京都、大原、三千院抜き、その2
阿弥陀寺からまた街道を引き返して、久足は勝林寺に向かいます。
ここは再訪で、『月波日記』でも「こゝも山かたつきたる所にて、いとものしづかなるがうへ、しかもよき寺なり」と気に入っています。基本的に閑寂な趣を好みますね。
さて、その次に赴いたところが、ちょっとややこしい。
この融通寺というのが何を指すのか、ちょっと判断がむずかしいのです。いまその名前の寺はなく、隣にあるのは実行院と宝泉院なのですが、これは当時、勝林寺の塔頭だったようなので、ちがうでしょう。
『都名所図会』では、以下のように出てきます。
「魚山来迎院は融通寺の東に隣る」とあり、のちに見る来迎院の隣だとわかります。で、絵を見ると、たしかにあります。
「大原・勝林院・来迎院・融通寺・音なしの滝・呂律川」(国際日本文化研究センター「平安京都名所図会データベース」)
これでいうと、いまの浄蓮華院を指すのかな、などとも思いますが、(いまの)勝林院の隣ではないですし、「この寺もいとものさびて幽邃の地也。庭に花・紅葉、木立おほく、入口にはしのかゝれるさまなどよしありて、春秋のさまもゆかしく、甚心にかなへる地なり」という記述も、「入口にはしのかゝれるさまなどよしありて」というのは、『都名所図会』の絵には合致しますが、どうも(いまの)浄蓮華院の説明にはうまく合わないような。
どなたか、ご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひご教示ください。
さて、つづけて久足は勝手神社に参り、薬師堂(来迎院)に至ります。
ちなみに、勝林院→融通寺→勝手神社→薬師堂(来迎院)という道順からしても、やはり久足のいう融通寺は浄蓮華院ではないのかなぁ。あるいはいまの三千院の敷地内にあったのかもしれません。
勝手神社は、三千院の隣ですが、三千院を一端出てから、細い道を抜けて向かいます。
そして薬師堂(来迎院)です。三千院およびその門前は観光客でごった返していますが、来迎院に向かう人はほとんどおらず、まことに閑寂で心地よいです。
「このおくに聖応大師廟といふがありて、五重(*三重)の石の塔ものふりたり」という石の塔も、五重ではなく三重ですが、ちゃんとありました。
さて、そこからさらに山の奥に向かうと音無の滝です。
滝にいたるまでの道は、楓の青葉が心地よいです。
さて、そこから久足は引き返します。
この「炭やき地蔵」と称されているのは、いまは三千院の敷地内にある石仏です。
「こは売炭翁が信ぜし仏なり、といひて、大きなる石仏なるが、地蔵ぼさちとも見えず、異相にて、ふとき木のかれたる根にはさまれたるさま、あやしくふるく見ゆ」と、久足は当地の言い伝えを記しつつも、きちんと価値を判断している様子がうかがえます。しかし、木の根はないので、やはりいろいろ変わっているのでしょうね。
ちなみに、いま三千院は、わらべ地蔵やらで「ばえ」を狙って、まんまと成功しているようです(ぼくもつい撮ってしまう)。
「実行院といふ寺のうしろにいたり、後鳥羽院の陵を拝し奉る。御しるしは十三重の石の塔なり」という、十三重の石塔も健在です。
これはいまの三千院前をさすのでしょうか。どちらかというと楓がきれいでした。「熊谷蓮生坊がなたすて藪」もちゃんと伝わってます。
ちなみに京都を巡っていて思うのは、桜も紅葉も観光の目玉として多くの人を呼び寄せるものですけれど、パッと咲いてパッと散る桜にくらべ、紅葉は期間もながく、また「青もみじ」といって若葉も売りにできますから、観光資源としては紅葉の方に軍配が上がるのかな、と。
心なしか、久足が桜がすばらしい、といっているところでも、どちらかというと楓が目につく気がするのですが、あるいは観光戦略で桜を楓に植え替えたりしているのかな、なんて根拠もなく考えてしまいます。
さて、そのまま帰路につくかと思いきや、もうひとつ寄り道をします。
こちらはGoogleマップさまさまで、ちゃんとたどり着けますが、たしかに「しれ安しといふは、里人のならひにて、そのみちかならずしれにくきものなれば」というとおり、独力ではたどり着けないでしょう。ここで案内者を雇うのも、旅慣れた久足ならではですね。
さて、大原を歩き回ってさすがにくたくたになり、バスに乗りました。
しかし久足は、三条大橋から大原まで、八瀬を通ってやってきたうえで散策し、さらにまた八瀬を通って帰るのですから、健脚にもほどがあります。
「かへさのみちはすみやかなるかたもあれど、心にかけたるところどころみつくして後は、たのしみなくなりつゝ、つかれも一時にいできてものうきに」って、そりゃそうでしょうよ。
いや、この行程を歩きつつ、要所要所で思いに耽る感性のみずみずしさと、こと細かに記録する知性の強靱さを失わないのは、見事としかいいようがありません。
しかもこれは、たった一日分で、紀行文中、ずっとこうしているんだからなぁ。いや、ギフテッドです。
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