童話『ヤマネのひまわり』
絵:大島楓さん
あたたかい春の午後、長いねむりから覚めたヤマネのジュノが森の外に出てきました。
青い空がどこまでも広がっています。
ジュノは大きく伸びをすると、手を二回たたき、深くおじぎをしました。お日さまに今年初めてのあいさつをしたのです。
「どうか今年も、おいしい食べ物がいっぱいみのりますように!」
お日さまが少し笑ったような気がしました。
そのとたん、近くの家の庭からおいしそうな話し声が聞こえてきたのです。
「ひまわりの種をくれるって言うの、タケシ君が。ねえママ、うえてもいいでしょう?」
女の子がお母さんにたずねました。
「いいけど…、花だんはあんなに草がいっぱいなのに、うえられるかしら?」
「それなの、問題は…。パパにお願いしてもいいかな?」
「パパは今が一番いそがしいときだから、無理を言ってはだめよ。ユリナひとりでは無理だし、ママも今は手がはなせないの。来月じゃだめなの?」
「育てたひまわりの背たけを、クラスで競争することになったの。遅いと大きくならないし、でも一人じゃやっぱり無理だしなあ…」
ユリナという女の子は、しょんぼりあきらめたように言いました。
ジュノは急いで引き返し、あわてて巣穴に飛び込みました。
「あら、起きたばかりで、そうぞうしいのはだれかしら?」
マルタ姉さんがジュノをにらみました。
「姉さん、大ニュースだ!ひまわりの種が食べられるかも知れない」
ひまわりと聞いて、寝ていた他のヤマネたちも顔をぴくりと上げました。
「おじいさまがいつも言ってらしたわ、ひまわりの種ほどおいしいものはないって」
ヤマネのお母さんが、ペロリと舌なめずりをしました。
「そんなおいしそうな話、どこで聞いたのさ」
ジュノは弟のレノたちに女の子の話をしました。
「種をうめる位置を見ておかないとね」
タンダ兄さんが目をかがやかせています。
「問題は草だよ。花だんの草をどうにかしないと、せっかくのごちそうも食べられないよ」
みんなであれこれ考えましたが、なかなかよい方法を思いつきません。
帰って来たお父さんに相談してみると、
「簡単じゃないか。今夜、みんなで草をかじってしまえばいいのさ」
お父さんがニンマリしました。
次の日の朝、ジュノが耳をすましていると、女の子のおどろいた声が聞こえてきました。
「ママ、来て、来て!いつの間にか花だんの草がきれいになっているよ!」
「あら、ネズミでも食べたのかしら。それにしても、ふしぎなことがあるものねえ」
「やったあ、これでひまわりの種をうえられるわ。バンザーイ!」
その日の夕方、女の子は十二粒の種をもらってきました。
その種を花だんにうえると、大きく育つようにお祈りをしました。
ヤマネの一家は、その様子を木の上に並んで、うれしそうにながめていました。
日が暮れ、あたりが暗くなると、ヤマネの一家はさっそくご馳走をいただきに、一目散に花だんに走りました。
「抜けがけはいけません。お父さんが始めと言ってから、いっせいに取りかかるように」
全員がうめられた種の前に立つと、みんな、顔だけをお父さんの方に向けました。
「ちょっと待って!」
「ジュノ、トイレなら待てないぜ」
タンダ兄さんがおこったように言いました。
「違うよ。昔、おじいちゃんがひまわりを育てると、一粒の種が百倍にも二百倍にもなると言っていたのを思い出したんだ」
「でも、途中で枯れてしまったら、何も食べられなくなるじゃないか」
弟のレノは不満顔です。
「あら、百倍にできるのなら、私はお腹いっぱい食べられる方がいいわ」
マルタ姉さんは、一番のくいしんぼうです。
「じゃあ、今日は一人一粒だけ食べることにしよう。それでも種は六つ残る。一人が一粒ずつ育てる、それならどうだい?」
お父さんの話に、みんながうなずきました。
「では、始め!」
ジュノは土の中から種をほりだすと、いっきにかぶりつきました。
うわさに聞いていたとおり、初めて食べたひまわりの種のおいしいこと、ほっぺが落ちそうになりました。
次の日は、季節外れの大雨になりました。
森の中を川のように水が流れていきます。
ジュノはひまわりの種が流されないか、心配でたまりません。
「種はだいじょうぶかなあ?」
「そんなに心配をするぐらいなら、食べてしまえばよかったのさ。美味しかったのになあ」
レノは種を残したのがくやしい様子です。
「ぼく、ひまわりを見てくる!」
ジュノは巣穴を飛び出すと、ずぶぬれになりながら、ひまわりを見に行きました。
ひまわりの種は、はげしい雨にあっちもこっちも、地面から顔をのぞかせています。
ジュノは、けんめいに種をうめもどし、近くの森から木の葉をあつめてきて、それぞれの上にかぶせてやりました。
一週間もすると、ひまわりの種から小さなふた葉が顔をのぞかせました。
「ぼくのひまわりの葉っぱが一番大きいよ」
よろこびの声を上げたのは、レノです。
「あら、わたしのだって、背の高さでは負けていないわ」
マルタ姉さんがレノを少しにらみました。
「どれもたいして変わらないと思うけど、ジュノの種はまだ芽が出ないね」
タンダ兄さんが心配そうな顔を向けました。
「ぼくの種は、どうしちゃったんだろう?」
「ジュノ、もし芽が出なかったら、お母さんのひまわりを分けてあげますからね」
「お母さん、芽が出ないことがあるの?」
お母さんは少し困った顔をしました。
「ジュノ、森にも色々な種が落ちているだろう。芽を出すものもあれば、そのままくちてしまうものもある。でも、あきらめるのは、まだ早いよ。同じ花の種でも、早く咲くのもあれば遅いのもある、もう少し待ってみよう」
お父さんはジュノの肩をそっとだきよせました。
「お日さま、どうかぼくの種から芽が出ますように、お力をおかしください…」
ジュノはお日さまにお祈りをしました。
ジュノは毎日、森からふよう土を運び、自分の種の上にかけてやりました。
ほかの種が芽を出してから、もう五回目の夜になってしまいました。
ジュノは種のことが心配で心配で、今日も巣穴をぬけだし、ひとりで見にきました。
「これがお父さんのひまわり、これがお母さん、次がタンダ兄さん、マルタ姉さんの分に、これがレノの分、そして、あっ、芽が出ている、バンザーイ!」
ジュノのひまわりは、土の割れ目からかわいいふた葉をのぞかせていました。
うれしさのあまり、芽を出した種の周りをおどりながら、何回も何回もまわりました。
ひまわりはすくすくと成長していきます。
日がたつにつれ、葉は大きくなり、茎は太くなり、背をさらに伸ばしていきます。
ひまわりは、つゆの長雨をのりきり、夏のまぶしい太陽の光がふりそそぎ始めたころ、てっぺんに小さなつぼみをつけました。
それからしばらくして、ひまわりは丸い大きな黄色い花を咲かせたのです。
ある朝、レノが不思議そうな顔をして、自分のひまわりを見上げていました。
「レノ、どうしたの?」
マルタ姉さんがたずねました。
「たしか、きのうの夕方はね、花は夕日がしずむ西の山を向いていたのに、けさは東のお日さまの方を向いているよ。なぜだろう?」
「ほんとだわ、どうしてかしらね?」
「ひまわりは太陽の花と言われていてね、お日さまをこいしがるのだそうよ」
これには、お母さんが答えてくれました。
「太陽をお母さんだと思っているのかな?」
「あんがい、そうかも知れないわね」
お母さんがやさしくうなずきました。
「みんなはいいなあ、花が咲いて。ぼくのひまわりだけは、花を咲かせるのを忘れたみたいに、背だけがどんどん伸びていくよ」
レノの花の二倍近くになった自分のひまわりを見上げ、ジュノがため息をつきました。
でも、ちょうど一週間後、ジュノのひまわりも、大きくりっぱな花を咲かせました。
ジュノのひまわりは、屋根に届きそうなぐらい背が高く、花はジュノの体よりはるかに大きくなりました。
みんなはうらやましがり、その大きな花からいったいどれぐらいの種がとれるだろうかと、うわさをするのでした。
ジュノは今日もふよう土を運び、花だんの近くまでやってきましたが、ひまわりをおおぜいの子どもたちが取り囲んでいて、近づくことができません。
「ユリナのひまわりは、三メートル二十センチもあるぞ。今までの中で、一番だ!」
ものさしで高さを測っていた男の子が、びっくりして叫びました。
あの女の子がうれしそうにほほえみました。
「ユリナちゃん、どうすればこんなに大きく育つの?」
友だちの女の子がユリナにたずねました。
「それがね、わたしにもよく分からないの。わたしはタケシ君からもらった種をうえただけで、あとは何もしていないのよ」
「根元にふよう土がいっぱいあるから、これがいい肥料になったんじゃないかな」
タケシとよばれた男の子が言いました。
「うえたときはなかったのよ、ふよう土。それに、草だっていつの間にか切られていたし…。ほんとにふしぎな花だんなの」
「もしかしたら、森の動物たちがお世話をしてくれているのかも知れないわね」
「それじゃあ、その動物が一番だよ!」
ジュノはそれを聞くと、ほめられたようでうれしくてたまりませんでした。
でも一番は、自分ではないことを知っていました。
一番は、やはりお日さまでした。
「お日さま、ありがとうございました」
ジュノは心からお礼を言いました。
花を咲かせてから二週間、みんなのひまわりは花が枯れて種になり、頭を下げていよいよしゅうかくのときが近づいてきました。
満月の夜、たれ下がった茎をすべりおり、びっしり種がついた花の頭にぶら下がってゆすると、ひまわりの種が雨のように地面にふりそそぎました。
みんなは食べるのに夢中です。
お父さんもお母さんも、動けないほどお腹をふくらませ、しあわせそうな笑顔をうかべています。
でも、一番食べているのは、やはりマルタ姉さんでした。
「ひまわりは、美容にとってもいいのよ」
お母さんからも種をもらって食べています。
ジュノのひまわりだけは、もう少し時間がかかりそうでしたので、みんなが種を分けてくれました。
みんながひまわりの収穫を終わるころ、ジュノのひまわりも大きく頭を下げ、花は黒い種のかたまりとなりました。
ジュノは昼も夜も、ひまわりを見上げて暮らしましたが、種はなかなか落ちてきません。
背たけが高すぎて、みんなのように花にぶら下がってゆらすのもむずかしそうです。
そのうち、鳥たちが食べに来るようになり、その数は日ごとにどんどん増えていきます。
「このままじゃ、ジュノが育てたひまわりの種が、みんな鳥たちに食べられてしまうよ!」
レノがおこって言いました。
「鳥さんにも食べてもらっていいんだ。でもぼくは、来年うえる種だけは残しておきたいんだよ」
「お父さん、何とかならないの?ジュノがあんまりかわいそうだよ」
お父さんがポンと手を叩き、ジュノにウインクしました。
「ジュノ、ひまわりの種をうえる前にどうしたか、思い出してごらん」
ジュノの顔がぱっと明るくなりました。
その日の夜、ヤマネの一家は花だんの前に集合しました。
「みんな、準備はいいか。では、始め!」
お父さんのかけ声で、みんながひまわりの茎にとりつくと、いっせいにかじり出しました。
あれほどがんじょうだった茎も、やがて大きく傾き、ついには倒すことができました。
ジュノのひまわりからは、他のひまわりの三倍もの種がとれたので、みんなにいっぱい分けてやりました。
そして、来年の春にうえる種を選び、葉っぱの上に並べてお日さまにかわかしました。
秋がおわり、木枯らしがふく寒い冬になり、森に今年初めての雪がふり始めました。
「ジュノ、何しているの?早く巣穴に入りなさい!」
お母さんが木の上で手まねきをしています。
「うん、いま行くよ!」
ジュノは雪空を見上げていました。
最後にお日さまにお別れのあいさつをしたかったのですが、それはかないませんでした。
巣穴の中には、ひまわりの種がぎっしりと積まれ、ヤマネたちが体をよせあって、ねむりにつこうとしています。
「もう無理、もう食べられないわ…ムニャムニャムニャ…」
マルタ姉さんのねごとが聞こえてきます。
やがて、ヤマネの家族は、種がいっぱいなったひまわりを夢にみながら、長い冬のねむりについたのです。
(おわり)
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