【連作童話 ちかちゃんのこと】2.ちかちゃんのきいろいトレーナー

 あたし ちかちゃんの トレーナー。ちかちゃんの おきにいりの きいろい トレーナー。
 きのうも ちかちゃんは、あたしを きて 一日じゅう あそんだ。だから、うんと よごれてしまった。
 でも、だいじょうぶ。ちかちゃんの おかあさんが、きょうの あさ、ごしごし せんたくしてくれたから。
 よーし、しっかり かわいて、また ちかちゃんと あそぼっと。
 ものほしで、かぜに ゆらゆら ゆれていたら、きゅうに おかあさんが こう いった。
「そういえば、このごろ ちかが 大きくなって、そでの ながさが たらないのよね。あたらしい トレーナー かおうかしら」
 あたしは びっくりして さけんだ。
「ええーっ!」
 そのとき、つよい かぜが ふいてきて、あたしは いきおい よく とばされた。
 びゅうっ!
 そして、いえの ちかくに ある こうえんの せの たかい てつぼうに ひっかかった。
 てつぼうでは、百さいくらいの おじいさんが、「ほっ、ほっ」と けんすいを していた。
 うでが、オランウータンみたいに ながい。
「ねえ、どうしたら そんなに うでが ながくなるの? あたしの そでが みじかくて、ちかちゃんが もう きられないかもしれないの」
 すると、おじいさんは、
「それは わからんが……ほっ、けんすいは……ほっ、けんこうに いい……ほっ」
と、けんすいを つづける。
 あたしも りょうほうの そでを てつぼうに ひっかけて、「えい、えい」って、けんすいを はじめた。
「ほっ」
「えい」
「ほっ」
「えい」
 百かい くりかえしたら、そでが くたーんって してきた。わぁ、いいかんじ。ほんとうに ながくなりそう。
 おじいさんは「ほっ、おしまい」と いって  かえってしまったけれど、あたしは ひとりで つづけた。
「えい、えい、えい、えい」
 そのとき、「アァー」って なきごえが した。みあげると、カラスが ニタニタしながら とんでいる。
「そんなこと して ばっかだなァー。そんなに のばしたいなら、おれが てつだってやるよ、そらァー」
 カラスは あたしの 右そでの はしを くわえて、ぐいぐい ひっぱった。
「いたい、はなしてッ」
 あたしは 左そでで、てつぼうを つかんだ。
「やめて、はなしてッ」
 カラスと てつぼうの あいだで、あたしは ピーンと のびる。そうして、とうとう、
 ビリッ!
 右そでが かたから ちぎれた。
 カラスは 右そでを くわえたまま、ニタニタた とんでいった。
 あたしは じめんに パサッと おちた。これじゃ、ちかちゃんは あたしを きられない。
 しくしく……しくしく……。
 あんまり かなしくて ないていたら、
「あっ、トレーナー あった!」
 ちかちゃんが かけよってきて、あたしを いそいで ひろった。
 もしかして、ちかちゃん、あたしのこと さがしてたのかな。
 すぐに おかあさんも やってきて、
「ああ、よかった。……あら、そでが かたっぽ なくなってる。はんたいがわも のびちゃってる」
と、いった。
「じゃあ、もう きれないの?」
 ちかちゃんが しょんぼりした こえで いうと、おかあさんは ニコリと わらった。
「だいじょうぶ、おかあさんに まかせて」

 おかあさんは いえに かえると、あたしの 左そでを ハサミで チョキッて きって、それから ダダダダダッて ミシンで はしを きれいにした。はんたいの ちぎれたほうも ダダダダダッ。
「はい、できた」
 おかあさんは、あたしを スポッて ちかちゃんに きせた。
「わー!」
 ちかちゃんは かがみの まえで とびはねた。
 あたしも おもわず「わー!」って さけんだ。
 だってね、かがみに うつった あたしは、すてきな ベストに なってたの。

連作童話『ちかちゃんのこと』の2話目です。
第一話から最新話までまとめて読むときはこちらから。


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