小説≪4・なっちゃんとすごしたあの暑い夏の日々・4≫

 →→→眼下に広がる夜景は自慢でもあった。ぼくは四季で変わる風景の違いーライトアップされた夜桜、闇夜を照らす花火、街を彩る銀杏並木、子どもたちの手で作られ並べられた親子の雪だるまーをとうとうとそして誇らしげに語った。彼女は聞き役に徹してくれて、興味ありげにうなずきながら、丁寧に相づちを打ってくれた。さっきの失態のフォローができた?ちょっといやらしい?ドアにキーを差しこんだ。けれど彼女はそのなかに入らなかった。腕時計をながめた後、その前で回れ右した。終電がまだあるみたい、今日は帰るね、バイバイ。彼女の行動を制止できなかった。だって下心を見抜かれそうだったから。彼女は、2人であるいてきた坂道を1人で下っていった。小さくなる彼女の後ろ姿をぼくはただただ見つめていた。肩すかしをくらった気になった。来たいって言ったのはそっちじゃないか。期待させるだけ期待させやがって。けれど喉元まであがった言葉を飲みこんだ。だって自分がいやな人間に思えるから。これは彼女の気まぐれか、ぼくのへべれけぶりに愛想をつかしたせいかー。後者と思いたい。

    ぼくのアパートに彼女が転がりこんできたのは、それから3日後の夜だった。遊びに来ちゃった。彼女は小ぶりのボストンバッグをぶらさげていた。今日、ここに泊まってもいい?ぼくの視線に気がついた彼女はそう続けた。その笑顔に、帰れとは言えなかった。う、うん。恋愛に勝ち負けがあるのなら、好きになったほうの負け。彼女も、それを知っているから強気にでているのかもしれない。ずるいよ。ぼくは何ておひとよしなんだろう?ぼくは彼女がバスルームを使っているあいだにお客さん用の布団を敷いた。ぼくのベッドの横に。それは彼女の要望だった。誰かがそばにいてくれないとねむれないの・・。本当か嘘か。けれどそれを明らかにする必要はない。

    ぬれた髪をタオルでふきながら彼女はベッドルームに現れた。黒いTシャツからはほどよく焼けた長い腕、ムーミンのイラストのショートパンツからは長い脚がのびていた。久しぶりに見る女性のラフな姿。だからそんなささいなものに興奮し、体の一部分が反応した。それをしずめるためにパジャマの上からそれを押しつけた。けれど刺激となったそれが逆効果になってしまったらしく、それはますます反応した。  彼女はメイクをすっかり落としていた。メイクしている彼女もすきだけれど、やっぱりすっぴんのほうがカワイイ。ぼくに心を許している証拠?それともぼくを恋愛対象とみていないから?その顔は、1時間前より幼くみえて、彼女の新たな魅力を知ることができた。おふとんをしいてくれてありがと。彼女はそれにもぐりこんだ。日付けが変わろうとしていた。ベッドルームの明かりはつけたままで2人ならんでおしゃべりをした。彼女はぼくのことを聞きたがった。けれど彼女のことを聞いても自分自身のことは話したがらなかった。「なまえは?」彼女は夏と名乗った。「夏生まれだから夏。単純でしょ?」そのとき初めて気がついた、彼女の名前を知ったことに。ぼくは名前も知らない人を好きになって、ごはんをたべて、泊まることを許していたんだ。怖いなあ。「なんてよんだらいい?」彼女は答えた。「お好きにどうぞ」「夏さん?呼びにくいな。だったらなっちゃんがいいな」彼女の顔を見た。なれなれしかったかな・・。思わずでた言葉に後悔した。けれど彼女はうなずき、ほほえんでくれた。ぼくが、ほぼ初対面の誰かをこんなふうに親しげに呼ぶのは初めてだった。たぶん、彼女を本気で好きだってこと。「誕生日はいつ?いまいくつ?」彼女はふふふっと笑った。「誕生日はついこないだ。あおいくん、女性に年齢を聞くもんじゃないわよ」

     だからぼくは彼女の年齢を知らない。ぼくより年上にも年下にも見える彼女。年齢を教えてくれないからといって彼女をきらいにはならない。ミステリアスな彼女。ますます好きになった。彼女は言った。「わたし、あおいくんが好きみたい。だからここにいてもいい?」彼女はいやだあ恥ずかしいと言い、布団にもぐりこんだ。「・・う、ううん。うん。うん」思いもしなかった突然の告白にとてもおどろいた。頭のなかが真っ白になり、上手い返しができなかった。【う】と【ん】しか言ってないや。生まれて初めて相手から告白された。好きになったってー好きみたい。ーぼくもなっちゃんがすき。丸くなっている布団に向かい、心のなかでつぶやいた。だって直接言う勇気はない。時計の針が2時を回っているのを見てあわてて部屋の明かりを消した。明日も仕事だ。もう寝ないと。けれど胸はドキドキと波を打ちつづけいつまでも眠れなかった。だって好きな子がぼくの隣で寝ている。強制や罰ゲームなんかじゃなくて。眠れるわけがない。


❇️読んでいただいてありがとうございます。なっちゃんの図々しさが満載の≪4≫です。でもこのくらいの行動力がないと、恋愛でも何でも先に進まないのでしょうね😃