かつて知っていたがもはやない、ここではないどこかへ 〜 アルージ・アフタブ
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Arooj Aftab / Vulture Prince
アルージ・アフタブはサウジ・アラビア生まれパキスタン育ちで現在は米NYブルックリンを拠点とするコンポーザー/シンガー。いままでに三作あるアルバムのうち、最新作『ヴァルチャー・プリンス』(2021)から昨夏のオバーマ・プレイリストに一曲選ばれて俄然大きく注目されるようになり、そのままグラミー賞二部門にノミネートされています。
アルージがどういう人物、音楽家であるか、バイオやキャリア、音楽的影響源など、以下のピッチフォークの記事にくわしくまとめられていますので、ぜひご一読ください。公式サイトもありますがイマイチ。ネットでさがせば日本語での紹介文も少しはあります。
最新作『ヴァルチャー・プリンス』。ぼくが遅まきながら出会った昨年12月時点ではSpotifyでなぜか二曲しか聴けなかったので、Bandcampでデジタル購入するしかなかったんですけど(レコードは完売、CDはなし)、これがもうホント傑作なんですよね。
全編を通してハープがかなり印象的で、そのサウンドは平和で牧歌的な原風景を想起させると同時に、現代の深い喪失感や悲痛感をも色濃く表現しています。二曲でアンビエントなシンセサイザー使用はあるものの、基本アクースティック・サウンドで組み立てられているのもいい。
しかもそれら生楽器が点描的に浮遊するエレクトロニクスのように響くというのもアルージ・ミュージックの特質です。パキスタン伝統のスーフィー音楽にクラシックのミニマリズムと現代ジャズをミックスしたものですが、印象として民俗音楽色はあまりなく、どこまでも普遍的な、文化を超えた人類共通の内面に訴えかけてくるものがあるように聴こえます。
英語に “grief” という単語がありますが、これがまさに『ヴァルチャー・プリンス』の音楽を支配している色彩感。だれしも経験している、存在としての根底にある孤独性をえぐり出し、しかも突きささるようなサウンドではなく、おだやかでふわりとやらわかく空中にただようようにそれを表現するという、そんな音楽ですよね。
アルバムの曲はすべてウルドゥー語で歌われていますが、4曲目「Last Night」だけは英語。これはダブですね。続く5「Mohabbat」をバラク・オバーマが選んでいました。こっちはパキスタンに伝わる古いガゼル(恋愛詩)をベースにしたもの。
西洋楽器がサウンドのほとんどを占めているものの、その上で優雅に舞うアルージのヴォーカルにはまごうかたなきアラビアの息づかいやエレガンスが聴こえ、そのバランスの美しさに息を呑みます。
ソロ活動だけでなく、インド系アメリカ人ピアニスト、ヴィジェイ・アイヤー&パキスタン系アメリカ人ベーシスト、シャハザード・イスマイリーと組んだトリオ<ロスト・イン・エグザイル>でも活動を続けていますので、そちらも要注目ですね。
(written 2022.1.4)
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