勝手にmurderer

君が居なくなって、一週間が過ぎた。
慌しい日々が過ぎ去り、やっと落ち着いた。
昨日から、会社にも行っている。
周りが俺に気遣って、あまり話をしないで済むのがありがたい。

自分でも驚くくらい、淡々と毎日を過ごしている。
人間ってのは、意外と強くできているようだ。
こうやって書いていても、君がこの文章を読んでくれている気がする。
今にもドアを開けて、「なんか食べた? 一応、買い物してきたけど」って帰ってくる気がする。

ここ数日で、気付いたこともある。
一つに、この部屋は一人で住むには思ったより広いということ。
俺が一人で住んでいると、あっという間に部屋が散らかるということ。
独り言の多い俺だが、いつの間にか聞く人が居るのに慣れてたという事。
文房具や薬、調理器具の位置を、俺はまったく分からないということ。
はは。
なんのことはない。
結局。俺は君に任せきりだったから、この家のことが何も分からないんだ。

その日。
君は、一人で出かけていた。
気になる画家の個展だとかなんとかで、雨の中を一人で出かけていった。
俺は家で一人、ゲームをしているときに病院からの連絡を受けた。

――それから数日のことは、よく覚えていない。

色々な手続き。
親族への連絡。
俺は呆然としていて、ほとんどを人任せにしていた気がする。
煌(きらび)びやかな袈裟を着た坊さんと、豪奢な寺。
黒い服を着た人たちと、会場に響くすすり泣き。
とんだ茶番劇だ。
自分は居間に居て、ワイドショーでも観ている気分だ。
こんなのに付き合ってられないし、早く終わって欲しかった。

やっと落ち着いたので今、これを書いている。
先にも書いた通り、実感も湧かずに不思議と涙も出てこない。
君は、薄情な男だと思うだろうか?
それとも、その方が安心できるのだろうか?

気を紛らす手段も見つからないので、台所の洗い物をした。
君が買い集めた可愛らしい食器。
俺が一人暮らしの頃から、ずっと使っていたプラスチック製のどんぶり。
グラスを洗っていると、「パキン」と乾いた音がした。
久々に感じる、鋭い痛み。
力を加えていないのに半円形にキレイに割れたグラスと、俺の血で染まるシンク。
血は、流れる水と混じって排水溝へと消えていった。
左手の親指と人差し指の股に、セロテープで不器用に貼られたガーゼ。

気が紛れれば、なんでもいい。
洗濯をしようと、浴室の前に行く。
「それからの日付」の枚数分だけ白いYシャツが、ランドリーバッグに積まれている。
無造作に、Yシャツだけを除けていく。

当たり前のことではあったのだが、ビックリした。
Yシャツの下に、「いつも」が顔を現した。
それから毎日、買い続けた白いYシャツが守るように、そこには「俺たちの日常」があった。
日曜日の朝、君が部屋で着ていた寝巻き。
「もう、こんなの着る歳じゃないんだけどね」と言いながら、お気に入りだったカーディガン。
そっとカーディガンを手に取り、かき抱いてみる。
君の匂い。
そして気のせいだろうか、温かさを感じられたように思う。

その時。
不意に、涙が出て止まらなくなった。
堰を切ったように、感情が溢れ出してくる。
声にならない嗚咽。
君のカーディガンを、胸にしっかりと抱きしめながら。
それだけが、俺と君をつなぐ最後の絆のように感じたから。
そして。
ようやく理解した、理解したくない現実を。

「そうか。君は、もうこの世には居ないんだね?」

…。
…なんてさ。
最後まで、しっとりと書ききると思ったかバカめ。
ガッカリしたか?
ガッカリしたろ。
それが、おまいの選んだ男のハイクオリティさだよ。
ハンパなもんじゃねーよ。
定冠詞を付けて「THE キタナカクオリティ」だよ。
「SIMPLE2000」シリーズなんだよ。
「THEお姉チャンプルゥ」レベルよ。
おまいには理解できまい。
死んでも理解できまいて。
っつか、本当に死んでんじゃねーよ洒落んなんねーよバカ助が。
そもそも。
俺が飽きっぽい性格であることは、先刻承知の通りだろうが。
こちとらな。
疲れてハイになってんだ。
笑ってやるよ。
もうね。
文末に全部「(笑)」って入れてやるくらいの勢いだよ。

いいか?
まずは買い物について言わせてもらうぞ。
俺くらいになると、買うものを決めて店に行く訳。
最初の店で見つかれば、ハイ終了。
実にsmartでcool過ぎる展開。
そんな俺にしてみりゃ「欲しいものを探しに行く」って感覚が、もう理解の範疇を超えてる訳。
そんで、1件20分で6件行ったら2時間でしょ?
俺、もう2件目くらいから不機嫌な訳。
買うものが「俺の服」でも関係ない。
ポロシャツがどうだパーカーがどうだ、ってね。
もうね。
Tシャツで良いだろうと。
靴下が切れたら、穿かなきゃいいだろうと。

そりゃあ昔はね。
いつも同じ服を着てたから「アニメの人」とか呼ばれてたけどさ。
買ってきた服を着るようになってから「良いの着てますね」とか言われるようになったけど。
じゃあ、これから誰が俺の服を選ぶってんだよ?
ただでさえセンス無いってのに、また「アニメの人」に逆戻りだよ。
体裁が悪いったらありゃしないってんだよ。
十年分くらいの服のストックを買い溜めてから、いなくなれって話。

んで、旅行な。
これがまたタチが悪い。
生来の出不精であるところの俺を、好き勝手に連れ回しやがって。
本当に迷惑。
ただでさえ、俺は貧乏なんだからさ。
家でジッとしてる方が、無駄なお金を使わないで済む訳。
Do you understand?
思わず英語で言っちゃうくらいだよ。

突然さ。
出先から電話かけてきて「海が見たい」とか突然言い出すのって、世間的に有りなの?
日曜日の午後から、伊豆まで日帰りとか有り得ないだろ?
水着持ってねぇよ。
取り敢えずATMで10万おろしたよ。
行きの電車の中で、明らかに不機嫌な俺と泣きそうなおまい。
普通に不機嫌になるだろ、そりゃ。
「うわぁい海だ海だ楽しみだなぁ」なんて言うと思ったか。
結局。
終始重苦しい雰囲気の中、晩夏の海を眺めるハメに。
「計画性」という言葉を、謹んで熨斗(のし)袋に入れて送らせて貰うわ。

まぁね。
沖縄やら佐渡やら自転車で走るなんて、中々できる経験じゃないと思うよ?
「自転車で夜道で遭難しかけて泣きそうになる」なんて、まず普通じゃ経験できない。
それは認める。
各地の美味しいもの。
水平線に沈む夕日。
バスクリンみたいな色のサンゴ礁。
俺が一人だったら、経験することはなかったろうさ。
なぁ。
パスポートを取れ取れって煩かったけど、コレどうすればいいんだよ。
海外なんて行く予定無いよ、俺。
連れ回してくれるんじゃなかったのかよ。
まったく無責任な奴だね、おまいは。

あとな。
おまいの話は長ったらしい。
一生懸命説明してるのは分かるけど、長ったらしい上にオチがない。
俺は、よく聞いたよな?
「それって長い話? あと三分で、俺は出かけるけど」
「話が読めんのだが、それはおまいが腹を立ててるのか? その友人が腹を立ててるのか?」
「どう落とすの? その話…」
そのたびに「えへへゴメン。私って話すのがキタナカみたく上手くないから…」って。
それでも。
翌日になると、また嬉しそうに話し始める。

学習能力が無いのかと。
思い出すだに、腹が立つ訳ですよ。
本当にね。
説教してやりたいですよ。
「ちゃんと話を聞いてやれよ」と。
「それでも話そうとする気持ちを分かってやれよ」と。
「日常会話に、オチが必要なのかよ」と。
「お前にだから、話したかったんだろ」と。
もう、未来永劫その「つまらない」って言ってる話を、声を聞くことはできないんだぞ。
当時の自分にね。
説教してやりたい訳ですわ、ホント。

でもさ。
飯に関しては、安心して良いよ。
元々自炊する人だしさ。
「夕飯、豆腐」とかで全っ然、大丈夫な人だからね俺。
逆に体重は減るんじゃないかね?
二人してダイエットの計画してたのが、滑稽に思われるよね。
また、体脂肪率を15%くらいにしてやんよ。
当然、俺モテモテ。
「ザマァ」ってなもんで。

ただよ。
だだっ広いテーブルで一人、飯を食うのはスゲーつまんない訳。
何コレ?
何、この広いテーブル。
ミートボールと「さい箸」でビリヤードでもしろっての?
使い道の分からない調味料をどうしろっての?
タイムとかセージとかって何に使えばいい訳?
昔しこたま怒られたけど、ピンク色の岩塩なんかオヤツ代わりに舐めるコトにすっから。
異論は認めないからな。

な?
文句ばっかだろ俺?
まぁ、ずっとそうだった訳だが。
この期に及んで、おまいへの文句のオンパレードですよ。
おまいが選んだ男ってのは、こういう男な訳。
文句は言うなよな。
言えないだろうけどさ。

最後に言わせてもらうけどさ。
俺は言ったことがあるよな?
「好き」は何度も使うけど、「愛してる」ってのは人生で3人にしか使えないと思ってる、って。
そんで。
おまい以外で、今までに一人だけ「愛してる」って言った事がある、って。
あと一回分は娘が生まれてきた時に使おう、って。
おまいね。
俺、リーチかかっちゃてるじゃんか。
めっちゃオープンリーチ。
カラータイマー、小学生が「てんかん」起こしちゃうんじゃないか? ってくらい点滅状態。
をいをい。
あと一人にしか「愛してる」って言えないじゃんか。
普通に娘の分がなくなっちゃってるよコレ超焦るよ。
今さらになって「※子供が生まれた場合は、この限りではない」って注釈を入れろとでも?
ありえないだろ!
こんな悲しさを味わいたくないから、自分より十近く年下のおまいと結婚したんだよ!
バカげてるってんだよ。
本当にバカげてる。
俺に謝れ。
ヘンな持論を頑なに守ってきた、俺に謝れ。
謝ってくれよ頼むから…。

なぁ。
俺は、おまいに「愛してる」って言ってあげられてたかね?
その昔に読んだ本で、「日本人は伴侶に『愛してる』って言わない、冷たい民族」って書いてあったんだよ。
俺は、その時に思ったね。
「欧米の夫婦並に『愛してる』って言える男になろう」ってね。
「日本人の慎ましさは文化」?
そんなん知るか!

言えてたかね?
言えてないよな。
意識して口にしてみせても「なんか悪いこと…した?」なんて疑われる始末だもんな。
「日頃の行い」って奴かね?
「バカだね、おまいは」って言った回数の方が、断然多いよな。
バカなのは俺の方なのにな。

間に合うのかな?
ってか全然、間に合ってないけどよ。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してるってんだよバカ野郎。
こうやって繰り返して書くと薄っぺらな言葉だよな…とも思うが関係ない。
俺の男気に、恐れ慄(おのの)けばいい。
「愛してた」なんて過去形は使わないよね、ココ重要。
It's現在進行形、これが俺のジャスティス。
過去形にして、美しい想い出なんかにしてやるもんかよ。

「なに恥ずかしいコト言ってんだ?」って。
今さら後悔したって遅いってんだよ。
俺より先に死んだ時点で、フルボッコ覚悟しろっての。
俺と結婚したことを後悔しろっての。
俺ほどのダメな男は、そうはいないぜ?
俺ほどの天才も、そうはいないがな。

俺は結構、根に持つタイプの男だからな。
いつまでも忘れないで、バカにし続けてやっからな。
愚痴を言い続けてやっからな。

……それがイヤなら、今すぐ帰って来いって話だよ。

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