分たちの家も飲み込まれてしまった。
 そしていつの間にか火は消えていた。

 次の朝。
 いつの間にか眠ってしまったらしい、皆もその様だった
 ゆらゆらと起き上がると、昨夜の地滑りの現場を見に行った、山がごっそりと削られていた。

 家は完全に飲まれてしまっている、焼けた木々や祠の部分もどうやら全部埋まってしまったらしい。
 あの凄い数のご遺体達も、全部地滑りの下に埋まってしまったようだった。
 心の底から終わったのだと思った。

 これは後の話になるが、土砂崩れの被害は私達の家だけと言う事もあり、特に掘り返したりはせずに、そのままの状態で放置と言う事になった。
 山火事の原因や、あのご遺体も、公になれば大変な事になっていただろう。

 律さんの話によると、あのご遺体達は、化け物に魂を全部持って行かれたので魂的に供養は必要ないと言っていたが、暫くは私達が密かに供養する事にした。


 困った事に、母の車も荷物も全部埋まってしまった、お金もないし足もない、どうするか思案していたが、心配性の母が肌身離さず持ち歩いていたお財布で難を逃れた。

 その後、皆で在来線を乗り継いで私の実家に帰った、帰りしな、住む家をなくした父と祖父は
「もう祭るべき神も、封印した化け物もいない、お前達と一緒に暮らしてもいいか?」
 と。

 二つ返事でOKした、お祖母ちゃんもNOとは言わないだろう。
 祭るべき人も、ほら、この木刀の中に……。

 ……帰りの電車の中、手ぶらの人間5人、持っているのは『白虎刀』と書かれたむき出しの木刀二本。
 急に焦りだした。これは職質確定かもしれないと半分だけ服の中に隠した。

 こうして、長いようで短い、人生で最悪の4日間は終わった……。


 ◇ 数ヶ月後


 生活も落ち着き、父と祖父は神社庁のツテで近所の神社でご奉仕することになった。
 母も週に何度かパートに出ている。

 そして私と崇志君はというと。

 イラストレーターと高校生でタッグを組んで、口コミで来たお客さんの霊視やお祓いをしている。

 二人で見えたモノをお客さんに伝え、それを私が絵に描いてお客さんに見せる。
 ちょっとした障りなら灰を使い、ハードな障りなら白虎刀を使う

 それが中々に好評で今や霊能者が本業になっている程だ。

 白虎刀に入っている祖父も律さんも、木刀から出たり入ったりで、どうやらそれは家のようなモノらしく自由に暮らしているようだ。

 そんなある日、祖母が亡くなった。
 その亡くなった祖母は今、崇志君の守護に付いている。
 一族の理(ことわり)で、亡くなった者は一族のまだ守護がいない者に順繰りに付くのだという。
 高2に進級した思春期の崇志君にしたら、嬉しくもあり、複雑な気持ちでもあるらしい。

 こうやっていつもの生活をしていると、あの日の出来事がただの悪夢だったような気がしてくる。
 だが今もこうやって現実として、母方の祖父や律さんが見えている。
 あの化け物が万が一復活したらどうしよう、などと考えたりもするが、その時はその時。

 この先の人生どうなるかわからないけれど、こんな普通の毎日が続けばいいなぁ~、と外から聞こえる蝉の声をエアコンが効いた室内で聞きながら、睡魔に襲われていた。

 眠りに落ちる瞬間、頼子さんの優しい声が聞こえたような気がした。

「大丈夫よ」と。