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デパートメント

    合同会社説明会で、話をした高島屋の人事部の女性はとても感じのいい人だった。

   以前、和洋菓子売場にいたという彼女は、お客さまからの、ありがとうございますという言葉にとてもやりがいを感じたと嬉しそうに力説した。その会場には他のデパートのブースもあり、ぼくはすべてまわった。給料面が他のデパートより少なかったり、OBやOGがいなかったりとかなり迷った。けれど彼女の笑顔が頭から離れなくて、そこを選んだ。

   なんでもそうだけど理想と現実はちがう。どのお買い場(デパートでは、いわゆる売場のことをお買い場という)は殺伐として、みんないらいらしていた。あの優しいおねえさんは会えないのかな・・。食品営業部と人事部は交流がないのかな・・。周りにいるのはお客様に対してだけ愛想笑いに長けている人たち。社員と契約社員、派遣社員、アルバイトは常に対立していた。飲み会に行くのは社員のみ。そこでは契約社員さんたちの悪口が酒の肴。このデパートだけのできごとなのか、他の業界もなのかわからない。

   その中の1人の彼女から、遠まわしに付き合いたいといわれたことが多々ある。入社してしばらくのあいだ、そんなに仲の悪いことを知らなかった。彼女がいたら仕事が楽しくなるかもと思ったけど、返事を保留しているあいだに、その噂があっという間に広がった。デパートで働く男は顔がいまいちでも確実にモテる。女性たちはその男を奪いあう。勝者を祝福することはせずに、引きずりおろすーだから身内の女性には手を出さない方がいい。男性の社員は限りなく少ない。将来の幹部候補にすべく、あちこちの部署に異動になった。オレだけじゃないけれど。半年でよその部署に行ったこともあった。仕事にも人間関係に慣れた頃に≪異動≫なんて。会社には恨みしかない。3つ年上の先輩からデパートの裏話、いや、表の話しーデパートが休みなのは元旦だけ。オープンは8時。起床は6時。福袋を買い求めるお客さまの行列をさばいたり、クレーム対応をする。こんな三が日、お正月なんかじゃない。入社してから、お盆に帰省したことなんて1度もない。そりゃ仕方ない。お盆は田舎などに帰省するお客さまのための期間。オレらの休日じゃない。クリアランスの日の出勤日は7時。閉店の時間は9時。家に帰れるのは10時。こんなにくたくたになって驚くほどの安月給。オレは一体なにをしてるんだろう。職業の選択を間違えたことを実感した。

  入社して3年したころ、とあるお客さんに好意をもたれた。社内の女性を拒否してるなら、それ以外の女性ならと心は少し傾いた。彼女はオレに心酔しており、商品をたくさん買ってくれた。各々のお買い場には毎日、ノルマがあり、彼女のおかげで上司に小うるさいことを言われずにすんだ。社内の女性がいやだから、社外の女性にしたらいいんじゃないかという単純な理由。けれど、彼女をいつしか財布にしか思わなくなった。付き合うかもしれない、なんてあやふやな態度を取り続けた。デパートにはご意見用紙がある。おほめの言葉を書いてあることもあれば、クレームを書いてあることもある。前者の場合にはごほうびの謝礼が出るけれど、後者は異動の可能すらある。オレが異動になったのは、そのお客さんのクレームが理由じゃないかなと思ってる。確信はないけど。

   そんな面倒くさいことがあるたびに辞めようと思った。だけれど、会社説明会で出会った人事課の彼女が同じ部署に異動になるかも、それともオレが人事課に異動になれるかもと強く強く念じる。付き合えるかも、うまいことしたら結婚できるかも。そんな不純な理由ではあるけど、仕事をもう少しがんばろう。


❇️読んでいただいてありがとうございます。かつて働いていたデパートの実情を半分くらい書きました。社員とそのほかの人が対立していたこと、知り合いの彼がお客さんに言い寄られて異動になったこと(たぶん)。同じサービスをしても、評価されたりされなかったりしてぶつぶつ言っていたこと。懐かしいです。お正月以外の定休日がなくて、給料が驚くほど少なかったので、もう働きたくありませんが。