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エリアF -ハレーションホワイト- 8

 昨日の夜も、あまりに酷い、目にあまる行為をしていた一人の暴走バカを、ぼくはひっつかまえてやった。そいつは東大通りの繁華街の人ごみの中を轟音ごうおんを上げて走り回り、また店の商品を盗んでは辺りにまき散らしていた。

 Web上は仮想空間だから、ここで商品を盗んだといってもそれを実際に手に入れられるのではないし、お店が損をするのでもない。また店に陳列してある商品は、誰もが移動することができるようにプログラムしてあるから、それをとっていこうと、辺りにまきちらそうと、ハッキング行為にはあたらない。つまりWPの取り締まり対象にはならないのだ。

 ぼくは目にあまるこのバカに言ってやった。

「おーい、あんまり人に迷惑をかけるようなことはするんじゃないよ。」

 するとヤツはぼくを挑発するように、いっそう激しい音を上げ始めた。そして急発進すると、体当たりするかのようにぼくの近くまで走って来たかと思うと、すぐに方向を変えて、ぼくの後ろに回り込んだ。普通の人だったら、まるでヤツが消えたように見えただろう。でもぼくにとっては、全くもって遅い遅い動きだ。ぼくには全て見えている。ヤツはまた、ぼくの前に急スピードで回り込むと、ぼくに向かってバイクを突進させてきた。ぼくはヤツがどの程度の力を持っているのか知りたかったので、そのまま黙って立っていた。ヤツがぼくをはねとばすか、と思ったら、それはゼスチャーだけで、ただの脅しであった。Web上では、よほど能力が高くない限り、人に危害を加えることは不可能だ。危害と言っても、Webの中だけの話なのだが。

「何だ、この程度か。」

 ぼくがつぶやくと、ヤツはより猛り狂ったように、恐ろしいスピードでぼくの周りを走り回った。思った通り、これが限界らしい。どんなに速く動き回ったところで、ぼくの目からすれば、なめくじがのそのそと動いているようなものだ。ぼくは、ブンブンとバイクをふかしているヤツの首根っこを指でつまむと、そのまま空高く舞い上がり、住宅街にやってきた。そしてある一軒の空家の扉の鍵を開けて、つまりパスコードをハックして、その中へヤツを連れ込んだ。空家とは言えども、勝手に入るのは不法行為である。でもこのバカに説教(おしおき)するためには、人から見えない所の方がよい。ぼくは自分の能力を、できるだけ人には見せたくないからだ。クラッカーはもちろん、Q-HACKERにしたって、能力が高ければ高いほど、その力を隠しておきたいものだ。

 ぼくはヤツに言ってやった。

「ねえ、君はぼくの能力を見くびっているようだ。というより自分の能力を過信しているようだよ。バイクに乗って走り回るくらい、多くの人ができるんだ。それ以上に高い能力を持った者も、少なくない。だから、馬鹿にされるような、そんな幼稚なことはしない方がいい。」

 ぼくの指先につままれて身動きできない自分を見れば、その力の差がわかるだろう。ぼくはヤツがもう十分わかっただろうと思って、手を放してやった。すると、急発進してレンタルハウスの扉をぶち破り外へ走り逃げていった。いやそうかと思ったら、む、ヤツは本当のバカだったらしい、数百メートル離れたところでターンをすると、再びぼくを威嚇いかくするようにぼくの目の前まで急速度でやってきた。見せしめのために、ぼくはヒラリと身をかわすと、ヤツの首根っこを再びつまみ、中央公園のランドマークタワーの最上階まで行き、展望台の真上の壁にヤツを大の字におしつけ、めりこませた。そして、首だけは残して、コンクリートを塗り込めて固めてやった。公共の建物を壊す、つまりランドマークタワーのデザインプログラムを改変するのは立派な犯罪行為だが、まあこれぐらい良いだろう。わずかなことだし、ぼくはそれをバレないようにするぐらいの知識もあった。

続く

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