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渡辺貞夫、円熟の老境が美しい 〜『Outra Vez』

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渡辺貞夫 / Outra Vez

なんとも美しい、ため息が出ちゃうような、そんなジャケットですよねえ。見とれちゃうな〜、渡辺貞夫さんの『Outra Vez』(2013)。これもブラジル録音で、現地ブラジルのミュージシャンたちを起用して製作されたものです。

近年の貞夫さんのブラジル録音といいますと、以前、2015年の『Naturally』というアルバムのことを書きましたが、かなりのお気に入りになっているんですよね。その前作もブラジル録音で、同様にしっとりアダルトで落ち着いたムードの作品と知り、ジャケットを見てみてあまりの美しさに驚いちゃったというわけです。

中身の音楽も、個人的には『Naturally』のまろやかに円熟した完成にはおよばないと思うものの(あっちにはジャキス・モレレンバウムが参加しているから?)、『Outra Vez』もなかなかすばらしいです。これもやはりブラジリアン・フュージョンというべきような内容で、編成は貞夫さんのアルト・サックスに、ギター、ピアノ、ベース、ドラムス、パーカッション。二曲だけヴォーカリストも参加しています。

やはりオール・アクースティックなナチュラル&オーガニック路線で、近年こういったサウンドが世界の音楽で主流の一つになってきていますよね。音楽そのものは貞夫さんもずっとやってきたアフロ・ブラジリアンなジャズ・フュージョンで変わるところはないんですけれども、かつては電気・電子楽器もたくさん使っていました。それらをいっさい用いないようになっているんですね。いい意味で枯れた円熟のサウンドと言えましょう。

アルバムは快調なジャズ・サンバっぽい曲で幕開け。バンドも貞夫さんも決して熱くはならず、ほどほどのちょうどよいフィーリングのノリを聴かせているのがいかにもといったムード。それはアルバム全編について言えることで、中庸感覚といいますか、使いたくないタームですがアダルト・オリエンティッドな音楽をくりひろげているでしょう。

特にグッとくるのはサウダージ満点の哀切バラード系。3曲目は「レクイエム・フォー・ラヴ」と、なんだか意味深な曲題ですが、失恋がテーマなのかもしれません。これも貞夫さんの自作曲です。雰囲気満点に吹くアルト・サックス演奏に涙が出そうな思いです。軽いボサ・ノーヴァ・ビートもそれに一役買っていますね。

やはり同様の哀切バラードである6曲目「カーボ・ヴェルデ・アモール」も同じフィーリングで、情緒をかきたてます。ところで3曲目とか6曲目みたいな、こういった貞夫さんのサウダージ・バラードって、そのルーツをたどると1981年の名曲「コール・ミー」(『オレンジ・エクスプレス』)に行き着くような気がします。86年のトッキーニョとの共演ヴァージョンをご紹介します。最高ですよ。

アルバム『Outra Vez』にはいっぽう快活なサンバ・ビートを持つにぎやかな演奏もあり。5曲目「ボン・ジーア 80」と8「ナタカ・マジ」。特に後者はやや派手めですね。バンドの演奏や打楽器群も活躍して演奏をもりあげますが、そんなばあいでも貞夫さんのアルト演奏はハメを外さず落ち着いているというのは円熟のなせる技でしょう。

ラスト10曲目のタイトルが「ソリチュード」になっているので、ひょっとしてデューク・エリントンのあれか?と一瞬思えどもそんなわけはなく、これも貞夫さん自作の渋いバラードです。ここではギターとベースだけの伴奏で、しっとりと孤独の老境をつづるアルト・サックスの音色が美しく、胸に沁みますね。

(written 2021.4.21)

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