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LEONIEとマイレオニーの旅23

アメリカロケ、ふたつの思い出

雨が多いと言われたニューオリンズの4週間にわたるロケの間「監督は晴れ女」の面目躍如で雨天の日はたった一日しかなかった。さして大きな問題もなく、順調に進んだアメリカ撮影のなかで「そうだった、そんなこともあったなぁ」とほろ苦い気持ちで思い出すことが二つある。
その二つは、どちらも撮影14日目に起きたことだった。

監督のこだわりとわがままは紙一重

映画を観た人には思い出してもらえるかもしれない。
医者から妊娠を告げられたレオニーが、自分への祝いのために百合の花を買って、ヨネの待つアパートに帰る道を歩くシーン。
朝のワンカット目を撮るための準備が始まったとき、レオニーが腕に抱えた花束を見て仰天した。
何日か前にした美術打ち合わせで「百合は白い大輪のカサブランカ」と伝えていたのに、彼女が手に抱えていたのは「オレンジ色の小ぶりな山百合」の花束だったからだ。
「この色ではだめよ!どうしてお願いした白じゃないの?」
いつになく刺々しい声で訊ねる私に、
「だったら、これは?これではあまりにもみすぼらしいと思ったんだ」
と、プロダクション・デザイナーのジャイルスが、私の目の前に差し出した数本の花は、確かに白百合だったものの、あまりにもショボかった。
「たぶん季節の問題だと思う。今はどの花屋に行ってもこんなものしかなくて…」いつもは自信に満ちたジャイルスの言葉が、その日ばかりは歯切れが悪い。
彼の口ぶりに、花を買いに行った部下をかばっているのだということがわかった。4月のニューオリンズには、本当に白のカサブランカはないのだろうか…?
でも日本では一年中、どんな花屋でも売っているではないか。誰も町じゅうを歩いて探してはくれなかったんだ……と思ううち私のなかで不信感が膨らんでいった。

現場を気まずい支配するなか、ジリジリと、時間だけが過ぎていく。
やがて、自分でもこれが監督のクリエイティビティに関わるこだわりなのか、単なる我儘で意地を張っているだけなのかが、わからなくなっていく。
と、ファーストADのエドが、
「そのカットは後に回して、別のシーンを撮ることにしよう!」
と、明るい声で助け舟を出してくれ、皆に撮影カットの順番の変更が伝えられる。そのときの、ジャイルスと私の押し問答が終わった直後の二人の姿をスチールマンが撮った写真が残っている。

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こういう時の監督は孤独だ。自分のこだわりをチームの皆がどれだけ理解してくれているのかがわからなくなってくると、監督の不信感は早いスピードで伝わっていき、一気に現場の空気が悪くなる。
「さあ、始めよう!」
私は気を取り直して叫ぶと、エドを相手に急遽撮ることになった別カットの説明を始めた。

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そして2時間後、新たにいくつかのカットを取り終えて再開されたシーンが、冒頭のカバー写真にあるカットである。
レオニーは私のコンテ通り、ほぼ白い百合でつくられた花束を持っている。
皆が別カットを撮っている時間に、美術スタッフたちが町の花屋を探し歩いて、白のカサブランカを見つけてきてくれたのだろう。
その花束は、完璧に私のイメージ通りとは言えなかったけれど、私は気を取り直してジャイルスに、
「ありがとう!この短時間でよく見つけられたわね」
笑顔で言うと、先ほどまで消えかかっていた監督とクルーたちとの信頼の灯が再びともり、皆のなかにひろがっていくのだった。

大勢の人間が集まってひとつものをつくるとき、現場の一体感を維持するというのは何大抵なことでない。彼らの用意した花を気に入ってなくても「ま、いいか」と流してしまえば、クルーたちは「監督のこだわり」を簡単に安く見積もってしまい、クリエイティビティの純度はどんどん崩れていく。監督は、ときに気まずくなっても、頑として譲らない姿勢を見せなくてはならない場合もあるのだ。
逆に、白のカサブランカが目の前にあらわれたとき、
「この季節は、町の何処を歩いてもカサブランカはなかった」と言ったジャイルスの前言は、言い訳のための「嘘だったのね?」と責めるよりも、彼らが短時間のあいだにしてくれた努力のほうに目を向け、屈託なく、その努力への感謝を伝えなければならない。
監督の仕事においてはそんなことがつきものだったが、アメリカの現場でそのようなすれ違いが尾を引くことはなく、私たちは再び戻った和やかさのなかで、午前中の撮影を終えることができたのだった。

その午後、日本の助監督がやってきた

ニューオリンズでの撮影が終わると、カリフォルニア・サンタバーバラの撮影を経て、プロダクションは日本シーンを撮るため、いよいよ日本に移動する。
その日も間近に迫って、日本ではもうプロデューサーの永井さんに集められた優秀なスタッフたちが準備を始めてくれている筈だった。
今回の作品が、アメリカと日本で別々のチーム編成で撮られると決まっていても、一本の映画なのだから、せめて日本のチーフ助監督にはアメリカの現場を見ておいて欲しい。私にはそんな願いがあったので、日本の助監督のFさんがアメリカ撮影14日目のその日、ニューオリンズの現場に到着し、皆で彼を歓迎した。
Fさんは、アメリカを発つ前に何人もの助監督と会って、いちばん信頼できそうな人と思い選んだ人だったし、自分の映画作品の監督をした経験もあるFさんにとって、アメリカの現場を直接見るのは貴重な経験になるだろうと思ったし、また彼との久しぶりの再会が嬉しかった。

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