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エリアF -ハレーションホワイト- 29

 ぼくも再教育された、えっどういうこと? ぼくもクローン? そう言えば、過去の記憶が曖昧だ。ぼくの父親は誰? 母親は誰? ぼくはどこに住んでいるの? 名前は? ぼくは誰? 凌? 早乙女? 何だそれは? ぼくは何なの? ぼくの頭は、あの夢の中の白い霧につつまれていく。ぼくは誰? ぼくは何? ぼくはどこ? ぼくはいつ? ぼくはどう?あああああ、頭が割れそうに痛い。痛い。痛い。ぼくは誰? 名前は? 知らない。 本当に生きているの? 知らない。どこに住んでいるの? ここだ。ここってどこ? ここだ、景色は描けるぞ。 どんな景色? 口では言えない。頭に描いて御覧? 描けるぞ。うそ、無理よ。描けるさ。無理よ、描けないわ、知っているくせに。じゃあぼくは誰なんだ。あなた知らないの? 知っているさ。じゃあ名前は? リョウ。リョウって何? 名前なんてないんでしょう?今は思い出せないだけだ。頭が痛い。ないのよ。あなたは造られた。ぼくは造られた? そうあなたは造られた。うそだ。本当よ。うそだ。本当よ。うるさい、うるさい。ええい、くそっ、くそっ、くそっ。どうにでもなれ。ぼくは頭を激しく振って、手足を振り回して、澱んでいる重く白い霧を払いのけようとした。何度も、何度も。

 突然、霧の真ん中に、すこし薄い裂け目が生じた。何?何?何?何か思い出せる。あなたはクローンよ。記憶は移植されたのよ。思い出して御覧、思い出して御覧、ほら思い出せないでしょう。もやが厚くなるばかり。そうあなたはクローン。記憶は移植されたのよ。ちがうちがうさ。ほら、ほら見えて来たよ。あの優しい笑顔は、あれは・・・お母さんだ。おかあさーん・・・ああ、お母さん。ほらその横にはお父さんの顔も。思い出して来たぞ。夢じゃないぞ。ぼくはクローンなんかじゃない。ちがうわ、あなたはクローンよ。ちがうさ、ぼくはぼくだ。みんな思い出してきたぞ。ちがうわ、それは誤って移植された記憶の残像よ。ちがうさ、ほらみろぼくの第1学年だ。入学式だ。お父さんもお母さんも笑っているぞ。ぼくの笑顔は満点だ。ああ、懐かしいなあ。ちがうわ、あれはあなたではなく、あなたのオリジナル。あなたはオリジナルのコピー。懐かしいという感情も、誤って移植されたものよ。ちがう、ちがう。ほらこれはまちがいない。ぼくが15学年の学年末試験で、思わぬ失敗をした。だから、それはあなたのオリジナルの記憶よ。あなたの記憶ではないわ。ほらみろだんだん甦ってきたぞ。そして慌てて家に帰る途中に、ダンプに接触して弾き飛ばされた。記憶は、こんなにも鮮やかにあるじゃないか。じゃあ、その後どうなったの。ダンプに接触して、そして、そして、ぼくは、気を失った。気を失っている間に、何があったの?何もないさ、ただ気を失っていただけ。どうして何もないとわかるの?わかるさ、すぐに目を覚まして、周りの人たちと話をしたから。気を失っている間のことは? そんなの気を失っている間のことが分かる訳ないだろう。そうでしょう、わからないのよ、何があっても。何が言いたいんだ。それからの記憶は? それからの記憶は、家に帰って、Webをハックして、そして自分のミスをしたテストの点数を書き換えた。そして? そして、誤ってE管理域に入ってしまって、危うく死ぬところだった。違うわ、あなたが立ち入ったのは、E管理域ではないわ。E管理域の「」にあるF管理域エリアF)なのよ。

なに?
F管理域エリアF? そうよF管理域エリアFE管理域よ、データが全てE管理域は、誰も立ち入らないところだから、真っ暗闇。映像データは全て#000000。F管理域エリアFはそのだから、映像データは全て#111111。まばゆいばかりのハレーションホワイトだったでしょう。ちがう、ちがう、ぼくが行った場所は、真っ暗闇だった。

いや、いや、ああそうだ。まぶしい、まぶしい、記憶の中にあるのは、目を突き刺すような鋭い光。輝くような真っ白の世界。白、白、白、それ以外にない。ハレーションホワイト。ぼくは横たわったまま動けない。頭が痛い、割れるようだ、頭が割れる、まぶしい、まぶしい、この漆黒の闇の反転した真っ白な光を、だれか消してくれ!

続く


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