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夕凪のようにおだやかに 〜 孙露

(4 min read)

孙露 / 十大华语金曲

2021年11月7日朝、突如としてエル・スールのサイトに出現した孙露の『十大华语金曲』(2017)。これがだれなのか?どんなアルバムなのか?(そのときは)いっさい説明がなかったのでわかりませんでしたが、なにか予感がして、Spotifyでさがして聴いてみたら、抜け殻に。それほど強い感動をおぼえたんです。

完璧なアダルト・オリエンティッド・ポップス。もう心は溶けちゃってメロメロ。ピアノ、ギター、ベース、ドラムスのアクースティックなリズム編成に、チェロなど若干の弦楽器、そして中国系の楽器(胡弓、古筝)も薄く混じった、とことんおだやかで静かなサウンドに乗せ、孙露がどこまでもソフトにソフトに、その中低域を中心としたややハスキーなアルト・ヴォイスでさっぱりと歌っています。いやあ、惚れちゃったぁ。

孙露(スン・ルー)は1986年中国遼寧省生まれの女性歌手。同省の沈阳音楽学院を卒業後、2006年にデビュー。だから今年でキャリア15年目ということになりますが、『十大华语金曲』はおそらくトータル七作目のアルバムにあたるんじゃないかと思います。

もとは2017年にリリースされていたものですが、エル・スールに入荷した2021年盤はDSDリマスターCD。DSDとはダイレクト・ストリーム・デジタルという手法による高音質化プロセスのことです。

聴いていると、凪状態の海をじっとながめているような気分になるこのアルバム、さざなみすら立たないおだやかさなんですが、こういったサウンドとヴォーカルでアルバム全体をまとめたプロデューサーの手腕も光りますね。だれなんだろう、調べても出てきませんが、名前くらい憶えておきたいもんです。

選曲もおそらくプロデューサーや制作側によるものでしょう。中国や香港、台湾、そして一部日本でも歌われ愛されてきた有名スタンダードなラヴ・ソングばかり、ていねいに選ばれています。「十大」との文字がありながら、13曲。それぞれの初演歌手がエル・スールのサイトに掲載されています。

それらを、ピアノを中心に据えたややジャジーでおだやかでまろやかなソフト・サウンドでくるみ、どこまでもオーガニック。ほんのちょっぴり、打ち込みのデジタル・ビートかな?と思えるものも聴こえますが、一部だけで、しかもかなり控えめ。あくまで生演奏で徹底されているところに特徴がありますね。

その上を孙露がたおやかにゆらめくといった歌いかた。つぶやくようにささやくように、とても抑制の効いた表現スタイルをとる孙露の、その低めの声でたなびくように、しかし軽く、そっと優しくていねいに置いていくようなヴォーカルは、まさしく大人の熟練の音楽ファンをもトリコにするチャームがありますね。

サウンドといいヴォーカルといい、決して感情表現があらわにならない淡々としたこの世界は、一聴やや物足りない地味さに思えるかもしれませんが、実のところ徹底的につくり込まれれたプロの編みもの。湖上をエレガントに泳ぐ白鳥のように、エモーションは内側にひめやかに込められています。

そんな音楽、強いビートが効いたハードでアグレッシヴでアシッドなサウンドに疲れた耳と心を、まるで仏陀のようにそっと手をかざし慰撫してくれているかのようです。

夕凪の海辺をずっとながめていて飽きないように、孙露の『十大华语金曲』、なんどでもいつまでも聴いていたいと思わせる心地よさです。

(written 2021.11.9)

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