【連作童話 ちかちゃんのこと】3.ちかちゃんのえんぴつ

 ちかちゃんは、ときどき じぶんの なまえを まちがえる。「ちか」の 「ち」の じを、「さ」って さかさまに かいてしまう。これじゃ、「ちかちゃん」じゃなくて、「さかちゃん」だ。
 その日も、しゅくだいの さんすうの プリントに、「さか」って なまえを かいていた。だから、ぼくは、
「おーい、さかちゃんに なってるよー」
 って、おしえてあげた。
 え? ぼくが だれかって? おっと、ごあいさつが おくれました。ぼくは ちかちゃんの えんぴつです。ちかちゃんが まいにち つかっているから、ひび じゅんちょうに みじかくなっています。
 さて、それじゃあ、ちかちゃんの はなしに もどろうか。
 えーっと、そのあと ちかちゃんは、
「あーあ、また さかさまだ」
 って、「さ」の じを、けしゴムで けそうとした。
 でも、けしゴムったら いじわるなんだ。
「おれは、ちかちゃんの けしゴムで、さかちゃんの けしゴムじゃないんだぞ」
 なんて いうんだよ。
 おまけに、ものさしや ほかの えんぴつたちまで、ふでばこの 中で こんな ふうに さわぐんだ。
「さーかさーま さーかちゃん!」
「さーかさーま さーかちゃん!」
 そしたらね・・・・・・、ちかちゃんは くちを キュッと とじて うつむいた。それから、きゅうに かおを まっかにして、おおごえで なきだしちゃった。
「わーん! うわーん! 『さか』じゃないもん、『ちか』だもん!
 わーん! うわーん! 『さか』じゃないもん、『ちか』だもん!」
 そうしているうちに、ちかちゃんの 手が あつくなって、だんだん あせで ぬめぬめしてきた。ぼくは ちかちゃんの 手から、つくえの 上に すべりおちてしまった。
 けしゴムや、ものさしや、ほかの えんぴつたちは、いつのまにか シーンとしている。
「わーん、うわーん!」
 ちかちゃんの なみだが、ぼくの 上に ぼとぼと ふってくる。えんぴつけずりで けずった ところから、からだの 中に しみこんでくる。
「ぐすっ、ぐすっ・・・・・・」
 なぜか ぼくまで かなしくなってきて、なみだが こぼれそうなのを ぐっと がまんしていると、
「あのね、あのね」
 ふでばこの 中から、ちいさな こえが して、ぼくより ずっと みじかい、えんぴつが ひょこっり でてきた。
「わたしね、『ちか』って かくのも すきだけど、『さか』って かくのも すき。なまえが 二つも あるみたいで おもしろいもん」
 みじかい えんぴつは そういうと、けずっていない おしりの ほうで、ちかちゃんの 手を くすぐるみたいに、「ちか」「さか」「ちか」「さか」って くりかえし かきだした。
 そしたらね・・・・・・、ちかちゃんの からだが ぴくって ふるえた。
 なきごえが すこし 小さくなった。
 ぼくは ハッとして、みじかい えんぴつみたいに、「ちか」「さか」って くすぐってみた。
「ふふっ」
 ちかちゃんは、ちょっぴり わらった。
 けしゴムや、ものさしや、ほかの えんぴつたちも あつまってきた。
「ちーかちゃん!」
「とーきどーき、さーかちゃんだー!」
「ちーかちゃん!」
「とーきどーき、さかちゃんだー!」
 さけびながら、みんなで こしょこしょ こしょこしょ くすぐった。
 ああ、そうしたらね・・・・・・、ちかちゃんは とうとう ケラケラって わらいだして、ぼくは すごく ほっとした。

 でも、つぎの日 ちかちゃんは、うっかり「さか」って かいたまま、さんすうの プリントを だしてしまった。
「ちかさん、『ち』が『さ』に なってますよ」
 先生の ことばに、ぼくは ドキッとした。ちかちゃんが、また ないちゃうんじゃないかと おもってさ。
 だけど、ちかちゃんは へいきな かおを して、
「はーい!」
って、げんきに へんじを すると、ぼくを しっかり にぎって、「ちか」って かきなおしたんだよ。
 あー、よかった。

連作童話『ちかちゃんのこと』の3話目です。
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