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ひとときのフィクション 〜 サマーラ・ジョイ『リンガー・アワイル』デラックス

(3 min read)

Samara Joy / Linger Awhile (Deluxe Edition)

レトロ・ジャズ歌手、サマーラ・ジョイの『リンガー・アワイル』(2022)については去年リリースされたときにさっそく書きましたが、ジャケットの色を変えたデラックス・エディション(23)がこないだ五月に出ましたね。追加されたのは7曲8トラック。どれも新録で、別途EPとかで安価にリリースすればいいのに、豪華版にして本編をCD派にもう一回買わせるなんて、ちょっとヴァーヴさんそのへんどうなん?

これはあれでしょう、『リンガー・アワイル』はずいぶん評価も人気も高くて、なんたって歌手として&アルバムとしてのダブルでグラミー賞をもらったぐらいだし、いまだに話題が引も切らないので、それに乗っかって二匹も三匹もどじょうを釣っときたいってことでしょ。

ぼくとしてはサブスク・ユーザーなので、べつに追加出費がかさむわけでなく(Spotifyなら月額¥980で聴き放題)、個人的にもお気に入りの音楽が拡大され長尺になれば、このラグジュアリー・ムードをよりいっそうたっぷり味わえるってわけで、『リンガー・アワイル』デラックス・エディション、楽しんでおります。

新録と書きましたが、本編収録曲の、アレンジだけ変えたような再演が半分あります。はじめてやっている曲というのは追加部分の前半四曲だけ。それだって音楽性として新機軸なんかまったくなく、どこまでも『リンガー・アワイル』の高級ホテル・ラウンジふうな雰囲気をそのまま維持しています。

いつまでもこんなムードにひたっていたい、この楽しいラグジュアリーな時間が永遠に続けばいいのに、っていう、なんというかある種の現実逃避願望みたいなものを実現するひとときのフィクションとしてこそサマーラみたいな音楽は価値を持っているのであって、社会に対するレベルであるとかどうとかそんな世界とは完全に無縁。

ぼくだってそうだけど、現実の日常や人生はかなり厳しくつらいもの。それをすこしでも改善しようという社会変革としての音楽も必要でしょうが、日本の演歌や歌謡曲もそうであるようにしんどい現実からいっときだけ逃げるというか忘れるための、要するに憂さ晴らしみたいに機能する音楽もまた世には必要なんです。

じっさい必要としている人間が多いからこそサマーラ・ジョイと『リンガー・アワイル』がこれだけ大人気なのに違いないわけですからね。そんな時間がデラックス版でいっそう長くなれば、ウレシタノシ気分も持続するってわけで。

(written 2023.6.15)

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