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「名言との対話」11月3日。西村寿行「君よ憤怒の河を渉れ」

西村 寿行(にしむら じゅこう、1930年11月3日 - 2007年8月23日)は日本の小説家。

香川県香川郡雌雄島村大字男木(男木島、現・香川県高松市男木町)生まれ。旧制中学を卒業後、新聞記者、タクシー運転手、小料理屋など20近い職種を経験する。

40歳直前の1969年に動物小説『犬鷲』デビューを果たす。1971年にノンフィクション『世界新動物記』を書く。南アルプスで猟師同然の生活をしていた時期もあり、野生動物の知識が豊富であったのだ。1973年に書き下し処女長編『瀬戸内殺人海流』、続いて『安楽死』などで社会派ミステリ作家として注目される。1975年、長編冒険小説『君よ憤怒の河を渉れ』を『問題小説』に一挙掲載。『野生時代』などでも活躍し、中間小説・娯楽小説誌の看板作家となる。『君よ憤怒の河を渉れ』は映画化され、中国でも数億人がみたといわれる大ヒットとなった。

動物小説、社会派ミステリ、アクション小説、パニック小説など幅広い作品でベストセラー作家となった。生物の異常増殖などによる人間社会のパニックを描くSF的な設定のパニック小説、冒険的要素の強いハードロマンの作品群がある。1979年には長者番付の作家部門1位となり、1980年代もベスト10上位に名を連ね、半村良、森村誠一とともに「三村」とも呼ばれた。締め切りには決して遅れなかった。

1本の小説で1メートル位の資料を読み尽くすという徹底した調査を行う作家だ。京大式カードを使っていた。断定調の短いセンテンスの多用に特徴がある。格調高く、重厚、叙事詩的と評される文体である。

西村は直木賞候補に3度なるが、いずれも落選している。好意的な批評は以下の通り。

第75回直木賞候補。『咆哮は消えた』。柴田錬三郎「着想の面白さは、充分に買える」。水上勉「小説づくりのタッチの早い巧妙を買ったが、しかし、授賞作としては弱く、欠点も目立った。西村さんも落ち着いて、いい材料にめぐまれれば、という気がした」。今日出海「話は充分面白かったが、語り方に引きつけ方の物足りぬ、、」

第76回直木賞候補。『滅びの笛』。今日出海「驚くべき豊饒な想像力の作品だ。」「構想は尨大だが、この結末は意外に呆気ない」「しかしこのような想像力はこれ亦凡庸な作家の持ち得るものではない」。司馬遼太郎「自然破壊の現実を前提に、それによっておこる特殊な自然の異常肥大をたんねんに書き、それが、人間を文明からひきずり出して弱い一個の自然物に化せしめることによって報復するという主題を活劇的な小説に仕立てたものである」

第77回直木賞候補。『魔笛が聴こえる』。川口松太郎「決定的作品がなくて困ったが、、、一応推した。」「欠点がありすぎる」。柴田錬三郎「おそろしく乱暴な、荒唐無稽なストーリイ。面白かった。もとより、それぞれに、高い点数をつけた次第ではない」

1967年生まれの劉文兵という人が、映画『君よ憤怒の河を渉れ』について語っているレポートを読んだ。1978年に中国で公開され熱狂的な人気があり、中国人の8割が観たといわれる伝説的な映画となった。主演は濡れ衣を着せられた東京地検検事役の高倉健だ。中国当局のカットもあり、完全無欠の人格者として描かれている。この映画は1966年から10年続いた文化大革命の直後で、先進資本主義国・日本の豊かさが描かれ、文化に飢えた人々の飢餓感に支えられて空前の大ヒットとなった。多摩大学の同僚で劉文兵より3つくらい年下のバートル先生からも「健さんはカッコよかった」とこの映画のことを聞いたことがある。その後、中国は改革開放の道を歩む。この二人の中国人は日本での学究生活を送っている。映画というメディアの影響力の大きさを感じさせる。

西村寿行は直木賞作家という勲章は得られなかったが、アジアと世界の歴史を動かしたという意味で、大きな影響をもたらしたとは言えるだろう。『君よ憤怒の河を渉れ』は代表作となった。


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