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学校と仕事と服装とセックスアピールと

意味不明だなって思う。
中高ではスカート丈短いのダメ、眉を整えるのもだめ。なぜなら本分は勉強だからセックスアピールは抑えるべし、、、と言い含められたもんだが、なぜ仕事が本分の場で着るスーツはボディライン強調される動きにくいタイトスカートと化粧がデフォなんだろう。不思議。

何となく習慣で、化粧や華美な衣装はいけないものだと避けてしまう。
ただ規則がなくなった直後は反動でとても華美なものを着ていた気がする。いつから、また戻ったんだろう。

潮目は19で遭遇したセクハラ告白だったかもしれない。できるだけ楽しくなさそうな不細工な表情と態度、芋っぽい服を選ぶようになった。正確に言うと、クローゼットを開けて、おしゃれだと思う服やアクセサリーに伸ばそうとする手が止まった。特にシースルーの服には。

でも被害者非難はいけない、わたしがシースルーを着てバイトに行ったのが悪かったんではないって信じられるようになってきて、また自分のためにきれいな格好を整える手が動くようになった。

今、避けるのは。ちゃらちゃらしていませんよっていうアピールかもしれない。仕事に集中しているよということを、服を華美にしないことで発信できると思い込んでる。それは、中高の、服装を規定する校則を守ることが勉学に励んでいるまじめさを表すことが多かったときに染み込んだメタファーなのだろうと思う。

実際に得られるのは、身なりがうすらぼんやりした人、という、逆の印象なのだが。人間そうそう無意識に振る舞って受けた教育から大きく外れる行動をとれるものでもない。

だからいつも自分に問いかける。何をほんとうに好きで願っているのか。そのためには何をすればいいか。何を着るとわたしはご機嫌なのか。

たくさん自分自身のことを心から誉められる、ファビュラスなわたしでいるために。

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