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「名言との対話」9月8日。杉浦康平「一枚の紙、宇宙を呑む」

杉浦 康平(すぎうら こうへい、1932年9月8日 - )は、日本のグラフィックデザイナー、アジアの図像学研究者。

意識領域のイメージ化で多元的なデザイン宇宙を切り開き、レコードジャケット、ポスター、ブックデザイン、雑誌デザイン、展覧会カタログデザイン、ダイアグラム、切手などの第一線で先端的かつ独創的な活躍を展開する。

「マンダラ 出現と消滅」展や「アジアの宇宙観」展、「花宇宙・生命樹──アジアの染め・織り・飾り」展など、アジアの伝統文化を展覧会企画構成および斬新なカタログデザインで紹介する。

マンダラ、宇宙観を中核とする図像研究の成果を『かたち誕生』ほかの幾多の著作をとおして精力的に追究している。

2021年7月に公開された蔵野美術大学 美術館・図書館の「杉浦康平デザインアーカイブ」特設サイト「デザイン・コスモス」がユニークだ。 半世紀以上にわたる杉浦康平が手掛けた数千点に及ぶデザイン作品を三次元的に再現したヴィジュアル作品集である。宇宙空間に浮遊する杉浦デザイン作品の世界を、探索し、動かし、選択し、驚き、遊び、学び、楽しむことができる。杉浦自ら厳選したブックデザイン作品186点を公開している。

ブックデザイン作品やポスター作品、思考や制作の過程を辿るデザインプロセス資料、杉浦のデザイン哲学やアジア図像学研究の源泉たる旧蔵書までの、「杉浦グラフィズム」を網羅。グラフィックデザイン史上における傑出した作品としての評価のみならず、戦後日本の印刷文化の発展を実証する貴重な原資料だ。

アーカイブを訪問すると、最初に目につくのは、過去にデザインした書籍が宇宙空間の中に浮かんでいる姿だ。それぞれに触れると大きくせり出してくる。不思議なデザインだ。単なるメンチン(表面を見せて並べる)ではなく、立体的で動的だ。私のホームページの改変時に参考にしたいと思った。

杉浦本人が語る、具体的なブックデザインの意図と技術という趣向も魅せるし、聞かせる。「黒と白」が拮抗する本作りが原点である。白地に黒文字、黒字に白文字というシャープなデザインだが、それに色を付けると和らぐ、柔らかになるのだ。著者や著作の内容にふさわしい画期的なデザインを志向していることがよくわかった。埴谷雄高作品集全15巻、黒田喜夫「彼岸と主体」、高橋和巳の表紙は立て看を模した、土門拳の「死ぬこと」「生きること」という自筆を使ったデザイン、秋山駿「無用の告発」「内なる理由」、松岡正剛「全宇宙誌」、瀬戸内晴美、本多勝一「現代の冒険」、斎藤茂男「教育ってなんだ」の上巻「光の中の闇」下巻「闇の中の光」、「日本神話のコスモロジー、「毛沢東」、、、。

JAL時代に付き合いのあった長沢忠徳武蔵野美大学長の推薦の映像をみた。この人からは『インタンジブル・イラ』(サイマル出版会)という本をもらったことがある。武蔵美と杉浦との3年間の共同研究の結果がアーカイブになったとし、杉浦の仕事を「偉業」と評価していた。アーカイブは書籍5000点、雑誌2000点、レコードジャケット250点、ポスター900点。杉浦康平氏旧蔵「アジア図像学研究書コレクション」(3,500点)。杉浦康平氏旧蔵「現代音楽レコードコレクション」(1,500点)。

誰だったか忘れたが、神田の古本屋で本を探していると、主人から「それはスギウラさんが持って行きました」という言葉を何度も聞きたと悔しがるエッセイを読んだことがある。その蒐集癖がアーカイブになったのだ。

私は1983年に刊行の『私の書斎活用術』(講談社オレンジバックス)という本をつくったことがある。2年間かけて16人の知的生産者の書斎を訪ねて仕上げた本である。「知研」という勉強会に入会して最初のプロジェクトであり、私の実質的な処女作品だ。登場人物は、紀田順一郎、加藤英俊、下重暁子、和泉育子、長谷川慶太郎、植田康夫、高根正昭、藤本ますみ、松本道弘、加藤栄一、小中陽太郎、池中万吏江、河原淳、水木しげる、浜野安宏、小室直樹。16人の知的生産の現場を訪ねた、最初のプロジェクトは今までで一番面白いプロジェクトだった。

推薦文はNHKの鈴木健二、そして椅子やペン、鉛筆などが浮遊するシャープなブックデザインは杉浦康平だった。当時は杉浦康平というデザイナーの名前も知らなかったが、大変な人にお世話になっていたのだと思う。

「なんらかの意志をもつ者がこの白紙に手を触れ、文字を記し、線を引き、色を塗りはじめると、一枚の紙は情報を載せた物体となり、あるいは人の心を映しだす鏡へと変容して、時・空間の中で自立しはじめる」と杉浦は言う。

夜中に一枚のA4サイズのコピー用紙に図を描いていると、世界を我がものにしているという感覚を持つことがある。「ただの紙」から「ただならぬ」紙へと跳躍する。それを杉浦康平は「一枚の紙、宇宙を呑む」と語っているのだ。世界、地球ではなく、宇宙を呑むのか。さすがである。


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