YUMIKOの映画玉手箱 04 映画の中の老人像・その2
前回に続いて、もう一度素敵なシニアの映画を紹介させてください。
いえ、ヘミングウェイ原作の映画「老人と海」じゃあないんです。あれもすばらしいけれど、こちらはもっと新しい、「ビル・カニンガム&ニューヨーク」(2010年)というドキュメンタリーです。
カニンガム氏(ビル)は1929年生まれ、撮影当時81歳の現役カメラマン。
それも大新聞ニューヨーク・タイムズ紙のファッション担当。
取材はすべて自転車で、ニューヨーク中を走り回ってストリート・ファッションからセレブ向けのファッションショーまで最先端のNYファッションをカバーするのです。
映画が日本公開(2013年)の折りには、そのかっこよさに息を飲みましたね。
すらりと長身に仕事着の青いジャケット(フランスの清掃人の制服をもらったんだって)を引っ掛け、マンハッタンのビルの谷間をすいすいと駆け抜ける。
いい被写体を見つけると、つと止まりサドルにまたがったままシャッターを切る。まるで、ジャングルでしなやかな豹が獲物を素早く仕留めるみたいに。
相手は有名無名、老若男女、人種国籍、貧富、性別、肌の色も何も問わない。
問題は、ファッションがイケてるかどうかだけ。でも、ビルは豹と違って、素顔はとても気さくで優しいおじいさんなんです。
撮った写真は、次の日曜版のファッションページ「路上にて(On the Street)」に掲載される。1960年代から続けてるというから、撮り溜めた写真はそのままNYファッション50年史ですね。
私も現役時代に(あ、私、記者時代にファション担当したことがあるんですよ)、NYタイムズのファッションページで街角のティーンエイジャーたちがパンツをずらして腰骨に引っ掛けて履いている写真を見たことがありました。で、へーっこれがNYファッションなの?ってにやりとしてたら、すぐに日本でも男の子たちが落っこちそうなアヤウイパンツの履き方をし始めましたね。流行の伝わるのは早いな、と驚きました。そして、消えるのも。いま、だれもそんなヘンな履き方してる子はいないものね。
この映画は、名前と作品の知名度は抜群なのに素顔は長年ナゾであったビルの知られざる私生活や仕事ぶりを初めて明らかにした作品です。
本人を説得するのに8年、撮影と編集に2年と合計10年がかりで完成させたといいます。
機嫌よく仕事してるのに、カメラに密着されて私生活まで暴かれて、本人は迷惑だったかもしれない。いや、きっとそうよ。だって、ビルは撮る人で、撮られる人ではないし、今さら世間に知られて有名になる必要はないのですから。でも、心優しいビルはぎりぎりまで撮影に協力したことでしょう。見ていて、それが分かります。
そして、この映画を頑張って撮った監督に感謝です。ビルの生き方を通して考える人生の歓びと幸せ…。
ビルは、昼間は路上のファッション、夜はどんな豪華なパーティーでも仕事に徹して、ご馳走はおろか水一杯も口にしない。食事は仕事の合間にファーストフードで済ませ、コーヒーは「安ければ安い程おいしい」と質素。
どこに住んでいるかというと、これがかの有名な音楽の殿堂「カーネギーホール」いや、その上階にあるアパートの小さな部屋に一人暮らし。台所もなく、簡易ベッドの他は自作の全ネガを収めたキャビネットで部屋はいっぱい。仕事に必要な洋服数枚はハンガーでキャビネットに引っ掛けてある。
「これが僕のクローゼットだよ」。健康には気を付けている、とも。
ボストン生まれのハーバード大中退。兵役後NYに出て、帽子デザイナーや新聞雑誌の記者などを経て、フリーで写真を撮り始めます。
1978年に伝説の女優グレタ・ガルボの写真を街角で撮って一躍注目され、以来亡くなるまでニューヨーク・タイムズ紙の写真記者でした。
2008年、仏政府から叙勲された時に「写真は仕事ではなく、喜びです。私は働いていません、好きなことをしているだけです」との言葉を残しています。
2016年12月に脳溢血で倒れ、2日後に死去。家族は持たなかったのですが、多くの友人と好きな“仕事”に恵まれ、最後まで現役のまま87年の生涯を全うしたのです。これも見事な人生ですね!
もう1本は、イギリス映画「ラヴェンダーの咲く庭で」(2004年)です。
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