稲木紫織のアート・コラム ”Arts & Contemporary" Vol.2

2016年5月21日、松井久子監督『不思議なクニの憲法』初日

　2020年5月21日、松井監督のお誕生日、このnoteはオープンしたが、4年前の同日は、松井監督の5作目の映画『不思議なクニの憲法』が、渋谷シネパレスで初日を迎えた日だった。あれから、日本のみならず、世界各地で上映されているけれど、当日の記録が残っているので、僭越ながら、初上映の時に感じたことをお伝えさせていただきたい。

　イサムノグチの母を描いた第3作の日米合作映画『レオニー』(2010)で世界に躍り出た監督は、燃え尽きてしまい、｢映画製作は、もうこれが最後｣と語っておられたのだが、その後、日本のウィメンズ・リベレーションの軌跡を描いたドキュメンタリー映画『何を怖れる』(2015)を製作。そして、この5作目は憲法についてのドキュメンタリー映画。燃え尽きるどころか、炎はますます燃え盛っていたのである。

　とはいえ、タイトルからして、お勉強チックで説教臭い映画かと思ったら、とんでもなくおもしろい。ノンポリを気取っていた私は、ガツンとカウンターパンチを喰らった気分だった。こういうネタで、こんなにエンタテインメントとは！

　まず、変なバイアスがかかっていないのがいい。特定の党派や思想に偏らず、多様な意見がシャープなインタビューでテンポよく編まれていく。見終わると、小粋なミステリーでも見たような爽快感がある。それでいて、今まで恥ずかしくて誰にも聞けなかった日本の現状が把握できる。

　｢ギャルは、政治に参加しちゃいけないんですか？｣と、マイクに向かうフリーターの高塚愛鳥さんは、デモに行くというと、友人たちから｢私は行けないけど、がんばってね！｣と言われるという。｢がんばってじゃない。自分のことなのに｣と高塚さん。このあたりから、グイグイ引き込まれていく。

　制服向上委員会の齋藤優里彩さんは、｢原発反対｣といった、発言の中身に対してではなく、｢子供のくせに｣、｢アイドルがなぜ｣ということばかり批判されるのが解せない、という。｢『原発は必要』という反対意見を言われるのなら、まだ議論の余地はあるのに｣と、ヴォルテールも真っ青な19歳。自分とは違った意見にも、尊厳を持って耳を傾ける姿勢に頭が下がる。人間として、至極真っ当なのである。

　｢政治は特別なものでなく、生活に根差したもの。恋愛や仕事のように、普通に話題にすることだと思う｣というYouth Create の原田謙介さんは、｢SEALDsなど、若者が政治に参画し始めた、とメディアが書き立てたことで、逆に多くの若者が政治から離れた｣と語る。政治の話って長らくタブ—だったのではないか。しかし、なぜタブーなのだろう。なぜ、そう思うのだろう。彼の意見こそ、とても自然ではないか。

　印象的な人物ばかり登場するのだが、というふうに思えるのは、監督のインタビューの上手さと編集のハサミ捌き故なのだけれど、強烈なインパクトを受けたのは、吉祥寺のジャズバーMegでトランペットを吹く合間に、｢PKOがジブチに基地を作ったことは、戦わずして、日本もアメリカと同じ戦闘態勢だと世界から思われること｣と語る、紛争解決請負人の伊勢崎賢治さん。彼もこの後、瞬く間に著名になられたが、この時、私はまだ、彼のことをよく知らなかった。映画鑑賞後、監督とMegへ伊勢崎さんのライブを聴きに行ったが、演奏の合間に語られる「ある少年兵がね」といったトークは、彼の凄絶なキャリアとパッショネイトなトランペットの狭間で、不思議なリアリティを醸し出していた。

　オランダ人ジャーナリストで政治学者のカレル・ヴァン・ウォルフレン氏が、｢安倍首相の訪米でもわかるように、日本はアメリカで対等に扱われていない。でも、日本人はそのことを知ろうとしない。そこに気づいたなら、政治的エネルギーになるんじゃないか｣という言葉が耳に刺さるし、｢戦争になれば真っ先に殺されるんですよ。役に立たないから｣という、身障者でピアカウンセラーの安積遊歩さんと、｢でも、明るいほうを見ていきたい｣と語った、学生の宇宙さん母娘の言葉もダイレクトに響く。

　さらに、瀬戸内寂聴さんをはじめ、｢安保関連法案に反対するママの会｣を主宰する主婦の辻仁美さん、自らも育児中で、母親たちに「憲法カフェ」を催し、レクチャーし続ける弁護士の竪十萌子さん、12条、13条などの素晴らしさを伝える憲法の本を上梓した主婦の水野スウさん、元文部大臣・赤松良子さん、そして憲法学者らのリアルなインタビューが、等身大に迫ってきてワクワクする。

　4年前、危機的状況を憂慮し、参院選までに間に合わせて製作した、松井監督の熱意と創意に感涙した。　機会をみつけ、観ていただいてはいかがだろうか。
目からウロコの憲法体験をお約束する。