VR技術の、今後の在り方

俺だよ俺々、キタナカだよ。(「オレオレ詐欺」の第一人者)

■VR体験について

いきなり、前提から引っ繰り返してゴメンナサイなんですけどね。
VR体験って、したことが無いんです。
まあ。体験した方々に聞いてみると、大抵「凄い! 未来キタ! これで勝つる!」(ブロントさん)なんて感想をいただく訳ですが。
そういう問題はデリケートで、「リアル過ぎるVR技術」って怖いなって思う自分もいます。

話は替わりますが。
現在、放映中のアニメで「VRMMORPG(バーチャルで、現実と区別がつかない異世界PRGみたいな感じ)」を取り扱った二作品が、同クールで放送されています。
架空のゲームの話ですが、リアリティ部分も加味しています。
作品Aでは「運営側が想定していないスキルの使い方で、無敵になっちゃう主人公」がいて、運営側が頭を悩ます(この人たちもアバターで表現されている)。
作品Bでは「現実世界の自分」がストレスを感じると、仮想世界の自分に「警告」が出る。
「『あなた自身』が、お腹を空かせていますよ」
「『あなた自身』が、尿意(便意)を感じていますよ」といった具合だ。
ゾッとした。
作品Bの「仮想世界の自分が、美味しい料理に舌鼓を打っている」状態で、「本人は空腹である」という状況に――。
作品A内でも、登場人物の「ココで美味しいものを一杯食べれば、ダイエットできるね!」という台詞が出てくる(主人公は思春期の女子)。

VR技術の進化における最終到達点は、「電脳世界内で、データとして永遠に箱庭の世界の中で生きる」ということだと思うんですよ。
もちろん、作っている方々だって気付いているはずです。
だから、「ガイドライン」を設けています。

流石に、この記事の為だけに百十一頁の文章を読む気はしないですねえ。
そもそも。コンテンツ制作者に宛てた「ガイドライン」ですからね。
私が欲しい情報が、どこに含まれているかも分からない。
だから、四頁に纏められているイラスト付きの縮刷版だけを読みました。

■二〇二〇年現在での、VR体験の認識

二〇一八年時点でのガイドラインだから、それほど大きな制限はかけずに表現していいようですね。
一番に危惧されているのは「VR酔いへの配慮」だったりするから、あくまで「制作するにあたっての、制作者の在り方」をガイドライン化しているに過ぎない状態が今。
「『不気味の谷』現象に対する配慮も、必要」とのことです。
※ここでの表記は「不快に見えるコンテンツは、良くないですよ」というニュアンスで書かれています。これは早晩、逆転するんじゃないか? と私は思っています。リアル過ぎる方がヤバいと思うのですが……
しかし。
やはり大掛かりな「展示型」の場合は、体験者が経験していることをモニタリングする必要があるようです。

知人が実際に体験したのは、触覚VRである「テクスタイルツールキット」だそうです。
「紙コップを両手で持っていて、右手側の紙コップにはビー玉が入っている。右手側のビー玉を回すと、左の空の紙コップの中でも回っている感触が伝わってくる」という体験。
私は体験しておらず理解が難しかったので、テクスタイル著「触楽入門」を借りて、チラ読みました。
技術書ではありませんので、本に掲載されている写真から推察すると「両方の紙コップに振動センサーが付いていて、右側の振動を左側の紙コップに再現させる」ようです。
著作内では、「紙コップに炭酸飲料を注ぐ際に感じる『シュワシュワ感』」まで再現できているようです。
某ネズミ園にある宇宙船体験するアトラクションで、「宇宙船の加速Gを体感できる」ような不思議体験なのでしょう。

視覚VRでは。
「ピザ屋に侵入してくるウサギを、警備員がモニタ室で『ドアの開閉』等を行なって侵入されないようにする」という作品があるそうです。
因みに。ウサギが目指す先は、『体験者がいるモニタ室』だそうです。
私の貧困な想像力では、牧歌的な雰囲気の「侵入者を阻害する知的ゲーム」という想像しかできません。
ところが、そのVR体験は「心臓の弱い方は、体験しないでください」と但し書きが付いているそうです。
実際に体験した人の感想――。
「耐えられるか分からないほどの恐怖感を感じた」そうです。
ウサギを「殺人鬼ジェイソン」みたいに感じるみたいです。
それが。モニタ室にある「地図」や「監視カメラ」で、どんどん自分の方に近づいてくることが分かる恐怖。
通路を塞いでも、ウサギは違う道から近づいてくる……。
ある種のパニック状態に陥ってしまうそうです。
話を聞いただけで恐ろしくて、「絶対に体験したくない!」と思いました。
私だったら、ヘッドセット(?)を反射的に外して逃げてしまうレベルの恐怖でしょう。

先述のアニメ作品においては「ヘッドセットだけで味覚まで感じる」点で違和感を覚えます。まあ創作だから仕方がありません。
でも。触感と視覚を合わせ技にしただけでも、没入度は計り知れません。
どうして――。
私が、そこまで「VR技術の進歩」を怖がるか? を、お教えしますね。

■「ネットゲーム(以下、ネトゲ)廃人」だった頃

それは。
私が昔、一定期間「ネトゲ廃人」だった期間があるからです――。
当時は二十代でしたから、体力的に持ちましたが。
「仕事が終わって、深夜一時に帰宅。二時間ゲームをプレイしてから寝て、朝五時半に起床」という生活を送っていたのです。
主な睡眠時間は、行き帰りの電車の中でした。
始発駅から乗って、会社まで一時間半(往復で三時間)。

流石に辛くなって、会社から近い都内に引っ越しました。
自分で、「ネトゲ引っ越し」と名付けました。
でも、ゲームをプレイする時間が長くなっただけでした。
結局。一つのゲームで、数千時間プレイしていました。
第三者視点でのゲームでも、こんなに危ないんです。
FPS(※)をプレイしたら、私は抜け出せなくなるような気がします。
※First Person Shooting gameの略。「一人称視点シューティングゲーム」

アニメ作品Bの、視聴者のレビューも読んでみました。
作品Bでは、「ゲーム内で自分が死んでしまうと、三日間ゲームにログインできない」というペナルティが与えられる設定です。
※因みに。NPC(プレイヤーじゃないゲーム世界の住人)たちは、「自我」を持っており(まあ「哲学的ゾンビ」でしょうけど)、行動アルゴリズムは「自我」に従って行動する。「NPCは死んだら生き返らない」というルールもあります。それも怖い……

で、匿名の第三者が綴った感想。
「デスペナルティが『三日間ログイン禁止』とか、どんなクソゲーだよ!」
え?
ちょっと待ってよ……。
いや、理屈は分かるんだ。
「金を出した顧客に、プレイ制限を掛けるのはルール違反だよ!」ってことだよね?
でも。「アニメ作品内ゲーム」のルールに文句を付ける人って相当、作品(または、そのゲーム)に感情移入していますよね?
そんな人が多いからこその、デスペナルティなんじゃないのかなあ。

■未来のVR技術を予測する

恐らく――。
これからVR技術は、確実に進化していくでしょう。
まずは。「VHSやインターネットの普及」のように、エロス業界から啓蒙されていくでしょう。
実際に、ネットカフェ等で「VR体験」を謳い文句にしている店舗も出始めています。
ここまでは、それほど大きな問題は起こらないでしょう。

次に「軍事転用」が起こって、技術革新が起こるのではないでしょうか?
戦争は、決して許されるコトではありませんが、多くの技術の進歩は戦争と共に生まれてきました。
例えば。
「兵士のPTSD対策」に、「敵兵が『ファミコン時代』のような、ドットで描かれて無機的に見える」VRゴーグルとかが考え付きます。

ファミコンソフト「エレベーターアクション」で、敵を銃で撃つのに躊躇した人間がいたでしょうか?
敵が死んだら、明滅しながら消えていきます。
どんどんゲーム機が進化していき、リアルな表現ができるようになるにつれて「CERO表記」が、されるようになりました。
「残虐な表現」がリアル過ぎるようになってきたからだと思われます。
銃で撃てば、リアルな画像で血が噴き出ます。
脚を撃てば、脚を引き摺って移動力が下がります。
そして、ゲームは技術の進歩で「行動の自由化(リアル)」も重視されていくようになりました。
海外RPGプレイ動画で、下記のような動画を観ました(グロ注意)。
「NPCの女性をレイプする(或いは、そう見えるように全裸でキャラクターを動かしていただけかもしれませんが、私には判断できません)」
「NPC女性を斬り殺して、服を剥いでバラバラになった死体の尻を的にして矢を射って遊んでいる」
そんな動画でした。
※そのゲームは、殺した敵から服を剥ぎ取ったら、自分で着たり売ったりできるくらいの自由度がありました。多分、セックスは出来ないと思います。日本への移植版では、「服を剥いても下着が残る」とか「殺した相手を更に斬っても、肉体損壊はしない」という配慮がされていました
正直に言えば、気分が悪くなる動画でした。
それでも、グロテスクな表現に抵抗が無い日本人(スプラッタ映画好きな人など)は、高い金を出して「海外版」を買い求めたようです。

これで、兵士は「相手の人間性を無視した」殺害行為を躊躇せずに行えるでしょう。インベーダーゲーム感覚で人を殺せます。
敵国側は。ジャミングを行なったり、「敵兵と味方が逆に見える」技術を導入するでしょう。

当然、機械工学も急速に発展するでしょう。
そうなれば。兵士は自国の基地でゲームのコントローラーを使って、(リアルに見えない)モニタに映る敵を殲滅していくことでしょう。
戦闘機も、無人機でドッグファイトするゲーム画面になります。
無血の戦争で、被害者ゼロ。「資金が尽きた方が負け」という塩梅です。
この頃になれば。倫理観も宗教観も道徳観も、無くなっているでしょう。
脳科学班と連携して「反射速度を上げるため、兵士に脳外科手術」も行なうのではないでしょうか?

思考実験を進めていくと、最終的に行きつく戦争は「国家元首同士が、格闘ゲームをプレイして勝者を決めればいい」ということになります。
最初は、両国とも只の格闘家です。
それだけでは、逆の意味でアンフェアです。
「国力が強い国が、対等な土俵で戦う」のはデメリットしかありませんから、強い国は「武力行使」という選択肢を選んでしまうでしょう。
そこも加味してみましょう。
国力を数値化して「パラメータ」とか「アイテム」、そして「超必殺技」とかを買えるようにすれば良いのです。
米国はフルプレートアーマーを着て、「防御不能で即死」の超必殺技を買うでしょう。
貧しい国は跳躍能力しか上げられず(買えず)に、下着一枚で逃げ捲くる。
そして、「ゲームに負けた国が、リアルマネーで戦争賠償金を支払う」
うん。
これなら、無意味に「戦争(格闘ゲーム)」が行なわれることもない。
大国側だって、戦争を毎日にように仕掛けられては堪りませんからね。
ね? 実際の戦争で起こっていることと変わらないじゃないですか?

そして、平和は戻ってきます――。
その技術革新は「平和的な形」で民衆に、もたらされるでしょう。
保管されていたアインシュタインの脳の一部をクローン培養して、既に一般民衆にも受け容れられているチップ化して販売するでしょう。
恐らく大変、高価な代物でしょう。
一部の富裕層しか、「優れたチップ」を買うことは出来ないでしょう。

でも――。
ココでまた逆転現象が起こる。「正義のヒーロー」の登場です。
忘れ去られたと思っていたエロス業界が、ひょっこり顔を出してきます。
「普及させるなら、任せとけ!」ってね。

一部の先進的な考え方が出来るポルノ女優が、「自分の肉体から声から性格まで抽出した」チップを売り始めます。
※ハヤカワSFから出たサイバーパンク小説「重力が衰えるとき」の、ハニー・ピラール「じわじわ燃えるわ」を思い出しました(ハニー・ピラールはポルノ女優)。
遅れてはならじ! と、雨後のタケノコのように本人不在でチップが売り出されるでしょう。
需要が増えれば、マスプロダクトになり低価格化が進むのは、世の習い。
世の男性たちは、「今日は、この娘かな?」と選んで疑似セックスを堪能するようになる。
恐らくそこまで進めば、次はこうなる。
「今日はどうするかな? そうだ、『普段は淑やかなメイドさんだけど、夜になると発情して押し倒してくる淫乱メイド』という『設定』にしよう!」
「女優」と「設定」の、チップ二枚差しです。設定は、私自身の趣味です。

ゲーム業界も一変する。
「その人にとって、『一番、優しい世界』を構築してゲームにして販売」するでしょう。
果たして。
その世界を一度でも体験してしまったら、戻ってこれるでしょうか?
私だったら、戻ってくる意味が見つけられない。
貯金を全額、点滴と管理費として病院に渡して、「起こさないでください」って書いて夢の世界で生きると思う。
「ココで、のんびり文字を打ちながら一生を過ごそう」とか思ってしまうだろう。自分のことだから、容易に想像できる。

■【二〇二〇年現在における】これからのVRの展望

――時を現代に戻す。
VRは、確実に進化している。
触覚VRを体験した人に聞いたら、「錯覚なんだろうけど、ビー玉の『重さ』まで感じたとのこと。
結構。未来は、すぐそこまで来ているのかも知れない。

そうなると、起こってきそうなニュースの見出し。
「都内在住の大学生、VRゲームをプレイ中に餓死」
うん、普通に起こりうる。
中学生時代とかにハマってしまったら、将来の夢が「ギルドマスター」とか言い始めちゃうかもしれない。
これは遺憾! 絶対にして早急に対策を練らねばならない由々しき状況だ。

うん、思い付いた。
「年齢制限」を設ければいいんだ。
今のところで、年齢制限があるので思いつくのは――。
R15(性交を想起させるような、直接的な表現)
16歳(女性が結婚できる年齢、二輪自動車免許を取得できる)
R18(所謂、モザイクが掛かる表現。バイオレンス表現も含む。風俗。自動車免許を取得できる)
20歳。(酒、たばこ、馬券の購入etc.)
まあいいや。
とにかく。成人すれば、制約が全て無い状況だよね。

でも、これじゃ駄目。
先ほどのフェイクで作ったニュース記事にあったように、ゲームにハマる年齢層は駄目だと思う。
国民の三大義務である「教育の義務」と「労働(勤労でしたっけ?)の義務」に反する。

そうすると、必然的に「定年後の楽しみ」にするのが妥当な線ではないでしょうか?
「自由に空を飛んだり、若い女性とエッチなコト」をしてもいい。
だが。一般的な定年である六五歳だと、まだ元気な年代だ。
一言で「自由」と言っても、「暴力的な願望」とか「反社会的な願望」もあるかも知れない。
VRは恐らく、現実に侵食していく。
またニュースの見出しが躍る。
「六五歳男性。VR感覚で、OL(26歳)を殺害」

だから。「どんな願望でも、中々叶えにくい年齢」に設定すべきだ。
個人差もある。
私が個人的に年齢設定をしても良いならば、「七〇歳」といった感じかなあ? これでも個人差はありそうだけど、まぁいっか。
流石に七〇歳で「連続レイプ」とか「猟奇殺人事件」とか起こさないでしょ? 多分だけど……。
いや。起こすかもしれないけど、若者よりは確率は減ると思う。

それに。
「何より、歳を取るのが楽しくなってくるんじゃないでしょうか?」
恐らく、「老人性うつ」は激減すると思う。
だって。
VR世界に行けば、自分が若い頃に戻れる(ように感じられる)んだから、「うつ状態」は一気に解消すると思う。
それに定年を迎えた六五歳の男性も、「七〇歳になれば、天国のような世界に行ける」って思えたら、頑張れちゃうんじゃないでしょうか?

ですから、私は声を大にして言いたい。

結論!
「(無制限で自由な)VR体験は、七〇歳を過ぎてから!」(公共広告機構)

――キタナカは、最新VR技術について「R70」を推奨します!(キリッ!)

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