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マイルズの知られざる好作シリーズ(1)〜『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』

(7 min read)

Miles Davis / The Musings of Miles

昨年もマイルズ・デイヴィスの残した音源であまり聴かれていない良質なものをディグする四回シリーズをやりました。実際この音楽家は総録音数、アルバム数がとても多いので、看過されているものがやはりあります。

ジャズの歴史を変えた、時代をかたちづくった、それも何度も、という人物として評価されてきましたから、どうしてもそういうエポック・メイキングな傑作、問題作ばかり話題になってきたのはしかたがないのかもしれません。

がしかし(昨年も言ったことですが)熱心なマイルズ・マニアとして長年聴き続けてきている身としては、日の当たる話題作ばかりいつもいつもとりあげられるのではややさびしいというのも事実。あまりだれもふりかえらないけれど、なかなかすぐれた愛すべき佳作、良作というのはあるんです。

そんななかからまたちょっと、個人的に愛聴しているものをピック・アップして、語られざる魅力をしゃべっておきましょう。シリーズ(1)などと銘打ってはいますが、何回続くか?一回だけで終わるか?わからないんですけれども。

きょうはプレスティジの『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』。1955年の録音・発売で、マイルズ初の12インチLP。これ以前のものはもともとSPだったり10インチだったりしたものを後年12インチにまとめたもので、はじめから12インチで発売されたのは『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』が最初だったんです。

ワン・デイ・セッションが行われた1955年6月7日というと、ジョン・コルトレインらを擁した例のファースト・クインテット結成直前。その正式発足がいつか?なんてのはもちろんわからないわけですが、記録をたぐるとそのメンバーで同年10月18日にNBCのテレビ放送に出演しているのが最初。

スタジオ正式録音となれば(プレスティジ契約下でありながらこっそりと)ご存知のとおりコロンビアに5曲9テイクを吹き込んだのが同年10月26日。そのなかから「アー・ルー・チャ」だけがアルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』に収録され、1957年の移籍直後に発売されました。

プレスティジに、ということであれば同年11月16日に録音した六曲が『ザ・ニュー・マイルズ・デイヴィス・クインテット』になりました。こう見てくれば、かのファースト・クインテットは1955年の初秋あたりに姿を整えたのであろうとデータ的に推測できるわけであります。

そしてワン・ホーン・カルテット編成の『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』には、すでにレッド・ガーランドとフィリー・ジョー・ジョーンズがいます。ベースはオスカー・ペティフォードですが、もしポール・チェインバーズであったならファースト・クインテットと同一メンバーなんですね。

マイルズ個人はこの時点ですでに完成されていて、かの「〜 in’」四部作と変わらぬ演奏ぶり。あとは自分を活かせるバンド・メンバーの用意ができるかどうかという段階まで来ていました。ルイ・アームストロング、チャーリー・パーカー、クリフォード・ブラウンなど伴奏バンドがどんな平凡でも関係なくすぐれた演奏ができたというタイプのミュージシャンじゃなかったですからね、マイルズは。

ですから、ファースト・クインテットと(ほぼ)同じメンバーを用意できた『ザ・ミュージングズ・オヴ・マイルズ』は、もはや内容も保証されたに同然。このあたりでレギュラー・バンドの構想がかたまりつつあったのでしょうね。

特にすばらしいなと感心するのがマット・デニスの一曲(1「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン」)とアーサー・シュウォーツの二曲(2「アイ・シー・ユア・フェイス・ビフォー・ミー」4「ギャル・イン・キャリコ」)。この時期のマイルズはこういった小唄系ラヴ・ソングの演奏に真価を発揮していました。

うち「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン」だけはオープン・ホーンですが、ほかの二曲は(後年)トレード・マークになったハーマン・ミュートをつけての演奏。弱音器ですが、以前よりジャズでは音色のおもしろさで数種類活用されてきました。

パーカー・コンボ時代はカップ・ミュートをときどき使ったマイルズが、このころから(それまでだれもあまり使わなかった)ハーマン・ミュートを頻用するようになったのは、みずからの繊細でデリケート、ややフェミニンな吹奏スタイルの持ち味を存分に活かそうとして、よりいっそうか細く聴こえるようにと思ったんでしょう。どこに自分の生きる道があるか見つけたんです。

特に4曲目「ギャル・イン・キャリコ」は絶品で、このアルバムの白眉でしょう。マイルズならではのチャーミングでかわいいバラード・プレイですし、伴奏のレッド・ガーランドも冴えていて、そのソロでは「in’」四部作でいくらでも聴けるあの鈴の転がるようなシングル・トーンから後半はブロック・コード弾きでというおなじみのパターンが確立されています。

ワン・ホーン編成だけにピアニストの演奏は重要になってくるわけですが、このアルバムでのレッドは実にすばらしいです。この手の、ホテルのピアノ・ラウンジでやっているようなムーディーな、つまりカクテル・ピアノ・スタイルがぼくは大好き。

アルバム・ラストのブルーズ「グリーン・ヘイズ」でもレッドのうまあじが発揮されているし、オスカー・ペティフォードのベース・ソロもいい。ボスのトランペットは文句なしで、ハード・バップにおけるブルーズも楽しい者には楽しいと声を大にして言いたいです。

(written 2022.4.3)

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