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マイルズの知られざる好作シリーズ(2)〜 『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』

(5 min read)

Miles Davis / Someday My Prince Will Come

(オリジナル・アルバムは6曲目まで)

これを「知られざる」という枠に入れるのにはかなり抵抗があります。以前から人気があってけっこう知られている、聴かれている人気作ですからね。決して隠れてなんかいません。

でも人気だっていうのは、ひょっとしてマイルズ・デイヴィスやジャズ・トランペットが好きだというファンのあいだでの話。それが漏れ伝わって一般のリスナーのあいだでも一部に愛聴作となっているケースがあるかもしれませんが、歴史的傑作、名作とかいったものじゃありませんから。

マイルズという音楽家だと、時代をかたちづくってきた、ジャズの歴史を複数回変えたという歴史的な評価がどうしても先行してしまう面があって、いっぽうにぜんぜんそんな作品じゃないけれど実は愛すべきプリティな好作みたいなのがあるのに、傑作群のかげに隠れほぼ無視されてきた事実があります。

マイルズのキャリアをトータルで聴いているといった熱心なファンじゃなかったら、一般に評価の高い名作を中心に(名盤ガイドなんかを参考にしながら)聴いていくかもしれません。総作品数の多い音楽家なので、そうやってフォーカスをしぼらないと追いにくいっていう面もあり。

そう考えてくると、1961年の(実は人気作なんだけど)『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』も、一般的に知られているとはかぎらないんじゃないかと思えてきて、内容がいいだけにもったいないなと、きょうここで書いておくことにしました。ジャズの歴史なんか1ミリも変えていないアルバムですけど。

本作がいいといっても、ジョン・コルトレイン参加の二曲「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」「ティオ」を、コルトレインが吹くがゆえにほめる気はいまはあまりなく。かつてはそれらばかり聴き狂っていたというのに、趣味が変わりました。レギュラー・クインテットによる演奏部分がくつろげてとてもいいと思うんです。

ですからテナー・サックスはハンク・モブリー。イモだイモだといままで散々悪口言ってほんとうにゴメンナサイ。コルトレイン演奏部はたしかにすばらしく、それと比べればどうしても聴き劣りしてしまうのはやむをえないのですが、61年のトレインといえばああいった苛烈な吹きまくり、それが気持ちいい時間もあるものの、おだやにくつろぎたい気分のときはトゥー・マッチに感じることがあるんです、ぼくは。

そこいくとモブリーはいつも中庸でおだやかなリラクシング・ムード。音色もフレイジングもおだやかで、その適切さ加減がいまの歳とったぼくの嗜好には実にピッタリくるんですよね。そういった「なんでもないような」ぬるま湯フィーリングこそ、老齢に近づき個人的にたどりついた心地よい境地です。

ウィントン・ケリー、ポール・チェインバーズ、ジミー・コブのリズム・セクションも、古いスタンダードだろうと新曲だろうとブルーズだろうとおだやかに淡々とこなしていて、マイルズが率いたハード・バップ・コンボのなかでもいちばんの聴きやすさを実現しているといえるかも。

エッジの利いた緊張感やわくわくするスリルを音楽に求めていればものたりないであろう『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』、ぼくだっていまだそういう追求をしている時間もありますが、もはやいつもいつもそうじゃない。リビング・ルームでゆっくりコーヒーでも飲みながらのんびりしていたいことも増えてですね、そんなときマイルズの諸作から選ぶなら、本作は絶好なんです。

いままでもファンのあいだでずっと人気作だったというのは、実はそういう部分じゃないかと思いますね。「時代をリードした」とか「ジャズの帝王」とかいったイメージばかり先行でマイルズのことをとらえてきたみなさんも、たまには立ち止まって聴いてみてほしいという気がします。

(written 2022.6.24)

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