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池内記「亡き人ヘ のレクイエム」−−追悼文というペンによる肖像画。ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4622079750

「ペンによる肖像画」というPRに惹かれて購入。

新聞や雑誌から、死去を告げられ、書いた追悼文に加筆したもので、28人との交友を回顧し、人物の肖像に仕上げた本だ。
著者がみた、その人物の本質をきっちりととらえて書いた、と後書きで述べている。

  • 木田元「「いやな男」のいやなところを指摘しながら、同時にその人物の大きさ、天才生をきちんと伝えるなど、なかなかできないことなのだ。他人の悪口を言うとき、おのずと語りテrの人となりとスケールが出てしまうのである」

  • 森毅「森さんは死んだかもしれないが、いなくなったわけではないだろう。人は逝っても言葉は残るからだ」

  • 小沢昭一「そのウンチク、その見方、考え方、さらにその語り方。すべてがそっくり「名人とは何か」の答えになっているのではないか。」

  • 米原万里「とびきり自分に正直で勇気あるこの女性は、あきらかにあるべき未来の女性を先どりしていた」

  • 赤瀬川源平「たえず、「素」(もと)に戻って考える人は、おのずと時流を突き破っており、こころならずも時の人になる。大いなる過激派の宿命というものだ」」

  • 児玉清「おつき合いいただいたのは、ほんの数年なのに、したしくこの人の一代記に立ち会った気がするのは、どうしてだろう?」

  • 高峯秀子「ほぼ四半世紀を退くことのできない緊張を強いられる場で、おそろしくまっとうに生き、あざやかに身を消した。アッパレな女がいたものである。」

追悼文を書くことは、その人物の生涯全体を眺め、その人の本質を描き、後に遺すということだろう。

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