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ストーリーテラーとして深みを増したロッド・スチュワート

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Rod Stewart / The Tears of Hercules

ベテラン、ロッド・スチュワートの新作が出ました。『ザ・ティアーズ・オヴ・ハーキュリーズ』(2021)。2000年に甲状腺ガンで喉の手術をして以後はたしかに声があまり出なくなって、それがなくたって加齢による衰え(76歳)と、ロックは成熟しない若者の音楽だという一種の固定観念がリスナーにあるせいか、最近では「ロッドはもう終わった」という声すら耳にします。

おいおい、存命で新作をリリースし続けている現役歌手をそんなカンタンに「終わった」ことにしないでくれよ、とちょっとフンガイしたりすることもあるぼくですが、今回のロッドの新作『ザ・ティアーズ・オヴ・ハーキュリーズ』は、やっぱりちょっとイマイチかな?と思ってしまう部分と、これはいい、沁みる!と感動した部分と、大きく二つに分かれると思いました。

実際、アルバムは前ノリのベタ打ちキック・ドラムによるビートの効いたアッパーな前半部と、オーガニックでしっとりアクースティックなバラード系の並ぶ後半部で二分割されている印象があって、ぼくが感心したのはもちろん後半部です。8曲目以後の五曲。

だから最初聴いたとき、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)っぽい雰囲気すらただよう前半に、う〜ん、あ、いや、ロッドもがんばっているんだよなあと、なんとなく流していました。マーク・ボランに捧げたブギ・ナンバーや、もろフェイシズっぽいロックンロールもあって、だからディスコ〜EDM系がそのへんから連続しているんだと理解できたりして、その点ではおもしろくもありました。

古参のファンやクリティックからはおそらく否定的な声しか聞こえないであろうそんな前半部が終わり、俄然グッと引き込まれ心を打たれたのは、8曲目のアルバム・タイトル・チューン「ヘラクレスの涙」から。この曲はピアノ+ストリングスだけの落ち着いた伴奏に乗って、切ない心境をロッドが淡々とつづる内容なんですね。

このサウンド、ヴォーカルのおだやかさなど、およそ従来的なロック・ミュージック(のイコンでもあったわけですが、ロッドは)の姿からは遠いです。しかし考えてみれば、ロッドはソロ・キャリアの初期からUKトラッドの要素も濃く混じり込んだアクースティック・サウンドを体現していたじゃないですか。

たしかにずんずん来るエレキ・サウンドに乗せてハード・シャウトするようなパワーは失われたのかもしれませんが、ロッドはもともとそうじゃない面だって大きかった歌手。それを近年は大きく前景に打ち出して、しっとりサウンドで聴かせる大人の歌手へと成熟したのだと言えます。それを衰えと解釈するひともいるんでしょう。

「ヘラクレスの涙」に続く9曲目「ホールド・オン」。こ〜れが、ほんとうに、いいです。沁みる内容なんですよね。個人的にはアルバムのクライマックス。偏見、憎悪、差別、分断でいろどられる、いわば<トランプ以後>とも言える世のなかのありようを歌い、それに対して「ア・チェインジ・イズ・ゴナ・カム」とサム・クックの名前まで出して引用しながら、静かに、しかし熱く、祈るロッドの歌は、心を打つ真摯さに満ちています。伴奏はフル・アクースティック・サウンド。

三連ノリのオリジナル・ドゥー・ワップ・ナンバーである10曲目「プレシャス・メモリーズ」を経て、11曲目「ジーズ・アー・マイ・ピープル」はジョニー・キャッシュのカヴァー。がらりと姿を変え、ここでのロッドはスコットランドふうのバグ・パイプ集団をフィーチャーしながらトラッド色満載で塗りなおしているのが耳を惹きます。そこからドラマティックにロック・サウンドに展開するのがいかにもこの世代のUKロック歌手らしさですよね。

ラスト12曲目の「タッチライン」は、ロッドのおなじみサッカー愛を語った歌。ここでもアクースティック・ギターのみというきわめて静かで淡々としたおだやかなサウンドで、父から自分、そして子へという継承をしっとりと歌い込むロッド。老境に達したからこそ表現しうる歌がここにあると思います。

(written 2021.11.17)

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