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絶頂期のダイナ・ワシントン on Spotify

(8 min read)

Dinah Washington / The Fabulous Miss D! : The Keynote, Decca and Mercury Singles 1943-1953

アメリカの歌手、ダイナ・ワシントン。マーキュリーに大量の録音を残していて、それらは完全集となってむかし三枚組×七つという規模のCD群で発売されましたが、ダイナの絶頂期というか、もっとも勢いがあって歌の色艶も最高に輝いていたのは、そのちょっと前、ライオネル・ハンプトン楽団の専属歌手だった1940年代前半〜半ばあたりでした。

契約上の関係で、ハンプトン楽団の名義をしっかり出したかたちでダイナの歌がレコードにならなかったのはほんとうに痛恨事。それでもちょこっとだけあるにはあって、またそれ以外でもその1940年代〜50年代初頭のシングル(もちろんSP盤)発売曲の数々はほんとうにすばらしく、うっとり聴き惚れてしまう内容でありました。

そんなダイナのシングル盤音源をCDで集大成したのが、2010年にHip-Oが四枚組でリリースした『ザ・ファビュラス・ミス・D!:ザ・キーノート、デッカ・アンド・マーキュリー・シングルズ 1943-1953』でした。総計約五時間。これはまさしくアメリカ黒人音楽史上最高の至宝です。

このボックス・セットのことは以前くわしく書きましたので、気になるかたはぜひご一読ください。もうこの文章につけくわえることなどなにもないんですけれども、きょうはまた違った事情があって、もう一度ペンをとっている次第です。

違った事情とはなにか?というと、それはこのCDなら四枚組だったダイナのボックス・セット『ファビュラス・ミス・D!』が、なんと、そのままそっくりSpotifyにあるぞ!ということなんです。ついこないだ発見したばかりなんですよね。

『ファビュラス・ミス・D!』はCDのほうが廃盤になっていて買いにくくなっているなどということもまだなくて、アマゾンで見ても当時と変わらない通常価格で入手できるんですけれども、四枚組で8000円を越える値段でしょう、なかなか判断に迷うところじゃないかと思うんですね。

https://www.amazon.co.jp//dp/B003YUK8I2/

ところがそれがSpotifyであれば、これを聴くだけなら無料ですからね。有料会員になったとて、ひと月たったの980円。たったそれだけでいくらでも無制限に聴き放題なんですね。もはやこりゃ迷う理由なんてないんじゃないですか。

それにですね、トータル再生時間五時間にもおよぶような大部なボックスものはフィジカルだとなかなか聴きにくいという面もあります。Spotifyならば(もちろんCD買ってインポートしたiTunesファイルでもいいけど)パソコンでもスマホでも、いつでもどこででも、流しっぱなしにできるんですよ。これは大きなメリットでしょう。

とはいえ、ダイナはああいった感じの、発声もフレイジングのつくりかたも、言ってみればかなり濃ゆ〜い味付けで歌いまわすという歌手なんで、だからいくらすばらしくてもずっと続けて聴いていると、もうおなかいっぱいということになってしまいがちなんじゃないかという気もします。ただBGMとして流しているだけならいいけど、対面して聴き込むには限度があると。

だからこの五時間超の『ファビュラス・ミス・D!』も、きょうはこのへん、あしたはちょっとまた別なところと、ちょちょっとそのときそのときでピック・アップするように聴けばOKなんじゃないかと思います。もとがぜんぶ一曲単位の存在であるSP盤だったんですし、アルバムという概念がまだなかった時代の産物ですなんですからね。

だらだら流し聴きにするにも、ちょこちょこっと抜き出して一定の長さをしっかり聴くにも、フィジカルもいいけどどっちかというとやはりSpotifyなんかのストリーミングが向いているんじゃないかと思うんですね。『ファビュラス・ミス・D!』がSpotifyにあるぞ!というのを発見したときは、そりゃあもううれしかったですね。ときどき思い出したようにいろんな過去の名盤をSpotifyで検索しているんですよね。

この『ファビュラス・ミス・D!』、アポロ・レーベルへのシングル録音は事情があって収録されていないんですけれども、それ以外の、キーノート、デッカ、マーキュリーへの全シングル録音を集大成したもの。特に貴重なのはキーノートとデッカのシングルですよね。2010年にこのボックスが発売されるまで、通常の方法ではまとめて聴けなかったものだったんですから。

キーノート録音は冒頭の1〜4曲目(すなわちSP盤二枚)、デッカへの録音が続く5曲目のたった一つ(B面はハンプトン楽団のインストルメンタル・ナンバーだった)。これがもう最高じゃないですか。特にハンプトン・セクステットが伴奏をつけているデッカの「ブロウ・トップ・ブルーズ」なんて、こんなうまあじな音楽ってなかなかないですよ。ジャズ〜ジャンプ〜リズム&ブルーズの中間あたりでダイナは歌っていますよね。

本質的にダイナはジャズ・ブルーズ歌手で、だからジャンプ・ミュージックに移行した1940年代のライオネル・ハンプトン楽団にはぴったりな資質を持っていたわけです。ハンプトン楽団から卒業した6曲目以下のマーキュリー録音でも、その実力をいかんなく発揮していますよね。ジャズっぽいフィーリングを土台としながらもブルーズを得意としたダイナ。黒人音楽歌手として1940年代のある種の理想型を体現していたでしょう。

おもしろいのは、このアルバムを聴き進むと、徐々にダイナもリズム&ブルーズっぽいフィーリングに移行していっているのがよくわかるっていうことです。CDでいうところの3枚目途中から4枚目にかけて、かなり粘っこくリズムの跳ねも強靭な同時代の最新音楽リズム&ブルーズを歌うようになっていると思います。なかには初期ロックンロールの祖型みたいに聴こえるものもあったりして。

そんなところ、バンドの演奏ともあいまって実はディスク1中盤からちょろちょろと聴けたものではあるんですけど、CDなら四枚になるこのダイナの絶頂期、変わらないヴォーカルの味と時代にあわせての微妙な音楽の変化を感じとることもできて、1940年代〜50年代初頭のアメリカン・ブラック・ミュージックの貴重な証言でもありますね。どんな曲があるか、どれが特にいいか、どんな感じの歌かなど、具体的でくわしいことは過去記事で書きましたので、ぜひご一読くださいね↓

(written 2020.9.30)


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