4月26日。大山倍達「この地上において、自分より強い人間が存在することを絶対に許さない」

大山 倍達(おおやま ますたつ、1923年7月27日(大正12年6月4日) - 1994年(平成6年)4月26日)は、朝鮮半島出身の武道家(極真空手)。国際空手道連盟総裁・極真会館館長。段位は十段。

1947年、戦後初の全日本空手道選手権に出場して優勝。1950年11月、千葉・館山で猛牛と対決し47頭の牛を倒す。うち4頭は一撃で即死。1962年、日本に帰化。1964年(昭和39年)国際空手道連盟極真会館を設立し、以後数々の名だたる弟子・名選手を輩出。国際空手道連盟極真会館の会長に佐藤栄作が就任。1970年代に週刊少年マガジンに連載された梶原一騎原作の劇画『空手バカ一代』で、主人公として取り上げられた。1975年には通称『カラテオリンピック』と呼ばれる第1回全世界空手道選手権大会を開催して、全世界に極真空手ブームを巻き起こす。1988年、すべての都道府県に極真会館組織が確立した。世界120ヵ国に公認道場を持ち、1200万人の門弟がいたというから、事業家としての才能の高さも並大抵ではなかったようだ。

私の大学生時代でも『空手バカ一代』の影響で、大山倍達の存在は大きかった。今でも出勤途中に「極真会」の看板を見かけることがあり、大山を思い出すことがある。

「切り花でなく根のある花であれ!」「若いうちに1つ泉を掘っておけ!そこから無数の興味が湧いてくる」「貯金した努力には実力の利息がつく。浪費した才能には挫折の債務がつく」「頭は低く、目は高く、口慎んで、心広く、孝を原点として他を益する」「出る杭は打たれるものさ。それが嫌なら何もしないことだ」

大山の座右の銘11ヵ条の中には「武の道において真の極意は体験にあり」がある。ここから極真会の名をつけたのだろう。また「武の道においては点を起とし、円を終とす 線はこれに付随するものなり」も面白い。また同じ武闘家として大山は宮本武蔵を尊敬していた。「武の道においては千日を初心とし 万日の稽古をもって極となす」は武蔵の『五輪書』の名言「千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす」をなぞったものだ。大山倍達は「格闘技の中では空手が一番強く、空手の中では極真が一番強い」と、極真最強論を公言していた。自分より強い人間の存在は許さないという気迫は鍛え抜かれたこの自信からきていることがわかる。

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