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こぶしの終焉

(7 min read)

Aretha Franklin - Aretha

今年七月末ごろ、ライノからCDなら四枚組になるアリーサ・フランクリンの新しいベスト・アルバムが出ましたよね。その名もずばり『アリーサ』とだけ、シンプルなのも魅力で、至高のディーヴァここにあり!といった雰囲気で、いい感じ。

『アリーサ』はこの歌手にとって初のレーベルの枠を超えたキャリア・スパンニングなアンソロジーで、その意味でも重要です。なかにはアリスタ時代のものとか、いまだにCD&配信リイシューすらされていない廃盤音源もふくまれていたりしますから。

聴けばもちろん文句なしに感動しますし、すばらしい、偉大な存在であったことはだれだって微塵も疑わないわけですけれども、しかしいま2021年になってこうしたヴォーカルを聴くのは、ちょっとヘンな気分がしないでもないというのがぼくの正直なフィーリングです。もはやこういったぐりぐりメリスマをまわしまくる時代は終わっているのではないかと思うわけです。

朗々と強く声を伸ばし張り上げシャウトしたりしながら、細かく、あるいは大きくこぶしをまわし、ヴィブラートをきかせる歌唱法。そういうのこそすばらしい、真の偉大な歌手のありようだ、と評価された時代がずっと長く続きました。ポピュラー音楽における20世紀はほぼそうだったと言っていいかもしれません。

オペラ的歌唱法と言っていいわけですが、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン(パキスタン)、サリフ・ケイタ(マリ)、アマリア・ロドリゲス(ポルトガル)などなど、みんなそうじゃないですか。アメリカン・ブラック・ミュージックの世界においては、ゴスペル由来の発声をするアリーサ・フランクリンは、こんな歌唱法の代表格だったんじゃないですか。

もちろん曲によってはアリーサも軽くふんわりすーっと歌っているものもあって、『アリーサ』にもいくつか収録されていますが、あくまでメインは劇場的な歌唱法でした。そういうのってマイクロフォンの存在をある意味無視した手法だと思うんですよね。生声で観客に届くようにっていう強い発声。だから19世紀的でオペラティックだと言えます。

そういうやりかた、声の出しかた、歌唱法は、それじたいすばらしいということは決して否定などできませんが、しかしいまや21世紀には時代遅れになってしまっているというのも間違いないんじゃないかというのがぼくの正直な気持ちです。

ビックス・バイダーベックとかレスター・ヤングとかマイルズ・デイヴィスとか、ジャズにおけるノン・ヴィブラートなストレート&ナイーヴ発音法のことは、また分けて考えないといけないような気がしますが、でも決して無関係ではないです。時代の要請というか、歌手の発声においてもそういったものが主流になる時代に、特に2010年代以後、なっているということです。

ぼく自身はこういったことを、主に日本の演歌の世界を聴き込むうちに発見しました。演歌といえば劇場性・非日常性の極地みたいな世界で、強く声を出しヴィブラートをきかせグリグリこぶしをまわしまくる、というイメージが長年支配的でしたし、実際そういう歌手がほとんどでした。

そこへもってきて、2017年に岩佐美咲に出会い、そのいっさいの装飾や虚飾を排した日常的な歌唱法に触れるにつれ、徐々にその魅力に目覚めていくようになったのです。すると、なんだかここ十年くらいかな、演歌界でも非劇場的な歌唱法をとる若手歌手が急増していることに気が付いたんですよね。

エモーションの抑制というひとことに尽きるのですが、旧世代で旧タイプの歌手とされてきていたような坂本冬美ですら、そうした日常的な歌唱法へと完全に移行しているし、もちろん若手には最有望格の中澤卓也をはじめとして、ノンこぶしな歌手は大勢いるしで、もうぼくのなかですっかり認識があらたまったわけです。

考えてみれば、台湾出身、日本でも活躍した鄧麗君(テレサ・テン)なんかもそんなストレート歌唱法をとっていたし、以前から世界の歌の世界で一翼を担っていたことは間違いありません。それが近年、ここ十年くらいかな、ぐっと世界で主流になってきているということです。

現在活躍中の世界の若手歌手のなかで、従来的な劇場的歌唱法をとる代表は、レバノンのヒバ・タワジかもしれません。しかし同じレバノン国内でも、同世代でアビール・ネフメのように淡い歌いかたをする歌手も出てきているし、以前から活躍していたナンシー・アジュラムでも最新作では淡色歌唱法へと移行しています。

レバノンじゃないけれど、今年デビューした歌手のなかではぼくのぞっこんであるレイヴェイ(アメリカ在住の中国系アイスランド人)なんかもストレート&ナイーヴ歌唱法で、もはや時代は完全に塗り変わったなあという感を強くします。

あっさりしていて、濃厚トンコツ・ラーメンをお求めの向きにはなんとも物足りないでしょうが、トンコツ・ラーメンのお店がなくなってしまったわけじゃなく健在です。現にこうして『アリーサ』のようなアンソロジーが編まれ、いまでもみんなに聴かれ愛されているじゃないですか。

『アリーサ』の末尾に収録されているのは、アリーサ生前のラスト・パフォーマンスとされている、没する三年前、2015年のケネディー・センター・オナーズでのライヴで、「ア・ナチュラル・ウーマン」↓

圧巻のひとことですね。すばらしい。歌手人生で劇場性を徹底してつきつめた堂々たるヴォーカルで、文句のつけようもありません。

(written 2021.8.21)

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