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聴きやすく楽しいからこそ『至上の愛』〜 ジョン・コルトレイン

(8 min read)

John Coltrane / A Love Supreme

きのう書いたSpotifyプレイリスト『ポール・サイモン:インフルエンサーズ』の末尾にアルバムまるごとぜんぶ収録されていたので、それでふたたび聴いたジョン・コルトレインのアルバム『至上の愛』(1964年録音65年発売)。大好きなアルバムですが、なぜ好きかというとポップで聴きやすいからなんですね。このことはだいぶ前にも一度書きましたが、時間が経ちましたし、またもう一度いまの気分を記しておこうと思います。以前の記事はこれ↓

それで、コルトレイン1964年の名盤だからといって、精神性とか神とか苦闘とか求道とか聖者とか、そんなことが頭にあっては『至上の愛』の音楽を楽しむことはできません。日本でもかつて1960年代後半〜70年代前半に、主にたぶん(一部の)ジャズ喫茶界隈を中心に、くりひろげられていたらしいそんな言説は、もはや時代が経過して意味を失ったんですから、2020年にもなっていつまでもそんなことにこだわる必要なんてありませんし、言われてもうっとうしいだけです。

それにそんなことが念頭にあると、音楽をストレートに楽しむことができなくなるでしょう。シンプルに音に耳を傾ければ、コルトレインの『至上の愛』は聴きやすく、ポップで、楽しくて、しかもとてもわかりやすいイージーな作品であることに気がつくはず。大上段に構えたような四曲の曲題なんかはあまり意識せず、楽な気持ちでリラックスして聴いてみましょう。

1曲目「パート1:承認」では、まずカデンツァみたいなイントロ部からはじまりますがそれは短くて、すぐにジミー・ギャリスンの弾くベース・リフが入ってきます。明快なメロディ・パターンを持つこのベース・リフはずっと反復されていて、しかもその音列は、あとになってバンドで合唱する「あ、ら〜ゔ、さぷり〜む」というヴォーカル・コーラス・パートと同じものです。あらかじめかっちり構成されていたことがわかりますね。

「パート1:承認」では、サックスが演奏するテーマみたいなものはなくて、そのベース・パターンの反復の上にすべてが成り立っているという、つまりちょっとマイルズ・デイヴィスの「ソー・ワット」みたいな、あるいはもっと言えばファンク・ミュージックみたいな、つくりなわけです。コルトレインのソロも決して逸脱せず、きっちり整然とした一定範囲のなかにおさまった美しいものですよね。聴いていてリラックスできます。

注目したいのは背後でエルヴィン・ジョーンズが一曲ずっとポリリズムを叩き出していることです。ちょっとラテン〜アフリカ音楽のそれっぽいなと感じますが、オスティナートになっているベース・リフとあわせ、この曲の推進力となり、上に乗るトレインのきれいに整ったソロを支えているんですね。同じ音列であるベース・リフと「あ、ら〜ゔ、さぷり〜む」という合唱のメロディは、とっつきやすく聴きやすい、明快でポップな感じに聴こえるんじゃないでしょうか。

2曲目「パート2:決意」でも、ベースに続きまず出るトレイン吹奏のテーマ部が聴きやすい楽しいメロディじゃないですか。歌えるようなはっきりしたわかりやすいラインです。そのままトレインのソロになだれ込むかと思いきや、今度はマッコイ・タイナーのピアノ・ソロ。これは従来的なモダン・ジャズの範疇から決して出ない常套的なソロ内容だなと思えます。この2曲目でのエルヴィンはわりとおとなしいですね。ビートも4/4拍子のメインストリーマー。二番手でトレインのソロが出ます。1曲目でもそうなんですが、テーマの変奏というに近い内容ですよね。

つまりここまで破壊や逸脱などなにもない、聴きやすい王道ジャズの楽しさがあるっていうわけなんです。最近ぼくがハマっているのは3曲目「パート3:追求」ですね。レコードではここからB面でした。 エルヴィンのテンポ・ルバートのドラムス・ソロからはじまりますからいきなりオッ!と思わせますが、トレインがビートを効かせながら入ってくると、そのままマッコイのピアノ・ソロへとなだれこみます。

そのマッコイのソロ、かなり内容がかなりいいんじゃないでしょうか。右手のアグレッシヴなタッチでぐいぐい攻めています。たぶんこのアルバムで聴けるピアノ・ソロのなかではいちばんの出来ですね。そしてこのことは、続く二番手トレインのソロについてもいえるんですね。アルバム中いちばんすぐれたサックス・ソロで、熱く燃え上がり、ときどき音色もフリーキーになりかけたりなどしながら、かなり攻めています。スケール・アウトせんばかりの勢いの瞬間もあり、そうとうな聴きごたえのあるすばらしいサックス・ソロだなと思います。

そんなマッコイとトレインのぐいぐい乗りまくる熱く激しいソロが聴けるおかげで、最近はこのアルバムで3曲目がいちばん好きになってきましたね。トレインとバンドの情熱をいちばん如実に反映した演奏だと思います。以前は整然とかっちりきれいにまとまったA面のほうが好きでしたけどね。3曲目はトレインのソロ後、テンポがなくなってギャリスンのベース・ソロになっていきます。このアルバムで終始一貫スピリチュアルなムードをぼくが感じるのはギャリスンのベースですね。

そのままピアノ音が入り4曲目「パート4:賛美」になりますが、この最後の曲は終始テンポ・ルバートなんですね。四人ともまるで祈りを捧げているかのような演奏で、はっきり言って定常ビートの効いている音楽のほうが好みなぼくにはピンとこない部分もありますが、トレインの吹奏内容は本当に美しいものです。そう、このアルバム『至上の愛』は全編にわたって美しいのです。そして聴いていて楽しい気分、愉快な気分にひたれます。だからぼくは好きなんですね。

ところで、4曲目最終盤でサックスの音をオーヴァー・ダビングしてあるんじゃないかと聴こえる箇所がちょろっとあるんですが、気のせいですかね?多層的に折り重なっているかのように聴こえる箇所があるでしょう、6:31〜6:38 あたりです。一回性の演奏で不可能な内容でもありませんが、ちょっとみなさん聴きなおしてみてください。

(written 2020.8.9)


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