【連作童話 ちかちゃんのこと】1.ちかちゃんの右の上のおくば

 わたし、ちかちゃんの 右の 上の おくばです。
 すきなことは、こんにゃく ぐにぐに かむことと、メロンあじの はみがきこで しゃかしゃか はみがき されること。
 だけど さいきん、ちかちゃんの はみがきは メロンあじじゃ ない。
 なんでかっていうと、このまえ こんなことが あったから。

 このまえの にちよう日、ちかちゃんは おとうさんと いっしょに、きんじょの スーパーマーケットに いった。
 どうしてかっていうと、その日の あさ、ちかちゃんの メロンあじの はみがきこが なくなっちゃったから。
 おとうさんが ゆうはんの おさしみを えらんでいる あいだいに、ちかちゃんは にちようひんコーナーに いった。それから、メロンあじの はみがきこを ひょいって つかもうとした。
 そしたらね、
「バナナあじ! バナナあじが いい!」
って、ちかちゃんの 口から こえが した。
 でも、これは ちかちゃんの こえじゃ ない。
 ちかちゃんの 左の 下の まえばが さけんだの。
「えー、バナナあじが いいの?」
 ちかちゃんは びっくりして きいた。
「そう、あたし バナナあじが いい」
って、左の 下の まえば。
 わたしは 右の 上の おくから、あわてて いった。
「だめ、だめ。ちかちゃんは いっつも メロンあじなんだから」
 でも、左の 下の まえばは、
「バナナあじ! バナナあじ!」
って、やめない。
「だめ、メロンあじ!」
「やだ、バナナあじ! ぜったい バナナあじ! あたし、いっしょうに いちどで いいから バナナあじの はみがきこで はみがき されてみたいの! さいきん、あたし ぐらぐらしてきて、もう ぬけちゃいそうなのー」
 左の 下の まえばは、めそめそ めそめそ なきだした。
 わたしは「あー、めんどうくさい」って、こころの 中で つぶやいた。いくら ないても、だめな ものは だめなんだから。
 でも、ほかの はたちは ちがった。
「まぁ、いいじゃない」
「こんかいは バナナあじで」
「たまには きぶんてんかんも ひつようよ」
なんて いいだした。
 そうして とうとう ちかちゃんまで、
「いいよ。じゃあ、バナナあじに する」
って、バナナあじの はみがきこを ひょいっと とって、おとうさんの かいものかごに いれちゃった。
 あーあ。

 そんなわけで、ちかちゃんの はみがきは、さいきん ずっと バナナあじ。
 左の 下の まえばは すっかり きにいって、
「あたし、もうしばらく ちかちゃんの 口に いることにする」
って、ぜんぜん ぬけようと しないんです。

連作童話『ちかちゃんのこと』の1話目です。
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