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交わした思いの深さ 〜 トニー・ベネット&レイディ・ガガ

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Tony Bennett, Lady Gaga / Love For Sale

アイヴォリー、えんじ、黒、白が配色されたジャケットのカラー・デザインが完璧に好みで、それを一瞥しただけで、あっ、これはとってもいいアルバムなんじゃないかと直感できたトニー・ベネットとレイディ・ガガのデュオによる新作『ラヴ・フォー・セール』(2021)。

聴いてみたら、実際中身もすばらしかったです。主役のひとりトニー・ベネットはなんともう95歳で、老齢によるアルツハイマー型認知症を患っていると今年はじめに公表もしています。そんなトニーがニュー・アルバムをリリースするっていうことだけで、ひとつの立派なドラマですけれど。

レイディ・ガガとのコラボは2014年の『チーク・トゥ・チーク』以来の二作目。前作もグレイト・アメリカン・ソングブック系でしたが、今回はコール・ポーター曲集。2018年から20年のあいだに慎重にレコーディングが行われたそうです。実を言うとコール・ポーターはティン・パン・アリーのなかでは最も好みのソングライターなんです。

『ラヴ・フォー・セール』、トニーが単独で歌うものが二曲(「ソー・イン・ラヴ」「ジャスト・ワン・オヴ・ゾーズ・シングズ」)、ガガも二曲(「ドゥー・アイ・ラヴ・ユー」「レッツ・ドゥ・イット」)で、それ以外はすべてデュエット歌唱です。

「ナイト・アンド・デイ」とか「ラヴ・フォー・セール」とか「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」とか「アイ・ゲット・ア・キック・アウト・オヴ・ユー」とか、そのほか大好きなコール・ポーターの数々の名曲を、この二名のデュオと華麗でゴージャスな管弦楽伴奏で聴けるというだけで、もうすっかり充足感で満たされていきますね。

だれがオーケストラのアレンジをやっているのか、ネットでさがしまくってもどこにも情報がなく、だからあまり重視されていないことがらなんでしょうね。1950年代のフランク・シナトラやナット・キング・コールのキャピトル盤で聴けるのとまったく同じあの世界がここにもあります。

トニーのほうはもうそれですっかりおなじみなわけですけれども、しかし現況を考えたら切なく複雑なフィーリングが胸に去来したりするのも事実。おそらくこれが生涯ラスト・アルバムになるんじゃないかと思うと、いっそうです。ちょっと発声が雑になったかな?と思う瞬間がないでもないものの、あいかわらず余裕のかくしゃくたる貫禄を聴かせてくれています。

そんなトニーを、レイディ・ガガがこれまた絶妙に支えていてグッド・ジョブ。たんなるサポート役ではない活躍をこの『ラヴ・フォー・セール』では披露しているのがすばらしいですね。実際、今回このアルバムを聴いていちばん驚いたのが、こういったジャジーなスタンダードを歌いこなすガガのヴォーカリストとしての成長でした。

声にみごとな色艶があるし、ノビもフレイジングもあざやか。くどくなく、ヴィブラートなしで原曲のよさを活かすようにすっとナチュラル&ストレートに歌いこなしているガガは、今回歌手としてひとまわり大きな実力を身につけた、存在感を増した、と言えるはず。

だからこそ、ガガはこんな状況のトニーのデュエット相手にふさわしかったわけですけどね。このアルバムでのデュオ歌唱には、二人のあいだに通う真のパートナーシップ、フレンドシップを聴きとることができます。トニーの長いキャリアのなかではほんの一瞬のことに過ぎないかもしれないけれど、晩年に交わした思いの深さはどれほどのものだったかと。

21世紀的新味とかアップデートなどはありえないし、音楽的に特にどうということもない作品なわけですけれども、こういった歌や音楽を楽しめる趣味を持てた自分に「ラッキーだったね」と言ってあげたい気分です。

(written 2021.10.10)

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