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きわだつ坂本昌之の仕事 〜 徳永英明『VOCALIST』シリーズ

(8 min read)

きのうの宮本浩次 『ROMANCE』の記事で徳永英明の『VOCALIST』シリーズに言及したらやっぱり我慢できなくなって(いつものパターン)、Spotifyでぜんぶ聴いちゃいました。で、今回聴きなおし調べなおして、あらためて知ったこともあるので、ちょっと書いておきたいなと思います。実際、とってもいい音楽なんですよねえ。

徳永の『VOCALIST』シリーズ、最初からシリーズ化するつもりはなかったかもしれません。一作目の『VOCALIST』が2005年に出ていますが、これがえらく評判がよかったそうで売れたみたいで、続編に次ぐ続編とやってきて、『2』が2006年、『3』が2007年の発売。

これらのトリロジーで製作側としては完結させたいということだったみたいですが、その後も『4』(2010)、『VOCALIST VINTAGE(5)』(2012)、『6』(2015)と発売されているのは、やっぱりあまりにも高評価だから、売れるから、ということなんでしょう。いまのところ六作目で終わっているみたいですが、完全に徳永のライフ・ワークになりましたね。

念のため書いておきますが、徳永のこの『VOCALIST』シリーズは、女性歌手が歌った曲ばかりをカヴァーしたものなんですよね。男性が女性の歌を、歌詞変更なしでそのままやるっていうのは日本歌謡の世界ではあたりまえのことで、なんら特別なことではありません。

と言いましてもですね、このことは指摘されていないと思うんですが、じっくり聴くと徳永のこのシリーズには男歌もすこしだけ含まれています。男歌とは、女性歌手が男性の気持ちを男性の立場に立って男言葉で歌ったもの。『1』にある「ハナミズキ」(一青窈)や『2』の「雪の華」(中島美嘉)は男歌。その他数曲あったはず。

このへんは厳密に限定せず、初演が女性歌手だったもの、という大きなくくりで選曲していったのかもしれないですね。男性歌手である徳永が、女性が初演だったとはいえ男歌をやれば、ひねりのないストレート・カヴァーになるだけだよなあとは思いますけれど。

さて、この『VOCALIST』シリーズを今回聴きなおし、いちばん感心したのは伴奏のアレンジ・ワークです。これがなんと坂本昌之の仕事なんですよね。坂本はシリーズのトータル・アレンジャーとして一貫して起用されています。坂本冬美の『ENKA』シリーズでぼくはすっかり坂本アレンジの魔力に骨抜きにされていましたからねえ。

しかしぜんぶで六作ある徳永のこのシリーズ全編でアレンジャーを任されるとは、高評価ですよねえ。シリーズ最初のころのアルバムが評価も高く売れたから、ということでしょうけど。坂本冬美の『ENKA』シリーズで感心したのは、演歌特有の強く激しいエモーションを消し、グッと抑制を効かせたクールなサウンド構築でした。

そういった坂本アレンジの特徴は、徳永のこのシリーズでも活きているんですよね。っていうか時期的には徳永の『VOCALIST』シリーズのほうが先で、売れましたから、それでアレンジャーの坂本が注目され、同様の趣向で、ということで冬美のシリーズに起用されたんでしょう。

徳永のこのシリーズでも顕著な坂本昌之のアレンジの最大の特色は、さしづめ<オーガニック>ということで、アクースティック中心のリズム・セクション(ドラムス、ベース、ギター、ピアノ)の落ち着いたアダルトなサウンド構築を軸に据え、その上にふわりと軽いストリングスを控えめに乗せる、といったものです。エモーショナルなエレキ・ギターや派手なホーン群が活躍することはありません。

アレンジャーの坂本がシリーズ・トータルでそんな一貫したオーガニック・サウンドのアレンジを施しているおかげで、さまざまなタイプの曲がとりあげられていても、全六作を通して聴ける共通のムードがあるんですね。なお、坂本はピアニストなので、聴こえるピアノは坂本自身の演奏だと思います。それがまたいいんですよねえ。しっとり落ち着いたクールな演奏で。

『1』の「涙そうそう」(森山良子)でのピアノ・サウンドとか、「ダンスはうまく踊れない」(石川セリ)のほんのり軽いラテン香味なども絶妙ですし、やはり坂本のピアノがいい「卒業写真」(荒井由実)の出来も抜群です。

『2』だと「雪の華」(中島美嘉)、チェロが絶品な「あの日に帰りたい」(荒井由実)、ピアノ中心のサウンドでじっくり聴かせる「未来予想図 II」(DREAMS COME TRUE)など、すばらしいとしかいいようがないアレンジですよねえ。

『3』の「恋に落ちて -Fall in Love-」(小林明子)など、まずピアノ伴奏だけで徳永が歌いはじめる瞬間にグッとくるし、「PRIDE」(今井美樹)イントロの軽いエレキ・ギター・コード・ワークも絶妙。

「たそがれマイ・ラブ」(大橋純子)なんか、魔法が働いているとしか思えない絶妙なアレンジ。シリーズ・トータルでみても坂本アレンジのすばらしさを実感する最高の一曲です。木管アンサンブルのふわりとした音色が背後にただようこのムード!その瞬間に鳥肌が立つ思いです(特に2コーラス目)。

『4』の「時の流れに身をまかせ」(テレサ・テン)や「First Love」(宇多田ヒカル)などでの、地味だけど染み入る色彩感の出しかたには降参するしかないし、アクースティック・ギター一本の伴奏にした「セーラー服と機関銃」(「夢の途中」、薬師丸ひろ子))では、曲メロの美しさをいっそう引き立てることに成功しています。

『6』の「寒い夜だから・・・」なんか、これtrfの曲ですよ。典型的な小室哲哉サウンドで、小室最大のヒット曲の一つだったものなんですけど、なんですかここでの坂本アレンジによるしっとりサウンドは。小室の曲がこんなふうに変貌するなんてねえ。このシリーズ最大の驚きです。同時に小室の書いたメロディが最高にチャーミングだったんだなと思い知る結果にもなりました。小室の曲は『3』で「CAN YOU CELEBRATE?」(安室奈美恵)もとりあげられています。

そう、坂本昌之アレンジは、曲そのもののよさを引き出すものであるところに大きな特徴があって、メロディの美しさ・楽しさと歌詞の意味をじっくり聴かせる結果になっているのが美点なんですよねえ。決してアレンジ・サウンドで主張しないんです。どこまでも<曲>主体なんです。

坂本冬美の『ENKA』シリーズですっかり坂本昌之のアレンジ手腕には惚れちゃっていましたが、アレンジャーとしての出世作となったものであろう徳永英明のこの『VOCALIST』シリーズでもその実力のほどを強く実感しました。まさしく天才アレンジャー。

(written 2021.3.27)

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