見出し画像

7月4日。 江川卓「ドストエフスキーはいまだに「われらの同時代人」」

江川 卓(えがわ たく、1927年1月24日 - 2001年7月4日)は、東京都出身のロシア文学者。

東京工業大学教授。50年代半ばから、ドストエフスキーの『貧しき人々』『地下室の手記』『罪と罰』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』などの翻訳を手がけ、パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』」、ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』など、ロシア文学作品の翻訳や研究で活躍した。難解とされてきたロシア文学を、明快で現代的な日本語に訳し、ドストエフスキーの翻訳に一時代を画した。また、著書には、読売文学賞を受賞した『謎とき「罪と罰」』、『謎とき「カラマーゾフの兄弟」』などがある。

「無意味なデテールや無駄な言葉が、ほとんど皆無に近い、驚嘆すべきテキストなのだ。文字どおり、一つ一つのことば、その多義的な意味と文体の背後に、神話、フォールロア、古今の文学、時事問題にいたる、広大な地平の存在が実感できる。そひてそこに、おのずと多層的、立体的な小説世界ができあがっている」と、江川はトルストイと並ぶ文豪・ドストエフスキーの魅力に取りつかれている。私は大学生時代に『罪と罰』を読んだが、そこまでの魅力は感じなかった。今考えると、翻訳の問題もあったのかもしれない。改めて、江川卓の翻訳本と、最近話題になった亀山郁夫本を手にしたい。

本名は「馬場宏(ばば ひろし)」。ペンネームの「江川卓」(えがわ・たく)は、中国の揚子江で酒を呑んだらうまかろうという思いからつけたペンネームだ。その後、巨人の怪物ピッチャー・江川卓(えがわ・すぐる)が登場する。読み方は違うが同姓同名の二人の江川卓は後に月刊Asahiの企画で対面している。その席上、1978年のドラフトの際に「たく」が「すぐる」に間違われて迷惑がかかったことについて、怪物・江川卓が文学者・江川卓に謝罪している。私も書店で「たく」の本をみて、一時、混乱していた記憶がある。

ドストエフスキーは死後100年以上にわたり、その後起こる事件や現象を、驚くべき正確さで先取りし、人々の心理、気分を洞察していた。江川卓が、ドストエフスキーは同時だ人というゆえんである。優れた作家は時代を先取りする。後に読んだ私たちは同じ時代を生きているのではないかと共感する。1000年前に書かれた源氏物語が今なお日本人の心を打つのは、人間の本質を描いており、同時代感覚を持てるからだろう。ドストエフスキーという巨人を発見し、生涯をかけて挑んだ江川卓は汲めども尽きぬ魅力を知り、それを伝える仕事を天職とした人だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?