見出し画像

「名言との対話」12月18日。大石和三郎「ジェット気流(ジェットストリーム)」

大石 和三郎(おおいし わさぶろう、1874年3月15日 - 1950年12月18日)は日本気象学者ジェット気流の発見者。

佐賀県鳥栖市出身。15歳で上京し、一高を卒業し、東京帝大物理学科にで学ぶ。物理学科には、山川健次郎田中館愛橘、菊池大麓、長岡半太郎とそうそうたる学者が教えていた。

1899年中央気象台に入り、統計課長、観測課長として、地磁気、空中電気の観測を担当する。1911年ドイツのリンデンベルク高層気象台及びポツダム気象台に留学した。2年後に帰国し、1920年に10年越しの悲願であった高層気象台が筑波山ろくにでき、その初代台長に就任した。今では全国に19ヶ所ある高層気象観測施設の中核となっている。

大石は直径1.6 mの気球を飛ばし、高度8815mの高さで風速72.0mという強風を観測した。それが世界のジェット気流ジェットストリーム)の第一発見だった。その発見の論文を大石は「高層気象台報告」でエスペラント語で発表している。「海抜10kmにては風速70m/sを越すに至る」と述べている。しかし当時は諸外国からの反応はなかった。大石は1943年に退官した。日本はジェット気流を利用してアメリカ本土への風船爆弾を開発する。藤原咲平博士らの協力で1944年から1945年にかけて9000個の風船爆弾が飛ばされ、1000個がアメリカ本土に到達し、市民6名が犠牲になっている。藤原は後に公職追放になっている。

大石和三郎は留学先のポツダム気象台の影響でエスペラント語を学んでいた。1930年から1945年まで、第2代の日本エスペラント学会の理事長をつとめた。論文を日本でなく、英語でなく、中立語のエスペラント語で発表した。2003年にアメリカ気象学会誌で、80年前の大石の観測結果の正確性の評価と、世界で共有するために、エスペラント語で発表したことを讃えられた。

ジェットストリーム』は、TOKYO FMをキー局にJFN系列38局で放送されているイージーリスニングの音楽番組だ。オープニング「遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心を休める時、遥か雲海の上を、音もなく流れ去る気流は、たゆみない 宇宙の営みを告げています。満天の星をいただく果てしない光の海を、豊かに流れゆく風に 心を開けば、煌く星座の物語も聞こえてくる、夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょうか。光と影の境に消えていったはるかな地平線も瞼に浮かんでまいります。これからのひと時。日本航空が、あなたにお送りする音楽の定期便。ジェットストリーム。皆様の、夜間飛行のお供を致しますパイロットは、わたくし、城達也です」。 エンディングは「夜間飛行の、ジェット機の翼に点滅するランプは、遠ざかるにつれ、次第に星のまたたきと区別がつかなくなります。お送りしておりますこの音楽が、美しくあなたの夢に溶け込んでいきますように。日本航空がお送りした音楽の定期便、ジェットストリーム。夜間飛行のお供をしましたパイロットはわたくし、城達也でした」だった。このジェットストリームの第一発見者が日本の大石和三郎だったのである。

参考

武智ゆり「ジェット気流」を発見した日本人 高層気象台長の大石初三郎」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?