恋の歌百首

 以前朝日の日曜版に連載されていた、俵万智さんの「あなたと読む恋の歌百首」。ぼくは毎週楽しみにしていましたが、数年前に単行本として出版され、この度はいよいよ文庫本になりましたね。

 解説で野田秀樹さんも指摘されるように、本当に良いんですよ、歌を選ぶセンスが。ふだん短歌に縁のないぼくのような人間でも、ぐいっと惹き付けられる歌が百(と一首)。なかでも日曜版で読んだ時から頭を離れなかったのが北原白秋の歌です。

君かへす朝の鋪石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ

 メルヘンのようでもあるけれど、実は「君」と言うのは不倫の相手。当時のことですから、白秋は「君」の夫から姦通罪で訴えられ、この歌の発表時には拘置所の中にいたのだそうです。

 誰です? 懲りないヤツ! なんて言うのは。この際生真面目な裁判官のまなざしはきっぱりと捨て去って、万智ちゃんの解説に耳を傾けましょうよ。

 背景にある現実は、非常にどろどろしたものだが、それがこんなに透明な世界へと歌いあげられていることにまた、感動を覚えずにはいられない作品だ。現実は濾過されて、ここには純粋な心のしずくだけがある。(俵万智『あなたと読む恋の歌百首』、朝日文庫、107頁)(2001.04.18)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?