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がんと『血栓』

『血栓』という言葉をご存知でしょうか?
最近はちょっと小難しい医学用語であっても、テレビの情報番組などで解説されていたりしますので、このような単語も聞いたことがある方も多いのかもしれません。

人間の身体の中は隅々まで血管が張り巡らされております。
もちろん、その中には「血液」が流れており、酸素や栄養を身体中に運んでいるわけです。
「血液」は血管の中では基本的に液体ですが、傷などから出血した場合には固まって、いわゆる「かさぶた」になったりするのはご存知の通りです。
この血管の中では液体で、血管の外に出ると固体になるという機能が何らかの原因でうまく働かず、血管の中で血液が固まってしまったものが『血栓』です。

一般の方(がんではない方)で血栓ができてしまう原因としては、「血液ドロドロ」状態というのを聞いたことがあるかと思いますが、食べ過ぎや飲み過ぎ、運動不足、さらにはストレスなどが原因でなるとされています。
このような生活習慣の乱れがあっても、短期間であれば問題ないことが多いのですが、長く続くと血栓ができやすい状況になっていってしまいます。

血管には動脈と静脈があり、どちらにも血栓ができますが、がん患者さんの場合は静脈に血栓ができることが多いとされています。
(動脈血栓塞栓症1.5~5.2%に対して、静脈血栓塞栓症は10~20%)
さらにがん患者さんの場合、一般の方に比べて7倍もこの静脈血栓塞栓症になりやすいとされています。

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▼なぜ、がん患者さんで血栓ができやすくなるのか?
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いろいろな要因が関与していると考えられています。
がん患者さんは高齢者であることが多く、ベースに動脈硬化を含めた血管系のダメージが蓄積しているなどのため、そもそも血栓ができやすい傾向になります。
つまり、高齢であること自体がリスクになっているということです。
また、抗がん剤でだるかったりすると、長時間座っていたり、横になっていることが増えます。そのようにして活動性が低下してしまうと血栓ができやすくなります。
がんの手術を受けたり、入院すること自体が活動性を低下させる要因となってしまうこともあります。
また、抗がん剤も血管を傷つけたりすることで血栓ができやすくなったりしますし、分子標的治療薬の中で血管新生阻害剤と呼ばれるものは特に、副作用として血栓ができやすくなったりするものもあります。
このように、がん患者さんは血栓になりやすい環境に元々いるということもありますが、それだけでは7倍もなりやすくはなったりしないでしょう。

がん患者さんで血栓症が多いのはやはり、がん細胞そのものが血栓を作るようにいろいろなことをやっているから、と考えられています。
炎症を起こしたり、低酸素状態にしたり、サイトカインという物質を放出したり、がんのやることなすこと全てが血栓を作りやすくしているように思えます。

各種がんの中でも、特に胃がんと膵がんは血栓症になるリスクが高いとされていますし、ついで肺がん、リンパ腫、婦人科がん、膀胱がんなども血栓症のリスクが比較的高いとされています。

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▼血栓症の症状
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動脈が血栓で閉塞すると急で激烈な症状が出現します。
つまる動脈の部位にもよりますが、脳の血管がつまれば脳梗塞、心臓の血管がつまれば心筋梗塞となります。
脳梗塞が起こってしまうと、急に手足にマヒが出てしまったりします。
心筋梗塞が起こってしまうと、急に胸が苦しくなったりします。
この動脈血栓症のリスクも、がん患者さんの場合一般の方に比べて約2倍起こしやすくなると言われていますが、調査ではがん患者さんの1~数%とされています。

動脈血栓症よりもずっと起こしやすいのが、静脈血栓塞栓症です。
がん患者さんの10~20%くらいに起こるとされています。
こちらは症状が穏やかで、はっきりとした自覚症状(自分で感じる症状)がないまま、がん自体の検査として実施されたCT検査などで偶然発見されることも多々あります。
足の静脈にできることが多いので、足がむくんだり、痛くなったりを契機に血栓症が疑われて発覚する場合もありますが、これらの症状は血栓以外でも起こりえるので、症状があるから血栓という訳でないことに注意が必要です。
静脈内にできた血栓は、時にその場所を離れて、血流にのって肺に移動し、肺の血管につまってしまうこともあります。これは「肺塞栓」と呼ばれるもので、血栓が大きいものの場合には最悪死亡する危険もあります。
この「肺塞栓」はエコノミークラス症候群としてや、震災時などに車内で生活していた方などで起こったことで有名になっていますので、ご存知の方も多いかもしれません。
最近では、先に血栓が見つかって、さらに詳しく調べていったら「がん」が見つかったというケースも散見されるようになりました。
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▼静脈血栓症の治療
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静脈血栓は見つけた時点で、血栓を溶かすクスリで治療します。
以前は(2017年版のガイドラインでも)ヘパリンという注射剤での治療が推奨となっており、入院での治療が必要でした。
ヘパリンで血栓を小さくなった後は、再燃予防にワーファリンという飲み薬を飲んでいただいていました。
ワーファリンは、納豆を食べると効果が減弱してしまうので、納豆が食べられなくなってしまったり、5-FU系の抗がん剤との相性が悪く、一緒に使用すると急にコントロールが乱れたりして、とても苦労した経験があります。
近年、直接経口抗凝固薬(DOAC)と呼ばれる、納豆禁止などの食事制限は不要で、抗がん剤との相性も悪くないタイプの薬剤が開発されました。
まだガイドラインでは強く推奨はされていないものの、がん患者さんの静脈血栓症でもエビデンスが蓄積されてきており、実際に使用してみると小さな血栓であれば外来で内服してもらうだけで制御可能な症例も多々経験されますので、多くの施設でDOACが使用されるようになってきているのではないかと思っています。

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▼治療法はあるけど、ならないようにした方がいいよね
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とはいえ、血栓症にならないに越したことはありません。
『血栓』ができやすい状況で、がん患者さん自身でコントロールが可能なことは、ストレスと活動性低下だと思います(暴飲暴食はがん患者さんはしませんよね?)。
「ストレスなんてすぐに改善できないよ!」と思われるかもしれませんが、そもそもストレス環境下では「がん」そのものにもなりやすくなるとされています。
「がん」が発覚した時点で、ストレスが原因かもなぁ~って思われる方は、そのままストレスフルな生活を続けているとせっかく治したがんがまた悪くなってしまうかもしれません。
「がん」になってしまったことは残念ですが、この機会に生活を根本から見直してもいいのかもしれませんね。
活動性の低下は、油断するとすぐに陥ってしまう可能性があります。
入院してやることもないし・・って気がつくと一日の大半をベッド上で過ごしてしまったり
手術の傷が痛んだり、抗がん剤でだるいからとの理由で、身の回りのことも含めて家族にお願いしてやってもらってしまったり
何となく調子が優れないから
雨降っているから
などなど
活動性は低下するのは簡単ですが、上げるのは大変です(僕もですけど)。
だるいと思っても、動いてみると逆に気分が晴れたりすることも多いようですので、まずは動いてみてみることをお勧めしたいです。

『血栓』ができにくい生活は、いわゆる健康的な生活なんだと思います。
「がん」でも健康的な生活はおくることができると思っています。
日々少しずつ健康を取り戻していきましょう。

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