追記:村上春樹さんの文章の「上手さ」を、具体例をあげて分析してみます

どうも、モチダです。

なにやら、前の記事が色々騒がれているようです。

モチダとしては、かなりたくさんある村上春樹さんの作品をいきなり読むのはなかなか大変ですし、ちょっとした文芸評というか、ブックガイドみたいなものになるかと思って、「切り口」を書いてみたんですが、ある種の方々の琴線に触れたようですね。ありがたいことです。

最初に書いておきたいのですが、私はできる限りネット上で他の方の作った文章や画像を引用したくないです。youtubeのように広告収益があるのであればよいのですが、他の方の生活やビジネスに不利益を与えたくはないと思っています。

ですが、これだけ喧々諤々となったので、少しだけ実際の文章を引用させて説明させていただきたいと思います。文量としては、村上春樹さんによる短編小説評論集『若い読者のための短編小説案内』を参考として、日本の文芸評として常識的な文量を引用したつもりです。

村上春樹さん、および関係者の方々、本当に申し訳ございません!著作権に関して、あるいはご気分について、少しでも問題があればコメントをくださいませ。即刻削除いたします。


では、『神の子どもたちはみな踊る』文庫版28刷、「UFOが釧路に降りる」44頁より。クライマックスですが、この描写だけであればネタバレにはならないでしょう。

小村は身を起こし、女の顔を見おろした。小さな鼻と、耳のほくろ。深い沈黙の中で、心臓が大きな乾いた音を立てていた。体を曲げると、骨がきしんだ。一瞬のことだけれど、小村は自分が圧倒的な暴力の瀬戸際に立っていることに思い当たった。


私は、この文章、とても簡潔で美しい文章だと感じます。

まず、一つの文章の短さと、句読点の適切さです。声に出して読んでみると分かりますが、非常にリズミカルで、かつ目がすべらないように工夫されている文章ですね。私の好きな作家だと、ダシール・ハメットなんかもそうですが、短くてよく研ぎ澄まされた文章だと思います。

また、「一瞬のことだけれど、」もいいですね。少し口語体に崩していますが、文章を堅苦しくなくキュートにしています。それでいて、文節として品は保っている。


次に、3人称の活用です。「…女の顔を見おろした。」までは、「小村」と「女」を俯瞰する3人称の文体です。しかし、「深い沈黙の中で…」以降は、「小村」の1人称ともとれる文体となります。本来の3人称の文体・描写であれば、「小村の心臓が」であるはずですし、「小村が体を曲げると」とであるはずです。しかし、突然、それは主観的な描写となります。読者の視点は、「小村」と「女」を俯瞰していたはずなのに、突然「小村」のからだの内側に入り込むことになります。

一見、それ以前と同様の3人称的な客観的な描写のようにも見えますが、読者は文章を通して、「小村」の視界や感覚などを体感することになります。つまり、読者は文章を通して、他者としての客観的な3人称の世界から、「小村」の主観的かつ不安定な1人称の世界へと、一瞬、迷い込むこととなります。

この特殊な移動を不自然ではないものとしているのは、「小さな鼻と、耳のほくろ」という一文です。どちらの描写ともつかない、文章というよりは断片的な名詞のようなものですが、それ故に魔術的な小道具ともなっている。

このフレーズをきっかけに、もともとは3人称の文体を使った客観的な世界のものとして読んでいた読者が、登場人物でしかなかった「小村」の世界に迷い込むことが、読者の固定的な世界観を揺るがし、クライマックスとしての展開を盛り上げているわけですね。

そして、最後に、「小村は自分が…」となって文節は終わります。文体は3人称に戻り、読者は「小村」の内側から解放され、それまで通りの3人称の世界に戻ってきます。また、この読者の解放は、「小村」が落ち着きを取り戻し、瞬時の狂気、暴力の誘惑から解放されたのと同調していますね。

つまり、ここでは文体を利用して、作品内での「小村」の混乱と読者の混乱が同調されるような仕掛けがなされており、その結果読者と「小村」はここで「小村」がほんの一瞬、最も狂気と暴力に近づいた瞬間を体感してしまうわけです。うまい工夫ですね。



というわけで、30分で簡単な説明をしてみました。いかがでしたでしょうか。

この記事の読者の皆様、これで実際に読んでみたら、意外と面白くないかもしれません。その場合ですが、村上春樹さんは、作品の批判をされることに寛容な方です。実際に買って、読んでみて、「大したことないなー」と思ったら、その批判や作品評の記事を書いてみるのはいかがでしょうか。それも作品の楽しみ方の一部です。多分、なにも見ずにネットで文句を言うよりも有益ですよ。

この記事が、村上春樹さんの作品を読んでみるきっかけとなること、願って止みません。


長文失礼いたしました。また失礼な表現などございましたら、あらかじめ陳謝いたします。

ではまた。

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