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ローガン【2016年07月13日ブログ記事再掲】

少し前のことですが、翻刻を根を詰めてやっていたせいで、どうも目のつかれが甚だしい。パソコンに向かうときはできるだけコンタクトではなく、メガネを使うようにしているのですが、外出するときはコンタクトをすることが多く、研究室では、授業の合間だけわざわざコンタクトをハズすなんて面倒なことはもちろんしないので、いよいよ目がつかれる。

あまりにつかれるので、しばらくコンタクトをやめていたのですが、それでもつかれが抜けない。翻刻もせねばならないし、そうでなくったって、いまどき、パソコンやタブレットを使わずに仕事をすることはむずかしい。紙(本・ノート)でインプットもアウトプットも済んでいた時代から遠く離れたものです。

しかし、現実問題として目がつかれる。というより、朝起きた瞬間からつかれている気がする。症状からして、いわゆるドライアイではなさそうだけど、これは噂の眼精疲労というやつなのでしょうか。

しかもいま、数年ぶりにランニングを再開し、10キロ、15キロと順調に走る距離をのばし、ある日、20キロを走ったところ、ガクンとつかれてしまい、ヘロヘロになって、そのつかれがモロに目にきてしまいました。

さすがにこれはまずいと思い、目薬でも処方してもらおうと、眼科を受診しました。

なんと、老眼だそうで。

まったく盲点でした。なるほど、老眼なのか。う~ん、もうそんな年か。先日、人にあったとき、目の疲れの話をしていたら、老眼の話題になり、「ぼくはまだですよ」なんて暢気なことをいってましたが、知らぬは本人ばかり、何のことはない、ズバリ老眼だったとは。

しかもいまは走っているので、体力的には衰えるどころか、向上していると感じていたぐらいので、ややショックです。

たしかに視力をはかると、1・2に合わせて作ったはずのメガネもコンタクトも、いずれも1・5以上になっている。これは過矯正の状態だそうで、極端な話、望遠鏡で近くを見ているようなものなので、目がつかれるのは当然、とのこと。

視力1・5ときいて、じゃあ目がよくなったんですか、というと、いや衰えたのです、と即座に訂正される。詳しい老眼のメカニズムを説明してもらいましたが、要するに、ピント調節機能が弱っているわけですね。

で、さっそく処方箋を持ってメガネ屋にいき、レンズ交換、ついでにブルーライトをカットする機能もつける。その機能をつけるとレンズは1週間ほど待たなければならないというので、別途、当日受け渡し可のメガネも新調する。原因が過矯正とわかったならば、もはやいまのメガネ(度数)とは一刻も早くオサラバしたいのです。

さあ、適正な度数のメガネをすると、ああ、ほっとする。なんでしょう、風呂に入ったときのよう、というと大げさですが、じわっと目の緊張がゆるんだ感覚があります。起きているときはメガネかコンタクトをしていますから、要するに四六時中、目が緊張していたわけで、そりゃつかれるよな、としみじみ思います。

後日、こちらも適正な度数のコンタクトも受け取り、ついでに、メニコン・フィットという、コンタクト装着液と点眼薬も処方してもらう。ここ最近の酷使で目にダメージがあるので、しばらくいたわる必要があるそうな。

この、メニコン・フィットが大当たりで、とくに朝起きてすぐにコンタクトをしなければならないとき、いままでは違和感があったものですが、これを一滴たらして装着すると、じつに快適。

というわけで、いまはすっかり目のつかれは抜けました。なんでもアラフォーは老眼曲線(というのか知らないけれど)がダダダっと下がるので、数年に一度は視力を確認する必要があるそうな。今回あらためて、目は商売道具ということを実感したので、こまめにケアをせねばならないな、と思った次第です。

しかし老眼かぁ。

【追記】
老眼に衝撃を受けているとは、かわいいものですね。いまでは身体のいろいろなところに衰えを感じます。具体的には、無理がきかない(無理したらすぐに身体にくる)、なかなか回復しない、というところでしょうか。この身体のメッセージを無視したら、今後の人生に差し支えるでしょうから、しっかりと身体と対話しつつ、健康管理に気を配るようにしています。中年の身体は、健康管理をしたらいい、ではなく、健康管理をしないとまずい、なのですね。

http://hishioka.seesaa.net/article/a41594654.html

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