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知られざる世界の弓の引き方

現代の競技アーチェリーの経験がある人から見たら「なんだこりゃ変な構え、まちがってない?」と言われてしまいそうな絵ですが、実は歴史的なアーチェリーにおいては間違っていません。

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二本指で弓を引く人

現代の日本において弓を引く方法は大きく分けて和式と洋式の二種類ありますが、弓道でも現代アーチェリーでも定められた引き方以外採用されていないために、日本ではほとんど知られてさえいません。

では他の弓弦の引き方 (ドロウイング) にはどんなものがあるのでしょうか?

古い絵画に残された射手たちの姿をから、中世で使われていたヨーロッパのドロウイングを探り、また様々な国のトラディショナル (伝統的) アーチェリーで現在でも使われているドロウイングなど、いくつかの方法をピックアップしながら多彩なアーチェリースタイルと、ヒストリカル (歴史的) アーチェリーの魅力的な世界をツアーしてみましょう!

注:本記事は、我が国において弓道やオリンピックアーチェリー以外のスタイルを推奨しているものではありません。
また、これから弓技をはじめる人にこれらのスタイルを推奨してもおりません。

専門家でも詳しい人でも何でもない普通の一般人が「興味があって調べたので現段階でまとめてみた」だけの記事ですので、そんな程度の軽い感じで流していただければ幸いです。

弓道と競技アーチェリーのドロウイング

我が国の弓道は弓懸 (ゆがけ) と呼ばれる手袋を使って弓を引きます。
右手で弦を引き弓の右側に、つまり引き手と同じ側に矢をつがえます。

競技アーチェリーは地中海式と呼ばれる3本指を使った方法で弦を引き、右手で引く場合は弓の左側に、つまり引き手と反対側に矢をつがえるため、一般的に「和弓は右、洋弓は左」と区別されています。

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和式は引き手側に矢をつがえ、洋式は引き手と反対側に矢をつがえる


現在、世界で一般的に広く知られているドロウイング方法は人差し指、中指、薬指の3本を弦にかけて引く「地中海式」で、この方法には人差し指と中指の間に矢を置くスプリットフィンガーか、矢の下に3本の指を置くスリーアンダーのバリエーションがあります。
(正確にはスリーアンダーが地中海式のバリエーションと呼ぶのか、わかりません)

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(地中海式のバリエーション?左のスプリットフィンガーと右のスリーアンダー)

地中海式は古くから西ヨーロッパで使われていた方法とされ、初心者でもドロウイングの習得が比較的容易で、射撃に一貫性を持たせることが出来るとして、現代の競技アーチェリーに採用されて一般的なドロウイング方法となっています。

トラディショナル/ヒストリカル アーチェリー でも現在この地中海式が広く使われていまが、実際にはかなり多くのドロウイングが存在します。

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(エドワード S モースによる5つの弓の引き方バリエーション、左下が地中海式)


西ヨーロッパの古いドロウイング スタイル


右に矢をつがえるのが和弓、左につがえるのが洋弓というのが現代日本での定説ですが、歴史的に洋弓は必ずしも左につがえるわけではありませんでした。

次に挙げるものは14-15世紀の英仏で行われた百年戦争の有名な戦いの場面です。

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(アジャンクールの戦い)

上の絵では左側にいる二人と右側にいる人、両方とも引き手と反対の左側に矢をつがえています。


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(アジャンクールの戦い)

一方、こちらの絵では右側の一人だけが右手で弦を引いていますが、全員が引き手と同じ側に矢をつがえています。

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(クレシーの戦い)

上の絵ではそれぞれが左右別の手で引いていますが全員弓の右側に矢をつがえています。

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(クレシーの戦い)

こちらは二人が左手で引いて三人が右手で引いていますが、全員右側に矢をつがえています。

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(ポワティエの戦い)

こちらの絵ではそれぞれ引く手もつがえる側もまちまちです。

中世に描かれた聖人の殉教の絵からも同様の現象を見ることができます。

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(聖エドマンド殉教王の殺害)

右手で引き左側につがえています。

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(聖エドマンド殉教王の殺害、12世紀頃の写本、、だと思います)

手前の人だけ右につがえています

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(聖セバスティアンの殉教、15世紀ベルギーの写本)

二人とも右手で引いて右側につがえています。

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(聖セバスティアンの殉教、15世紀フランスの写本)

右手で引いて右側につがえています。

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(聖セバスティアンの殉教、15世紀おそらくドイツの絵)

全員右手で引いて右側につがえています。

これらの絵を見る限りでも古い時代の西ヨーロッパでは、必ずしも現代の競技アーチェリーで決められてる様に、引き手の反対側に矢をつがえていたわけではなく、右左個人差や地域差の様なのものがあった事がうかがえます。


人差指と中指だけを使ったドロウイング

さらに、これらの絵を改めてよくみてみると、多くの人物が地中海式で使うはずの薬指を外して引いてる事に気づかされました。

今まで全く気づきませんでした。

人指指と中指の2本で引いてる様にもみえますし、人差指・中指・親指を使ってつまむ様なドロウイングをしている様に見えますが、このドロウイングに近いものが二つ思い浮かびました。
ひとつは「ターシャリー ドロウ」という方法です。

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(右上がターシャリー ドロウ)
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(Eがターシャリー ドロウを反対側から見た図)

ピンチ式と呼ばれるツマミ引きのバリエーションですが、百年戦争で使われたイングランドのロングボウのドロウ ウェイト (弓力) は最低でも80ポンド (約36kg) 以上ありました。

これは小学校高学年ぐらいの男の子を3本の指で70cmつまみ上げるのに等しいもので、なかなか難しそうです。

もうひとつ該当するのが「トゥーフィンガー ドロウ」(おそらく「フランドル式」と呼ばれているもの) です。
3本指で引く「地中海式」の薬指を抜いた2本の指で引く方法ですが、これが有力なのではないかと思いました。

人差し指と中指の二本の指を立てるジェスチャーもドロウイングと関係があるかもしれません。

人差し指と中指を二本立てて手のひらを相手に向けるジェスチャー、日本でピースサインと呼ばれるV字のジェスチャーは、そもそも平和のサインではなくヴィクトリーのVである、という事は良く言われる話です。

第二次世界大戦中にイギリスの首相チャーチルが「勝利、団結、抵抗」などの意味を込めて良く使いはやらせました。

日本ではおそらく、そもそも写真を撮るときの「ただの」ポージングとして使われていたものが、口が横に開いて表情が明るく見える掛け声として「ぴーす」を同時に使用したため、いつしか平和のサインとして混同されていったのかもしれません。

二本指を立てて手の甲を相手に向けるイギリス式挑発のジェスチャー

人差し指と中指を二本立てて手の甲を相手に向けるジェスチャーはイギリスの長弓兵が敵のフランスに対して「まだ戦えるぞ」という意味を込めて2本指のサインを向けて挑発したのが源流だという話を聞いたことがあります。

ロングボウ戦法に困ったフランスは、イングランドやウェールズのロングボウマンを捕らえると弓を引くための「2本の指」を見せしめに切ったそうですが、捕まっていない弓兵が2本の指を敵に見せつけて挑発したという話です。

真偽の程はわかりませんが、弓を2本の指で引いていたとすれば、その話もなるほどと納得できました。

現在でもこのジャスチャーは中指を立てるのと同じような意味合いの、挑発的なサインとしてイギリスで使われています。


ユーラシア大陸の大部分で使われるのは親指

現代の競技用洋弓で用いるのは3本の指を弦にかけて引く地中海式ですが、実はユーラシア大陸の大部分では古来より「モンゴル式」と呼ばれる、親指に弦をかけて引く「サムドロウ」とそのバリエーションが使われてきました。

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(右が別名モンゴル式と呼ばれるサムドロウ)

サムリングという骨や金属で出来た指輪をはめて親指を弦にかけ、人差指または人差し指と中指で親指を包み込むようにホールドして引く方法で、ユーラシア ステップ (平原) 地帯の騎馬民族を中心に、アナトリア半島や中東など近隣地域でも古くから用いられて来ました 。

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(東ヨーロッパから中国まで、ユーラシア大陸を横断する平原地帯「ユーラシアステップ」)


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(角から作られた現代のサムリング)

騎馬民族や伝統的な射撃の多くは現代の弓技の様なエイミング (弓を引ききった状態で直接照準すること) をせずに、弓を引き切った瞬間には矢をリリースしています。
これはインスティンクティヴ アーチェリーや、インスティンクティヴ シューティングと呼ばれる方法で、人間が持つ本能的な機能を使い、感覚的で間接的な照準をして射撃します。

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(現代アーチェリーのエイミング=直接照準)

よく野球のボールを投げるのに例えられますが、ボールを投げるとき、球と目標の両方を視界に置きながら直接照準して投げる人はいません、というより不可能です。
人間に備わった測距能力に従い、本能的に力や角度をコントロールして間接的に標的を捉えて感覚的にボールを投げます。

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(ボールを投げるときの間接照準=Instinctive shooting)

インスティンクティヴ シューティングはこれと同じ原理で間接照準により射撃する方法です。

おそらく馬にまたがりギャロッピングで激しく揺れる状態で矢を射るには、直接照準よりも間接照準の方が合理的なのでしょう。

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(モンゴルの弓騎兵)

さらに騎馬民族は引き手に複数の矢を構え、引き手と同じ側に矢をつがえ、文字通り矢継ぎ早に射撃します。


東欧ハンガリーのドロウイング

ハンガリーは10世紀に建国された東ヨーロッパの国で、ハンガリーの正式な名称はマジャルと言います。

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(カルパティア山脈とアルプス山脈に囲まれた東欧の平原地帯パンノニア平原)

マジャルは10世紀に東欧のパンノニア平原に出来た王国で、5世紀に定住した大王アッティラ率いる騎馬民族のフン族と、その後6世紀に入ったアヴァール人、9世紀にロシアを縦断するウラル山脈から西進してきた遊牧民のマジャル人、その他ブルガールやドイツなど近隣の民族や人種の混合で構成されている言われています。

彼らは北欧のヴァイキングとも交わりがあり、スウェーデンにあるヴァイキングの貿易都市「ビルカ」の駐屯地では、10世紀頃のものと思われるマジャルの矢じり、弓入れ、矢筒、弓の残骸などが発見されており、サムリング「らしき」ものも見つかっているそうです。

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(ヴァイキング時代のスウェーデンの交易都市ビルカ)

スウェーデンの他の場所でもサムリング「らしき」ものが発見されているので、マジャル傭兵や、マジャル式の射撃法を習得したヴァイキングの拠点守備兵はサムドロウをしていた可能性もあります。
しかし決定的証拠ではありません。

「ハンガリーではもともと2本の指で弓を引いていた」という記述をどこかで見た事があります。

確かに中世盛期のハンガリーの絵からは、リカーヴ ボウを用いて2本の指を使ってドロウイングをしている描写を見る事ができます。

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(聖ラディスラウスの伝説、14世紀ハンガリーの写本)
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(神聖ローマ皇帝コンラート3世との戦い、14世紀ハンガリーの写本)

これらの絵が物語る様に中世のハンガリーでは、2本指でリカーヴ ボウを引いていた可能性があります。
もしかしたら中世初期には他の騎馬民族と同じサムドロウだったのが中世盛期に西側からの影響で2本指に変わったのかもしれません。


ササン式/スラヴ式ドロウ

2本指のドロウイングというと、スラヴ式 (またはササン式) ドロウと呼ばれるものもありました。

どちらかというと地中海式に近い分類ですが、親指を使わず、中指と薬指を弦にかけ、矢を安定させる目的で人差し指を矢に添える、実質「2本の指」で弓を引く方法です。

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(描画=ドロウイングが下手ですが、スラヴ式と呼ばれているドロウイング=弓引きです)

ハンガリーは位置的にヨーロッパとスラヴの交わる場所であり、多様な民族と混合して来たため、もしかしたら時代やコミュニティーによって異なるドロウイングが使われていた可能性がもあります。

ビザンティンとローマ帝国

また、マジャル人の弓騎兵は傭兵としてビザンティン (東ローマ帝国) に雇われてもいました。
雇われ先であるビザンティンの軍事教練本Strategikonには「ローマと同じく親指と人差指、もしくはやペルシャと同じ3本の指で弓を引く」事が書かれているそうで、馬がギャロッピングしている最中に1-2本の矢を力強く素早く、かつ正確に放ち、弓と槍を交互に素早く入れ替えて扱う訓練をしていた事が書かれていたといいます。

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(11世紀東ローマ=ビザンティン帝国の弓騎兵)

ローマでは古代からおそらく近隣の騎馬民族の影響を受け、サムリングでのドロウイングが採用されていた様なので、ビザンティンの軍事教本が云う「親指と人差指」は親指で弦を引き人差し指でその親指をホールドする、サムドロウのことを指していると思われます。

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(古代ローマのサムリング)


スキタイ式

最後にかなり変わったドロウイング方法を記しておきます。

主に黒海北岸あたりからカスピ海北岸を中心に遥か東方ま進出した様々な部族の集団、スキタイ。
騎乗弓戦を最初に始めた文明のひとつとされています。

そのスキタイ人がこの方法も使っていたのではないか?とされるドロウイング方法。

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(スキタイ式ドロウ?)

単に絵に躍動感を与える目的でこの様に描かれているとも取れますが、この方法の有効性を実証してみた海外の達人がいらっしゃいます。

彼の検証によると弓を持つ手に握った、複数の矢をリロードするモーションがシームレスになり若干短縮される、というメリットがある様に思われますが、特にこのフォームにする必要もなさこうな気がします。

試してみたところ、馬上で後ろに向かって射る様な時は非常にスムースなフォームである気はします。

さて、ながながと歴史的なドロウイングについて記しましたが、冒頭でのべた通り我々は専門家でも歴史に詳しいわけでもありませんし、弓矢に特別詳しいわけでもありませんが、読んでいただき「ヘ〜面白かったな」と思っていただけたなら幸いです。

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