【連作童話 ちかちゃんのこと】4.ちかちゃんとかたつむり

「あ、なめくじ」
 こえがして、わしは めが さめた。
 あじさいの はの すきまから、おんなのこが わしの ほうを じーっと のぞきこんでおる。
 わしは しょっかくを ゆらゆら させて、じぶんが ねておった あじさいの はの うえを みまわした。
 じゃが、なめくじは おらん。わししか おらん。
「おい、なめくじは どこじゃ」
 たずねると、おんなのこは わしを まっすぐ ゆびさした。
「ここ」
 わしは たまげた。
「おい、おまえ なにを いっとるんじゃ」
「おまえじゃないよ。ちかだよ」
「よし、ちかだな」
 わしは きを とりなおした。
「いいか、ちか」
「うん」
「わしは なめくじでは ない。かたつむりじゃ」
 わしは ちからづよく そういうと、しょっかくを ぴんと のばした。
「んー、でも、かたつむりには からが あるよ」
 ちかは なにやら ふしぎそうに くびを かしげた。
「そうじゃ、からじゃ」
 わしは とりあえず うなずいた。
「なめくじとは ちがって、かたつむりには りっぱな からが――」
 そこまで いって、わしは ハッとした。
 どうも せなかが スースーしておる。
「ま、まさか!」
 わしが さけぶと、ちかは こくりと うなずいた。そして、わしを ひゅいと つかんで、うんどうじょうの みずたまりの ふちに おろした。
 わしは おそるおそる じぶんの すがたを みずたまりに うつしてみた。
「なんと!」
 わしは たまげた。
「ない! からが ない!」
 せなかに のっておったはずの、むらさきいろに うつくしく かがやく からが、きれい さっぱり きえておる。
「ね、だから なめくじでしょ」
 ちかは わしの そばに しゃがみこんだ。
「いや、かたつむりじゃ」
 わしは だんこ うったえた。
「じゃあ、からは どこなの?」
「うーむ、それは……」
 わしは しょっかくを ゆらゆらさせて かんがえた。
 ゆらゆら……
 ゆらゆら……
 ゆらゆら……
 ああ、さっぱり わからん。
 と、ちかが、きゅうに くちを ひらき、こんな ことを いいだした。
「そうだ、せんせいがね、なくしものを さがすときは、なくしものを さいごに みた ばしょを おもいだせば いいって いってたよ」
「うーむ、なるほど、さいごに みた ばしょか……」
 わしは うなった。
 その せんせいは、なかなか いいことを いうではないか。
 わしは ふたたび しょっかくを ゆらゆら させた。
 ゆらゆら……
 ゆらゆら……
 ゆらゆら……
「おお、そうじゃ」
 わしは はたと おもいだした。
「たしか、さっき ゆめの なかで、わしは むらさきいろに うつくしく かがやく からを せおって、ながいながい みちを ゆうゆうと すすんでおった。そうじゃ、わしが さいごに からを みた ばしょは、ゆめの なかじゃ」
「へー、じゃあ、ゆめの なかで なくしたのかな」
 ちかは めを まるくした。
「うむ、そうじゃ! きっと そうじゃ!」
 わしが ちからづよく さけんだ そのときじゃ。
「あっ、ちかちゃん」
 こえが して、べつの おんなのこが こうしゃの ほうから かけよってきた。
「あっ、りこちゃん!」
 ちかは はねるように たちあがった。
「ちかちゃん、なにしてるの?」
「からを なくした かたつむりと はなしてるの」
「えー、これ なめくじだよ。それより、いっしょに かえろ」
「うん、かえる!」
 ちかは そういうなり、わしを また ひゅいと つかんで、あじさいの はの うえに もどした。
「なくした から、みつかると いいね」
 そういって、わしに てを ふると、おんなのこと いっしょに ランドセルを ゆらしながら かえっていった。

「そうか、わしは ゆめの なかで、からを なくしたのか……」
 わしは あじさいの はの うえで、つぶやいた。
 はの まわりには、むらさきいろの あじさいの はなが、うつくしく さきほこっておる。
 その うつくしき むらさきいろに かこまれておるうちに、わしは だんだん ぼーっとしてきた。
「よし……さがしにいくとするか……」
 しょっかくを すっと しまい、わしは ふたたび ねむりに ついた。

連作童話『ちかちゃんのこと』の4話目です。
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