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演歌新世代を先取りしていた島倉千代子の軽み

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島倉千代子 / 全曲集 2022

理由があってここのところ島倉千代子を聴くことがあるんですが、以前は大嫌いな歌手でした。演歌というジャンルはこどものころから(17歳でジャズに目覚めるまで)好きでずっと親しんできたのに、千代子だけはなんだか生理的に受け入れられないものがあると感じていました。

なぜかってたぶんあの世代(千代子は1955年デビュー)の演歌歌手としては声が異様にか細かったから。「演歌」というステレオタイプからかけ離れた存在を理解できなかっただけというこちらの未熟さゆえですけどね、結局のところ。

おととい書きましたように、あの時代のティピカルな演歌ヴォーカルといえば強く張ったノビのある太い声で、コブシやヴィブラートを多用しながら、ぐりぐり濃厚&劇的にやるというもので、ぼくだってそんな演歌歌手が好きでずっと親しんでいたんですから。

(余談)最近はあっさり淡々としたおだやかな薄味嗜好に傾いていますけどね、洋楽に目覚めてもやはり(歌手であれ楽器奏者であれ)同様に濃厚な発音スタイルを持つ音楽家のほうが長年好きだったのは、そうした演歌ヴォーカルに親しむことで素地ができていたのかも。アリーサ・フランクリン、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、サリフ・ケイタ、ユッスー・ンドゥールなどなど。

ともあれ、演歌唱法の常道から千代子は大きく外れていました。このひとだけあまりにもか細く頼りないひ弱なヴォーカル。歌った瞬間に消え入りそうで、かわいいとか可憐とか女々しいっていうようなヴォーカルが要は嫌いだったんですよね、前は。でも千代子のレコードは売れに売れて、大人気歌手でした。年末の『紅白歌合戦』にだって30年も連続出場していたんですから(当時の最高記録)。

そんな千代子の歌を「あっ、これはひょっとしたらいいかも」とごくごく最近感じるようになったきっかけは、おととい書いた『This Is 演歌 30』のプレイリストを今年二月に作成したこと。大ヒット曲「人生いろいろ」「からたちの小径」の二つ、やはり演歌史を代表するものだからと(最初はしぶしぶ)入れておいたんです。

それでプレイリスト全体をじっくりなんども聴くうち、九割以上を濃厚演歌歌手が占めているなかで千代子の声が流れてきたら、あれっ、ひょっとしてこれは新しいんじゃないか、2010年代以後の演歌新世代に通じるストレート&ナイーヴなヴォーカル・スタイルじゃあるまいか、千代子はそれを先取りしていたかも?と気づくようになりました。

あの世代としては例外中の例外だった千代子の発声と歌唱法。それでもちゃんと世間に理解され売れて厚遇されましたが(20歳で一軒家を購入した)、いはゆる演歌第七世代といわれるニュー演歌タイプが流行している現在2010年代以後に千代子がもっと再評価されてもいいように思えてきましたよ。

激しくなく劇的でもない細いヴォーカルで、重々しくせず軽やかに歌いつづる千代子のスタイルは、コブシもヴィブラートも使わずストレートであっさりした淡白な薄味の演歌新世代を、数十年前にまさしく予見し実践していたのかもしれません。

裏返せば、岩佐美咲や中澤卓也など第七世代のニュー演歌に親しむようになった現在だからこそ、ふりかえって千代子のこういった歌がなかなかいいぞと感じられたんです。だから、その意味ではこれも「美咲のおかげ」だっていうことなんですが、島倉千代子の21世紀的重要性を考えるようになったわけです。

歌の内容は千代子のばあいも(演歌定型らしく)重く暗くつらいものが多いですが、こんな声と歌いかただからシリアスな悲壮感みたいなものがただよわずさっぱりしていて、リスナー側も落ち込むことなくすんなり気楽に親しめたんじゃないでしょうか。それは、トゲがとれ人生を達観した熟年の境地に置きかえることができるような気もします。

(written 2022.4.9)

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