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元ロッテ清田育宏がもう一度羽ばたくとき

【「文春野球フレッシュオールスター2023」参加作品】

清田育宏、といえば何を思い浮かべるだろうか。
私は「笑顔」だ。今、見ている笑顔

ロッテファンでもない。彼をよく知ってるわけでもない。
でも今、彼のプレーと笑顔を、球場で見ている。

報道でしか知らなかった彼が、生で見ている姿に置き換わる。
姿を見ること、言葉を聞くこと。
野球をしている姿を見ること。
球場で、直にそれが出来る今が、とても大切な時間になっている。

試合前にチームメイトと笑顔で練習する

清田育宏のことは、ロッテを退団した後、G.G.佐藤さんが何くれとなく気にかけていた。株式会社トラバースの野球部で練習させてもらっていたこともある。現役選手として復帰出来るようサポートし、場を提供してくれていた。
ルートインBCリーグに所属する独立チーム・埼玉武蔵ヒートベアーズに声がかかったのは、G.G.佐藤さんからだ。トラバースは埼玉武蔵のスポンサーでもあった。当時の監督は角晃多監督。G.G.佐藤さんや清田にとってはロッテの後輩にあたる。彼らが清田に抱く思いは「このまま終わらせたくない」、それに尽きた。

そうして2022年、選手としてではなかったが、清田は「公式解説者」として埼玉武蔵ヒートベアーズに関わることになった。練習では選手たちを指導もしていたし、試合に来て解説する。また、埼玉武蔵が提携する野球アカデミーで少年たちを教えてもいた。
2022年4月29日、G.G.佐藤さんが一日限り選手契約をして「引退試合」を行った日、清田は初めて公式にファンの前に出てトークショーを行った。G.G.佐藤さん、やはり解説者の服部泰卓さん、その場にいたロッテOBの内竜也さんも飛び入りで参加して、和やかに進んだ。生憎の雨だったが、ロッテファンも多く訪れている。イベント後にはファンが列を作り、清田からサインをもらったり、一緒にサインをもらったりしていた。

明らかにロッテファンの人が多くて、嬉しそうなファンの姿と、穏やかな笑みを浮かべる清田を見て、ふと思い出す。
昔好きだったアイドルが、不祥事でグループからいなくなったことがあった。それまでもてはやしていたメディアが、どれだけ簡単に手のひらを返すかを知った。犯罪でもないことで、世間がどれだけ残酷に人を踏みにじるか、その時に知った。ネットでも実生活でも、誹謗中傷は正当な報いを遥かに超える。どれだけ本人や家族が、ファンが傷ついたか。そのアイドルは別の形で復帰したけれど、あの頃のことを笑い話には出来ない。
だから、清田を待っていたファンの気持ちは、少し分かる。どれだけ待ち望んだ嬉しい再会か、分かる。
清田に野球があって良かった。本当にそう思う。

清田の解説は、ファンに大変好評を得た。分かりやすいのだ。打者目線からとはいうが、野球に対する理解と視野の広さを窺わせるコメント。聞く人に配慮した噛み砕いた表現。選手たちを実際に知ってきているからこそ出る、愛情込めた叱咤激励。この人は、本当に野球が好きなんだな、選手たちにも慕われているんだなと、そう思えていた。
早く選手としてチームに加わってくれないだろうか。
2022年シーズンを通して、埼玉武蔵ファンは、その時を待ち望むようになった。

練習、試合後のミーティングと積極的にアドバイス

そして2023年。もろもろのことをクリアして、清田育宏は埼玉武蔵ヒートベアーズに入団した。選手として。
会見はファンの前だった。清田の名を呼ぶ声と、拍手が湧く。
「オープン戦で試合に出た時、これまでにない楽しさを感じました」
と入団会見で清田は言った。笑顔だった。ユニフォームを着て、仲間と野球が出来る喜びを語った。
「長くやるつもりはない。全てを出し尽くします」とも言った。このシーズン。野球人生の最終局面。この時を、野球をして生きる決意を語った。

選手として試合に出るようになり、清田育宏がどんなに優れたプレイヤーであるかは、何度も目の当たりにしている。主に2番を任されていて、1番の選手には「初球から積極的にいっていい」と声をかける。自分はしっかり粘る。出塁率は6月時点でリーグトップ。右方向への上手いバッティングに唸る。
打撃でも守備でもアドバイスに時間を割き、打撃投手をしている時もある。さらには経験が浅い選手が多い外野守備の指導も買って出ている。ノックを打ち、打球判断、足の運び、捕り方などを丁寧に教える。試合後のミーティングでは必ず発言し、アドバイスや注意をする。
外野守備についた時も、慣れないファーストについた時にも、試合中の声かけは積極的で的確だ。

高い出塁率とバッティング技術はさすが

折しも、声を出しての応援が解禁された今年。清田のために新しく作られた応援歌を、埼玉武蔵の熱いファンが、声の限りに歌っている。
誰でも清田の名を、何の衒いもなく叫ぶことが出来る。

「燃えろ!燃えろ!かっとばせー!き・よ・た!!」

試合前の練習で。試合中に得点シーンで。誰かのプレイで、清田の笑顔が見える。
きっとたくさんの感情があるだろう。球場の外では、笑えないことが、まだたくさんあるだろう。
でも、今ここで、野球をしている瞬間の清田は、本当に真剣にプレーをして、野球を楽しんでいるから。だから多くの人に見て欲しい。

流れる登場曲は「人生は素晴らしい物語」。
夜空に歓声が響く。満員の球場ではないけれど、声を合わせて呼ぶ。

「きよたー!!」

鋭い音とともに、打球がレフトスタンドに消える。第2号ホームラン。
ホームランを打つと、選手はスポンサーから提供されるバーガークッションをスタンドのファンに投げる。清田も1号のときには投げた。でもこの時は、待っているファンのところに、バーガーが投げられることはなかった。

「???」
「あ、そういえば1号のときに自分が欲しかった、って言ってたな…」
「テイクアウトかー」

ホームランで投げ入れるバーガークッションを、スタンドに投げずに持ち帰ったのは、清田が初めてだ。「にこにこで持ち帰りましたよ」とファンの方から後で聞いた。そんなところが魅力なのだろうなぁ。ロッテファンの愛した清田育宏。

球場では、いつでも清田を応援することが出来る。迷わずにその名を呼べる。
練習熱心な姿。試合前の入念な準備。打席の真剣な表情。熱い声かけ。卓越したプレー。
そして仲間との笑顔が見られる。

いつか清田が現役を終えた時、思い出す清田は、やはりこんな笑顔だと思う。

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この文章は文春野球フレッシュオールスター2023において「優秀スクープ賞」を頂きましたが、だいぶ悩んでから、記事というよりは、埼玉武蔵ファンから見た清田選手を素直に書いてたものです。
「2023年8月15日、清田育宏選手の引退と9/2最終戦でのセレモニーが発表されました。覚悟はしていても、とても寂しく感じています。一人でも多くの方に見てもらえたら、清田さんも喜ぶでしょう。
なお、プレーオフの試合もありますので、勝ち残ればそれだけ清田選手の試合が多く見られます。応援よろしくお願いします。

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