ブギーポップアンブレラ/雨上がりの恋路5

 レディバードガール。
 それがコードネーム・ペンギン、羽鳥多摩湖の持つ能力だ。
 掌から微弱に出ている電気信号を小鳥のような小さな生き物に打ち込むことによって、一定時間その小動物を操ることが出来るというもので、主な目的は通信機も使えないような極地の環境での連絡手段や偵察活動に用いるというものだ。
 生体波動を操るというのが合成人間としてもっともポピュラーな能力として統和機構内では認知されており、逆に電気を操る能力というのはごく一部の者しか持っていない稀少な力だった。
 統和機構の中で有名な電気使いといえば、スプーキーEと呼ばれる怪人が有名で、彼ともなれば自らが扱う電気信号により人間の記憶や性格すら操れたという。
 それに比べると多摩湖の能力はあからさまな劣化版だった。
「げっへっへ。てめぇみてぇなカスの末端は失敗作と見なされ処分してもよかったんだがな、俺様と似た能力のおかげで生き延びることが出来たんだ。そのこと、俺様によぉく感謝するんだな」
 一度だけ任務で顔を合わせたスプーキーEは下卑た笑みを浮かべて多摩湖にそう言ってきたことがあった。
 風船のように丸く膨らんだ体に棒のように細い手足を持った怪人と自分とが同種と見なされていることに嫌悪感を抱いた多摩湖だったが、なにせスプーキーEの方がはるかに格上の相手だった為になにも言うことなく彼の命令に従うしかなかった。
 しかしそんなスプーキーEにも、そして多摩湖本人にも見抜けなかった彼女の能力の一端があった。
 それは自分自身に危険を省みずに全力で電気信号を叩き込むというものだ。
 得られる効果は身体能力の限界を超越した暴走―――当り前だが望んでそんな危険にノーブレーキで突っ込むことは多摩湖は決してしなかった。
 しかし多摩湖の覚悟を取り込み能力を借り受けていた恋路は、多摩湖の素性も能力の事情も知らないが故に躊躇なくそんな危険な行動に打って出たのだ。
 その結果、肉体は限界を突破しそして偶然にも鼎の前から逃げ出すことには成功した。
「なんつーことするっすか。こんなに大きな騒ぎにして、仕方ねぇっすねー」
 ぶぉぉぉんっ、とバイクのエンジンを吹かせて多摩湖は猛スピードで予備校前の歩道に乗り込んでいた。
 歩道には大の字になって歩道のアスファルトを粉々に粉砕している恋路の姿があった。もちろん彼に意識はないが、六階から落ちそして着地した際に恋路は一瞬意識を取り戻しとっさに受け身は取っていた。
 それは合成人間の体に染みついた生き延びる為の技能だ。多摩湖の覚悟を取り込んでいた恋路はそんな技能に救われ、なんとか一命を取り留めてはいた。
 多摩湖はバイクのスピードを緩ず恋路の元まで走ると、恋路の体を抱き上げ急ブレーキを踏むとバイクをターンさせた。
 その際に、多摩湖はちらりと予備校の校舎を見上げた。
 六階の一角、壊された窓から鼎が多摩湖のことを見下ろしている。
 多摩湖はレディバードガールの能力で操った極小サイズのカメラを装着したスズメを介してカウンセリングルームで起きた鼎と恋路のやりとりはしっかりと把握していた。
「ま、しばらくは大人しくしてるっすよ鼎ちゃん」
 エンジンの爆音で聞こえないだろうが多摩湖はそう忠告してからフルスロットルでバイクを発進させた。
 その時には鼎はすでに窓際に立ってはいない。
 自分を狙う者達が居る―――そう思い込んだ鼎は、彼らがどれほど強大な組織だとしても一瞬にして殲滅する為の兵器を用意しようと動きだそうとしていた。
 それこそが自分の正義を守り抜く術だと信じて、そして折枝鼎が手を伸ばす。
 兵器の名は―――ロックボトム。
 人智無力の災厄の苗は大地を崩壊させる根を伸ばす日をどこかで待ち続けていた。


つづく

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