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映画をつくる 06 新藤兼人監督にシナリオを依頼する

そのとき自民党の副総理という要職にあった故小渕恵三氏、後に内閣副官房長官になられる古川貞二郎氏、介護保険制度を設計中の厚労省の人びと、そして長寿科学振興財団の方々と、いくつもの幸運な出会いの連鎖で、映画づくりの最大の関門である資金調達の目処は立った。
次にプロデューサーの私がすることは、シナリオをどうするかだった。
もちろん半年前にシナリオハンティングの旅から戻ってすぐに書き始めたシナリオは出来上がっている。が、「映画の良し悪しはシナリオで決まる」とは誰もが言うことだ。お金がないという理由で自分が書いたシナリオが、はじめての映画でいきなり通用するとは思えなかった。ここは資金ができたのだからプロのシナリオライターに、仕事として依頼すべきではないか?
自分のシナリオを捨てるのに迷いはなかった。
でもこの作品にふさわしい、とびきっきりのシナリオライターって、いったい誰?

提示されたシナリオ料は、1000万円

1995年秋ー。
まるで何かを暗示するかのように、「老いと死」を題材にした映画が岩波ホールで公開され、評判になっていた。
新藤兼人監督の『午後の遺言状』である。
前年の暮に、監督の愛妻・乙羽信子さんが亡くなったこともあって、杉村春子さんとともに主役を演じた乙羽さんの遺作が予想外の注目を集めていたのである。

もし新藤監督が『寂寥郊野』のシナリオを書いてくださったら、きっと素晴らしい老夫婦の愛の物語の映画ができるだろうし、これまで私の話に全く関心を示さなかった映画界の人たちも、こっちを向いてくれるかもしれない。
そう考えて、早速、監督のご子息である近代映画協会の新藤次郎社長に電話をかけ、新藤監督にシナリオを書いてもらえないかと相談をした。
実績がものを言うこの世界で、もう10年もTVドラマをつくってきた私からの脚本依頼は、さして特別なことではない筈だった。
ところが、私の依頼が映画のシナリオと聞くと、はじめはにこやかだった次郎氏の声が変わったのだ。
「映画か…。だったら、うちは高いよ」と、突然素っ気ない言い方である。
「お金はあります」私は怯まず言って、更に「いくらですか?」とたたみかける。
「1000万」

確かに、TVドラマの脚本料の3倍以上と聞けば、安い額ではない。
新藤氏にしてみれば、これまで映画を作ったことのない私に1000万円のシナリオ料が払える資金があるなど、信じられない話だったにちがいない。
また、自分が監督する映画でない場合は、その道の第一人者としてシナリオ料の額こそが、監督のプライドを満たす基準なのだという説明も、納得のいく話だった。

「払えます。ぜひお願いします」
「ほんとに?大丈夫なの?」
「大丈夫です」
「わかった。だったら原作を読ませるから届けて」

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