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剣盾2周年なので鎧の孤島の話をする(ポケモン剣盾感想)

 何で今更!?という感じですが、本当に今更二年前に発売されたポケットモンスターソード・シールド(以下剣盾)を購入して遊びました。進化したグラフィック、魅力的なポケモンとキャラクター、大人にも子供にもエールを送るシナリオと、素晴らしさに引き込まれあっという間にクリアしてしまいました。

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 本編の世代交代、子どもと大人、スポーツにおける勝ち負けや観客の残酷さといったテーマを描ききったシナリオの素晴らしさは最早語り尽くされたところではないかと思うので、この記事では本編のシナリオを踏まえた上で本作のDLCである鎧の孤島について書いていこうと思います。鎧の孤島のストーリーは、シンプルでありながら本編で描かれたテーマを丁寧になぞり直していて、噛めば噛むほど味の出る話です。この記事で、その魅力が更に伝わったら嬉しいです。


チャンピオンとライバル

 鎧の孤島のシナリオを読み込む前に頭に入れておかなければならないのは、剣盾のシナリオにおけるチャンピオンとライバルという存在の重要さについてです。

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 歴代のポケモンシリーズにもポケモンリーグのチャンピオンは毎回登場していますが、その多くが正体不明の存在であり、実際にリーグを勝ち進んで初めてその正体がわかるという演出がほとんどでした。
 しかし、剣盾ではダンデが「ライバルの兄」として物語の序盤に登場して、大々的にチャンピオンとして活動し多くの人に応援されている描写があります。旅を進めている間もダンデの強さや偉大さは至るところで話されており、本作におけるチャンピオンという存在が歴代作品の中でもかなり特別であることは遊んでいるうちに伝わってくると思います。
 また、剣盾においてチャンピオンの象徴として描写されているものの一つが帽子です。この帽子は、元々はポケモンシリーズの歴代主人公が毎回身に着けているトレードマークとして扱われてきました。いわばシリーズのお約束です。

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 そして歴代の帽子を被った主人公たちは、ポケモンというゲームのクリア地点が「ポケモンリーグのチャンピオンになること」であるが故に、いずれ必ずチャンピオンになる才能ある子どもとして描かれるようになりました。それが明確に表現されているのが、剣盾でチャンピオンが被っている帽子の存在だと思います。帽子は主人公が被っている物、主人公はいずれチャンピオンになる者、だから帽子はチャンピオンが被っている物であるとして、ダンデはいつも帽子を被って主人公たちの前に現れます。ダンデの帽子のデザインが冠の模様になっていることや、主人公がダンデに勝った時ダンデは帽子を脱ぎ、その後ダンデと戦えるバトルタワーで彼は帽子を手に持ったまま被らないことからも、今作において帽子が王者の被る冠の役割を果たしていることが分かるのではないかと思います。

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 また、チャンピオンの他に注目すべきなのがライバルの存在です。

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 剣盾では主人公と一緒に旅立つホップに始まり、旅の途中で出会うマリィ、ビートといったライバルたちが現れます。彼らは主人公同様ジムチャレンジを勝ち上がってチャンピオンを目指していて、チャンピオンを目指している理由や旅の中での成長描写を通し魅力的な存在として描かれています。
 主人公にとってのホップ、マリィ、ビートのように、ダンデにも彼が最高のライバルと評するキバナやかつて一緒にジムチャレンジに挑戦し街にいるモブから「ダンデと良いライバルだった」と評されているソニアといった存在がいることから、ライバルというのもチャンピオンと並んで大きな存在として位置づけられていると分かります。特に同じ町から一緒に旅立つホップは、物語の最初から最後までを主人公と一緒に駆け抜ける存在であり、多くのプレイヤーにとって心に残るキャラクターになるのではないでしょうか。


 このように歴代シリーズでも勿論、剣盾では特に重要な存在として描かれているチャンピオンとライバルですが、鎧の孤島にも本編におけるダンデとホップのようなチャンピオンとライバルが登場します。それが、元ポケモンリーグチャンピオンであるマスタードと、マスタードが開く道場で主人公の先輩として鍛錬に励んでいるクララ/セイボリーです。実際、鎧の孤島に主人公が到着した時の「駅まで主人公を迎えにきたクララ/セイボリーがマスタードの元まで主人公を連れていく(実際にはクララ/セイボリーは主人公を追い返そうとするのですが)」という展開は、剣盾本編が始まった時の「家まで主人公を迎えにきたホップがダンデの元まで主人公を連れていく」展開を彷彿とさせます。

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 以上を踏まえて、鎧の孤島のシナリオについて見ていきます。


マスタード

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 マスタードは、ヨロイ島で開かれているマスター道場の師範にあたる人です。いつも優しい笑顔かつ柔らかい口調のおじいちゃんですが、主人公が勘違いで道場にやってきたことをすぐさま見抜いたり、ダクマを進化させる塔の頂上では普段と打って変わって真剣な立ち居振る舞いで勝負を挑んできたりと、只者ではないことが言動の端々から窺えます。
 前の項目で話している通り、マスタードの正体はダンデより更に前の世代の、ダンデより長い無敗記録を保持していた元チャンピオンです。

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 よく見れば、マスタードは普段身に着けている服装でチャンピオンの証である帽子を被っており、本気で戦う時には主人公に負けたダンデがそうしたように帽子を外すモーションが入ります。

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 剣盾で取り扱われているテーマの一つに「世代交代」というものがあります。このことはエンジンシティのジムチャレンジをクリアした際ジムリーダーのカブからかけられる言葉や、ポプラやネズといった次世代に託しジムリーダーを引退する人たちの存在、マグノリア博士から白衣を引き継いだソニアやダンデからチャンピオンの座を引き継いだ主人公の描写などから、分かりやすく全編を通して描かれています。

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 今作で悪の組織のボスにあたるローズが未来の問題を自分の世代で無理やり解決しようとする人であることも、「今よりも未来をより良くしていく次世代を担う子どもたちを大人が支えていく」という剣盾全体のテーマをより際立たせているのではないかと思います。
 マスタードは、そんな剣盾本編での世代交代のテーマを改めて表現しているキャラクターです。ダンデより前に次の世代に未来を託し一線を退いた最強のチャンピオンが存在していたこと、マスタードが修行を通して自分を超える突力を身に着けた主人公という弟子の存在を師匠として喜ばしく思うこと、どれもが本編とは異なる、それでいて本編と共通した世代交代の描写になっています。

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 プレイヤーの中には、本編で非常に輝かしく見えたダンデの次に主人公がチャンピオンを務めることを不安に思う意見もあるのではないかと思います。しかし、鎧の孤島のシナリオはダンデより長い無敗記録を持つチャンピオンが過去に居たのだと明かすことで、どれだけ強く素晴らしい存在が過去に居たとしても次世代の紡ぐ未来はより輝いているのだと示しているように思います。
 また、ダンデや主人公にライバルが居るようにマスタードにもライバルのが居たことがシナリオを進めると明かされます。

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 「因縁のフェアリージムリーダー」とリーグカードの裏面に書かれているその人は、マスタードの年齢を考えると恐らく主人公がジムチャレンジで戦ったジムリーダーの一人、ポプラではないかと予想できます。

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 ポプラが本編でビートという次世代にジムを託し成長を見守っていることを考えると、ポプラのライバルだったマスタードがビートのライバルである主人公にダクマを託しその成長を見届けた構図には、本編でも主人公とホップ、ダンデとキバナ等を通して何度も描写されていた「チャンピオンとそのライバル」の関係性が重ねられているように感じます。


クララとセイボリー

 クララとセイボリーはマスター道場で修行をしている門下生の一人で、いわゆる主人公の先輩にあたります。私はシールドの方をプレイしているため、ここでは主にセイボリーについて話します。

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 やたらと長いシルクハットに浮いているモンスターボール、特徴的な喋り方など一見トンチキなお兄さんに見えるセイボリーですが、主人公の実力をバトルで実感して以来何かと主人公にライバル意識を向けてくるようになります。マスタードはそんな彼について、「なまじセンスがあるもんだから今まで本気で物事に向き合うことが無くってね。道場の訓練もテキトーにこなしてたのよん」と表現し、同時に「○○ちんが来てからあの子変わったね! 努力できる才能がやっと花開いたのかな?」とセイボリーもまた主人公のライバルにあたる存在であることを話します。

 こういった主人公との出会いによるセイボリーの変化は、ポケモントレーナーにとってのライバルという存在の大切さを表しています。
 ダンデは主人公とホップが旅立つ前に、主人公に向かって「みどころのあるキミにお願いだ。ホップのライバルにもなれ! 二人で強くなるんだ!」と告げます。これは、より高みを目指すにあたり隣で切磋琢磨するライバルの大切さを、ダンデ自身よく分かっているから出てきた言葉ではないかと思います。彼と同様に、かつてポプラというライバルと切磋琢磨していたマスタードもまたライバルの大切さを知っているから、セイボリーにライバルが出来たことを喜ぶ言葉を口にするのだと思います。

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 リーグカードの裏面で明かされるセイボリーの過去は、初めのトンチキな印象に反して非常にシリアスなものです。

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 エスパータイプの使い手であること、複雑な生い立ちにより性格が捻くれていること、自分を導いてくれる師匠と自分より強いライバルとの出会いで明るい未来を進み始めることなど、セイボリーのキャラクター造形は本編に登場するライバルキャラクターの一人であるビートと似通っています。おそらく鎧の孤島のライバルキャラクターがバージョンによって男女一人ずつ用意されているのは、本編でホップの他に出てくる男女のライバルであるビートとマリィに対応させているのではないかと思います。こういった面でも、クララとセイボリーの存在は本編で語られたライバルの存在について改めて描写していると捉えられます。
 また、セイボリーの存在はただ本編で描写されたライバルの話をなぞるのではなく、他のライバルと異なる点も数多くあります。最も大きな違いは、本編で登場する主人公のライバルが全員主人公と同世代であるのに対し、セイボリーは主人公よりーつ上の世代にあたる点です。
 セイボリーは主人公より年上でありながら主人より実力が下回っている自身について「若く才能もあるあなたのような人間には分からないと思いますが、凡人の私も自分なりに必死だったんです」と話し、「しかし、そろそろジムリーダーになるという夢も潮時ですかね」とジムリーダーになるという目標を諦めてしまうかのような話までします。主人公がガラル地方でもひときわ才能のある若者であることは本編中のチャンピオンになれる者の特別性の描写などから読み取れますが、それを更に分かりやすく体現しているのが鎧の孤島のライバルキャラクターの存在です。
 しかし、最終的にセイボリーはマスタードから優しい言葉をかけられたことで、再びジムリーダーの夢を志します。世代を超えてもライバルという関係は成立し得ることの他に、剣盾の世界において元から才能に溢れているわけではない者でも努力すれば道は開かれることがセイボリーを通して描かれるのは、本編において主人公やそのライバルたちが何かしらの才能がある若者たちとして描写されていたからこそ強く胸に響きます。

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ヨロイ島にやってくるホップ

 鎧の孤島のシナリオでもう一つ着目すべき点は、修行の途中でホップがやってくることです。

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 ホップは言わずもがな主人公のライバルであり、更に元チャンピオン・ダンデの弟でもあります。チャンピオンとライバルの話を本編と異なる側面から話している鎧の孤島において、ホップがやってくることには構図の掛け合わせがあるように思います。
 これは単なる深読みに思えるかもしれませんし、実際深読みかもしれません。しかし、ヨロイ島にホップがやってくるのに対しカンムリ雪原にはソニアがやってくるところまで考えると、よりこの二人とDLCのシナリオの繋がりが見えてくるのではないかと思います。
 鎧の孤島に出てくるキャラクターは、先述した通り元チャンピオンのマスタードと、自分よりも実力のある主人公の存在に一度心が折れかけたものの自分の夢を改めて志しそれに向かって進むと決めたライバルのセイボリーです。そしてホップは、マスタードと同じく元チャンピオンであるダンデの弟で、セイボリーと同じく自分よりも実力のある主人公の存在に一度心が折れかけたものの自分の夢を改めて志しそれに向かって進むと決めたライバルでもあります。

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 対して冠の雪原に出てくるキャラクターは、元ジムリーダーでありながら今はバトルと異なる道を進み、その生き方を楽しんでいるピオニーです。彼の娘であるシャクヤはダイマックスレイドを楽しんでいるのに対し、ピオニーはバトルと関係の無い伝説のポケモンを巡る探検ツアーを企画していることからも、彼が今はバトルと異なる道を進んでいることは感じ取れます。そして、カンムリ雪原にやってくるソニアは、元ジムチャレンジャーでありながら今はバトルと異なる道を進み、その生き方を楽しんでいる人です。

 バトルと異なる道を選んだという点では博士になる夢を志したホップも同じかもしれませんが、ホップは博士になりたいと決めた後もトーナメントで主人公とバトルをするのに対して、ソニアは殿堂入り後に遊べるシナリオで「私は戦えない」とバトルをしないことを宣言していて、本編でも元トレーナーである彼女とバトルする機会はありません。そういった点でも、マスタードとクララ/セイボリーがいる鎧の孤島にホップ、ピオニーがいる冠の雪原にソニアが配置されていることには、やはり何かしらの意味があるのではないかと思わせられます。

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 このように、鎧の孤島のストーリーではマスタード、セイボリー、そしてホップを通して「チャンピオン」「ライバル」「世代交代」について、本編とは違う角度で改めて語られています。次世代の若者が上の世代の強者を倒しより良い次世代に未来が引き継がれ、ライバルを得たトレーナーが前を向き努力して強くなる。そういった本編の再話を魅力的なキャラクターを通して行っている鎧の孤島での物語が、私は大好きです。


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