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伝統的な木製の矢の材質

「木製の矢」とひとくちにいっても、木材の種類は相当な数です。
その中で実際にはどのような木材が使われているのでしょうか?
木の専門家でも弓矢の専門家でも歴史の専門家でもないので、あくまで自分が現時点で知りうる限られた狭い範囲内ではありますが、戦場で使われる矢の材質などにも焦点を当てながらざっと記してみたいとおもいます。


精密競技には天然素材より工業素材

現代の競技矢について私が持っている知識はほとんどありませんが、競技アーチェリーに木製の矢が使われることはまずないと思います。

そもそも弓技自体がマイナースポーツである日本では、木製の矢に触れる機会はもしかしたら神社の破魔矢ぐらいであまりないのかもしれません。

木材の場合、極力まっすぐで同じ強度、同じ重さをもったもので揃えますが、天然の素材なのでどうしても微妙なバラツキや反りが出てしまう場合があり、特に湿度が著しく変化する日本の気候下では不向きです。

現代の競技アーチェリーの様に、的の中心に精密に矢を中てて点数を競う事を目的とした場合、木材よりも工業的に均一に産み出されたジュラルミン、カーボンといった素材の方が圧倒的に正確です。

しかしヒストリカルなアーチェリーのほとんどは精密に的の中心に中ててスコアを競う事が目的ではないので、個体差が出ても木製の矢を使いたいものです。


歴史の中の弓矢の射撃目的はそもそもが的射ち競技ではなく「狩猟」か「戦争」です。

的を射抜く事はもちろん大事ですが、時には「致命傷を与える威力」が重視される場合がありました。

工業素材の存在しなかった時代、または使用しない場合にはどういった木材が選ばれるのでしょうか?

日本の気候に適しているかそうでないかは別として、適切と思われる素材をざっと見ていきましょう。


軽めの針葉樹材と重めの広葉樹材

矢は消耗品です。
お金に糸目をつけなければすばらしい矢を大量に手にできるかもしれませんが、なかなかそうもいきません。

なるべくなら正確にまっすぐ遠くまで飛んで行くことが望ましく、それでいてローコストな木材が良いですね。

つまり古い時代には、たくさん生えていて大量に手に入り、乾きが良く、それなりに強度のある木が選ばれていました。

木材には針葉樹と広葉樹があり、針葉樹は比較的安価で人気です。
強度的にはやや劣るものの、軽さも魅力のひとつです。

針葉樹ではポートオーフォードシダー (ベイヒ)、スプルース (ベイトウヒ)、パイン (マツ)、ヘムロック (ベイツガ)、などが良く使われるようです。

私は狩猟を経験した事が無いのでわかりませんが (日本で弓矢を使った狩猟は違法です) 、木材の矢で動物を仕留めるなら使うならこの辺りで良いのかと想像します。


広葉樹の場合は乾気比重が高く、強度と重量のある素材が選ばれます。
ホワイトアッシュ (トネリコ)、ビーチ (ブナ)、ポプラ (セイヨウハコヤナギ)、などが使われますが、これらはシングルピースのセルフボウの製作にも使われて来ました。


戦場の矢

戦場では軽く遠くまで飛ぶ矢よりも、重く質量のある木材が選ばれる場合があります。

日本でボーガンとかボウガンという名称で認識されている「クロスボウ (洋弓銃) 」の矢 (ボルトやクォレルと呼ばれます) が最たる例で、中世のクロスボウは非常に重い発射体を使用しました。

重ければ当然飛距離も短くなるのですが、戦いの場での標的は「的 (まと) 」ではなく「人間」です。

狩猟の場での標的は動物ですが、人間の場合、特に戦場では相手が何かしらの装甲をしている場合がほとんどです。

弓矢による遠距離からの射撃が組織的に行われるようになると、その驚異を軽減または無効化するために戦場の装甲は、より厚く曲線的に改良されていきました。

当然厚くなった装甲に対抗するために矢も改良されていき、重く質量のある矢をぶつけて装甲を破壊する様になっていきます。

14世紀頃から本格的に組織化されて用いられたイングランドの長弓 (ロングボウ) 部隊は、重く質量のある矢を、歩兵の前進や騎馬突撃の届かないアウトレンジから射撃するために、特別に強力な「へヴィー ウォーボウ」と呼ばれる弓で武装し、弓兵には強弓を扱うための育成と訓練が長い年月をかけて行われました。


中世イングランドの重戦矢

中世イングランドの長弓部隊の、弓矢の第一使用目的が「的に精密に命中させる」ことではなく「アウトレンジから非常に重い矢の雨を大量に降らせる」事でした。

弓兵隊は号令のもと数千人が弓を仰角に構え、「ルース (放て)!」の号令と共に一斉にボレー射撃を行います。

これによりおよそ350メートル先の敵の戦列へ向けて矢の雨を降らせます。

14-15世紀頃の当時、ヨーロッパの戦場で有力だった戦法は重装甲騎兵による騎馬突撃でしたが、英仏百年戦争でロングボウ部隊を活用したイングランドが、数々の会戦で数に勝るフランスの重装甲騎兵を圧倒しました。


重戦矢の木材

重戦弓や重戦矢という日本語はありません。
「へヴィー ウォーボウ アロウ」という名称が長いので私が勝手にそう呼んでいる造語ですが文字通り、重い戦争用の弓に使う矢の事です。

さて、そんなに重い重戦矢にはどんな材質の木が使われたのでしょう。

当時イングランドではホワイトアッシュ (トネリコ) が戦場の矢の木材として推奨されていたようです。
乾気比重が高く、非常に強度があり、現在では野球のバットにも使用される木材です。

重戦矢は現代の競技アーチェリーや和弓道で使われる矢よりもだいぶ太く、直径が3/8インチ (約9.5mm)から1/2インチ (12.5mm) あった様です。

重量をかせぐために太く設計されていますが、飛行性能を高めるために、さながら航空機の様に中部あたりから後部に (または前部と後部に) 向かってテーパーがつけられているものもありました。

16世紀英国の沈没船、メアリーローズ号から引き上げられた、コンディションの良い大量の矢からその形を詳細に知ることが出来ます。

しかし、実際メアリーローズから引き上げられた矢のほとんどは、ポプラ (セイヨウハコヤナギ)、ビーチ (ブナ)、ヘーゼル (ハシバミ) から出来ており、ホワイトアッシュは全体の数パーセント程度だったそうです。


現代の競技矢との比較

矢の重量は大体グレイン (gr) という単位で表されますが、これはイギリスで使われる重量の単位で、7000グレインで1ポンドだそうです。

日本では耳馴染みがありませんし、私も全くピンと来ませんのであまり使いません。

モルトグレーンのグレイン、つまり大麦の1粒相当の重さとして古くから使われてきた単位で、現在でも弾丸や矢の重さを表す単位として使われている様です。


矢の重量は素材の重さだけでなく、シャフトの長さや矢じりの重さによっても変わってきます。

現代のジュラルミンやカーボン素材の競技矢について知識が乏しいのですが、私の持っている出来合いのジュラルミン矢は35グラム前後 (約570グレイン) です。

それに対してホワイトアッシュ材を使った1/2インチ径の重戦矢は、鍛造鋼のへヴィー プレートカッター矢じりを付けた場合100グラム (約1,545グレイン) もあるのでかなり重いです。

矢じりについてはまたの機会に記事にしたいと思います。


その他の天然材料

ざっと矢に使う木材を記してみましたが、実際他にもたくさんあると思います。
私は手に入れやすさと価格の手軽さから、たまにDIYショップのラミン材で矢を作ります。
多分「南洋材」と称されている広葉樹材の中の一種だと思いますが、断面はスカスカで割れやすく、重量にかなりのバラつきがあるので適切な材料かどうかは疑問です。

ヒストリカルアーチェリーやトラディショナルアーチェリーはほとんどの場合、現代の競技アーチェリーの様な精密射撃をすることを目的としていません。

(ロングボウを射つケヴィン ヒックス氏のYouTube動画)


歴史的背景、スペック、価格、入手しやすさ、加工のしやすさなども考え、総合的に自分が最適だと思う天然材料を使って、あとはそれに合わせて射撃の方法を調整すれば良いと思っています。

木材では無いですが、海外ではトラディショナルなスタイルのアーチャーに、竹も材料として人気がある様ですね。


私は専門家でも歴史に詳しいわけでもありませんし、弓矢に特別詳しいわけでもありませんが、読んでいただき「ヘ〜面白かったな」と思っていただけたなら幸いです。

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