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「名言との対話」5月10日。早乙女勝元「知っているなら伝えよう。知らないなら学ぼう」

早乙女 勝元(さおとめ かつもと、1932年3月26日 - 2022年5月10日)は、日本の小説家児童文学作家。享年90。

1945年3月10日の東京大空襲を12歳で体験し、九死に一生得る。それが生涯にわたる反戦・平和活動の原点となった。

1952年に18歳で書いた『下町の故郷』が直木賞候補となる。1956年『ハモニカ工場』で作家に。1970年、「東京空襲を記憶する会」を結成。2002年に「東京大空襲・繊細資料センター」を設立。17年間にわたり館長職にあった。

100冊を優に超える単著、50冊ほどの共著がある。東京下町で働く姿を描いた作品が多い。そういった平和な生活を守るための「ライフワークとして「反戦・平和」を生涯にわたり追求した人である。

ベトナム戦争に関する著作もあり。「東京大空襲」については、子ども、母と子、家族、青春など様々の観点から書いている。また、文章だけでなく、図説、漫画、絵本、映画、ドラマ、舞台などの表現にも協力している。

こういった貴重な活動は評価されて、日本ジャーナリスト会議奨励賞(1971年)、菊池寛賞(1975年)、日本アカデミー特別賞(1992年9などを受賞している。

早乙女勝元は「東京大空襲・繊細資料センター」を江東区に設立し、その記憶を永くのこすための活動を行っていることは特筆すべきだろう。

「未来へと語り継ぐ戦争の惨禍と平和への願い」をこめて、「空襲体験の継承講話」と「展示ガイドツアー」も実施している。

ホームページをみると4月27日には「二瓶治代さんの空襲体験の語り継ぎ」あり、5月25日には西尾静子さんの語り継ぎがある。展示ガイドツアーは5月には2度予定されている。この資料館には訪問したい。

NHK映像ファイル「あの人に会いたい」をみた。「過去の歴史の意事実を今きちんと知る、学ぶことが戦争への道のブレーキになる。平和は歩いて来てくれないんだ」と語り、「知っているなら伝えよう。知らないなら学ぼう」と言っている。記録と記憶を「追体験」で残していこうするライフワークを最晩年まで続けた偉い人である。


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