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カビール・シャアビなシャンソン 〜 イディール

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Idir / Ici et Ailleurs

エル・スールのホーム・ページで見つけたイディールの最新作『Ici et Ailleurs』(2017)。2020年に新型コロナウィルス感染症で亡くなっていますので、結局これが遺作ということになっちゃいました。

見かけたジャケットがシブくていいな〜と感じて、さがして聴いてみたんですが、いいですよね、これ、かなりいい。イディールはアルジェリア出身カビール系の歌手で、長年フランスで活動しましたが、この遺作にはそんなキャリアが如実に反映されています。

歌われているのはシャンソンなどフランスの曲で、一曲ごとさまざまに豪華なフランス人歌手たちをゲストに迎えデュオで歌っています。なかにはシャルル・アズナヴールやアンリ・サルヴァドールといった大物もいたりして。

イディールも基本フランス語のままで歌っていますが、特筆すべきはやはりアレンジと伴奏サウンド。完璧なるカビール・シャアビのマナーでやっているんですよね。それこそがぼくにとってのこのアルバムの魅力。もう1曲目の出だしから鳴るマンドールのきらびやかな響きはどう聴いてもアラブ・アンダルース。

こういった作法でシャンソンなどフランス語の歌を料理したものというと、2014年にHKの『脱走兵たち』がありました。あれがたいへん好きでくりかえし聴いていたぼくの嗜好からしたら、同一傾向といえるイディールのこれもヘヴィロテ確実なんですね。

そもそもこの手のものってフランス発信で世界に出てきたに違いなく、いはゆるパリ発ワールド・ミュージックの一つとして(ライなどふくめ)アルジェリアのアラブ・アンダルースなシャアビが拡散されてきたわけです。じゃなかったらぼくに情報が届くわけないですから。

それらを担った全員がアルジェリアから来てフランスに住むようになった歌手たちで、フランスに住むがゆえシャンソンなどに触れる機会も多く、だったらじゃあそれを自分たちのやりかたでやってみようじゃないか、となるのは自然な成り行きだったでしょう。

だからHKもイディールもそんな在仏マグレブ移民文化の申し子なわけで、フランスの歌をフランス語のままで、しかしアラブ・アンダルースなシャアビ・マナーにリアレンジして自分たち流にやるっていうところに、移民なりの抵抗とアイデンティティの確認行為があるわけです。

イディールの本作は、しかもひときわ哀感やわびしさ、孤独感が強くにじむ音楽になっていて、特にフランス語ではなくカビール語に翻案して歌っている数曲なんか、北アフリカからの移民生活とはかくも厳しくつらいものなのかと、まるで二度と戻れない失われたルーツを絶望とともに想うといった味がします。

(written 2022.4.30)

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